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第十八話 神の狩人は天使に忠告される、汝決して悪に堕するべからずと

佐久島さくしま樹里じゅりが京介の写真をすべてネットから削除したぁ!?」


 太陽の乙女ヴィエルジェ・ドゥ・ソレイユとはどうやらミカエルのことらしく、ひとまず保健室脇の部屋に畦道あぜみちを通した。

 真紫の学ランをたなびかせる畦道は、濃いメンバーのなかでもさらに目立った。


『Lクラスの女王イシュタルの蛮行は、僕がすべて止めたよ』


 畦道はそこでミカエルに跪くなり言ったのだ。

 なんでもLクラスの騒ぎを聞きつけ、俺たちが帰ったあとに現場に赴き、佐久島樹里を説得したという。


「ホントだ! 幕下クンの写真が無いどころか、佐久島樹里のグループもコミュニティも全部消えちゃってる! どういうことなの!?」


 ナツキがスマートフォン片手に叫んでいる。

 俺も半信半疑で調べてみる。

 マジでか。

 樹里が主催していたサイトはどこも「404 not found」になっていた。

 ナツキの綿密な情報網で「無い」と言うのだから、「無い」のだろう。


「あの様子ではスマホに保存されてる分も消えているだろうね」


 俺は開いた口が塞がらない。

 京介は礼を言いたげだが、俺たちに遠慮しているのか縮こまっている。

 ナツキは畦道の写真をスマホで撮りまくり、ガブリエルとウリエルとラファエルは遠巻きにしている。

 ミカエルは畦道に詰め寄った。


「教えてください! 謙虚と贖罪を辞書から消した、傲岸不遜の申し子たる佐久島樹里をどうやって説得したんですか!」

「君たちには徹底的に対話が欠けていたのだよ」


 左手は額に、腰を捻って畦道あぜみち右人さし指をミカエルに向けた。

 『キラキラキラァァァ』という効果音がこれほど似合うシーンもない。


「遠くから聞かせてもらったが、ひどい舞台ドラマだった、特にミカエルさん、あなたは一方的に語るばかり。あれでは彼女の心は溶かせない!」

「きゃーっ、ステキ! イケメン! 畦道センパイ! もっとじゃんじゃん言ってあげちゃって! あたし全部録画するから!」

「ははははは。僕の姿でよければいくらでも撮りたまえ」

「くっ。わたしの正義の道は間違っていたというのですか……!」


 地に突っ伏し、ミカエルは拳を床に叩きつけた。

 すげえ。あのミカエルを悔い改めさせるなんて。

 畦道の実力に戦慄する。


「嘆くことはない、太陽の乙女ヴィエルジェ・ドゥ・ソレイユ。人はやり直すことができるのだよ」


 口にくわえた薔薇をミカエルに差し出し、畦道は跪いた。

 ミカエルは顔を上げた。

 頬が心なしか赤く染まっている。


「畦道さん……いえ、畦道師匠……!」


 お似合いっちゃお似合いだよなあ。

 俺は居辛さを感じた。

 本当にあんなのに佐久島樹里が説得されちまったのか。

 女ゴコロってやつは分からない。


「さあ、明日に向かって走りだそう! 夕日があんなに輝いているのだから!」

「はい!」

「まだ昼の一時だぜ」

「ああ、君にはロマンというものがないのかね」

「腕時計はあります」


 なけなしの敬語で俺は答えた。


「畦道先輩。ミカエルと盛り上がるのも良いっすけど、そこの幕下京介にもちったぁ喋らせてやってくださいよ」

「えっ!? ぼくはいいよ、みんなの邪魔しちゃ悪いし……」

「いいからいいから」


 俺はどんと京介の背中を押した。

 肩の肉も分厚い。もちろん脂肪だ。


「…………」

「…………」


 五秒ぐらいの間、京介と畦道は黙って目を合わせた。

 俺が何か言うべきか迷ったとき、京介が頭を下げた。


「ああいうことは、佐久島さん自身の心も傷つけていたでしょうけれど、ぼくには佐久島さんを止める力はありませんでした」


 顔を上げた。


「佐久島さんを説得してくださり、ありがとうございます」


 なんてやつなんだ。

 いや、こいつはいつもそうだ。

 自分の傷を顧みずに加害者の傷を案じている。

 競争社会の確定敗者。

 ライオンの身を案じるウサギ。


「幕下さん……あなたという人は……」

「あらあらミカエルちゃんったら泣いちゃって」


 ラファエルがハンカチでミカエルの顔を拭いている。

 ミカエルは感動のあまり泣いているようだ。

 ナツキですら、ほーっと感心したように場を眺めている。


「幕下京介君。君のような魂は珍しい」


 畦道はふっと微笑んだ。


「清らかで美しい。澄み切っている。まるで聖人のようだ」

「そんなことないです。ぼくはビビってるだけで」

「僕は好きだよ」


 畦道の発言に、ガブリエルがガタッと立ちあがった。

 俺は頭を押さえた。

 ガブリエルは着席し、ノートとシャープペンシルを取り出した。


「僕は男嫌いでね。男性とは普段話したくないんだが、君は例外だ。君のことをもっと知りたい」


 ガブリエルが猛然とノートになにごとか書きなぐっている。

 お互いに他意はないんだろうけどなあ。

 ガブリエルフィルターを通すとそうなるんだろうなあ。

 京介はやや上気して、


「畦道さん……な、なにか部活は入っているんですか」

「美化委員の活動が忙しくてね。無所属だ。君は委員会に入っているかい?」

「入ってません。あの、美化委員って何をしてるんでしょう」

「よくぞ聞いてくれた!」


 京介と畦道は意外と馬が合うようだ。

 あのノリについていけるだなんて、京介ゴコロってやつも分からない。


「王子キャラ×天然ぽっちゃりか。悪くない」

「何を描いているんだ」

「下界ネタ漫画を月刊『ONAN(オナン)』に投稿しようかと」


 ガブリエルゴコロはもっと分からねえ。

 俺は机の隅っこを陣取って、茶をカップに注いだ。

 いつの間にか畦道の周りに京介やミカエルやナツキがたかって、楽しげに歓談している。


「君がすべきは部活動だ!」

「部活動、ですか?」


 妙な見た目と口調に慣れてしまえば、畦道は確かに魅力的だった。

 なにより話がうまい。

 場が自然と明るくなる。

 滝川先生に似ているが、タイプが違いすぎるな。


「部活動。それは愛と青春の肖像。若い魂がぶつかり合い、切磋琢磨し、己を磨き上げる舞台なのだ」


 どういう話の流れなのか、畦道はミカエルの手をとった。

 美男美女同士お似合いだ。

 うん。この居心地の悪さは気のせいだ。


「そう! 東野ミカエル、太陽の乙女ヴィエルジェ・ド・ソレイユよ、部活動こそ君の正義活動にふさわしい!」

「部活動。わたしの進むべき道は部活動にあったのですね!」

「ひゅーひゅー! ミカエルちゃんが部活動やったらあたし応援しちゃうっ!」

「東野さんなら勇気あるし、きっとできるよ」

「もちろん僕も協力しよう。僕とてこの学校には正義がないと思っていた」

「畦道師匠……わたし、頑張ります!」

「わが女弟子、わが太陽の乙女! 君の道は険しく長いだろう、だが僕が常にそばにいることを忘れるな!」

「はい!」


 換気のために少し開けた窓から、春にしては冷たい風が流れた。

 俺はぬるい紅茶を一気に飲み干す。


「つまらなそうな顔をしておるな、神の狩人(ハンター)よ」

「元から俺はこんな顔だぜ」

「妬いておるのか?」

「ぶふぅっ!」


 飲んだばかりの紅茶が逆流した。

 机に突っ伏し、何度も咽こんで、手の甲を口で拭った。

 あー。

 俺は呻いてウリエルに向き直った。


「畦道とミカエルが楽しげに語ろうているのが気に喰わんのだろ」

「ちげーよ。天使を不埒な目で見るなって言ったのおまえだろ」

「ならば吉乃ナツキか? まさか幕下京介のことを」

「アホか。そもそも妬いてねえし。俺みたいな地味キャラより、畦道のほうがよっぽどミカエルに吊りあってんじゃねえの」

「拗ねておるな」


 はっ、とウリエルの嘲笑が聞こえる。


「自分の無力さを嘆いてるだけでーす」

「卑屈は己を殺すぞ」

「神の狩人って言ったって、友だち一人ろくろく助けられねえ。逆に全然知らなかったやつに救われる始末だ」

「貴様はまだ堕天使に出会っておらぬから、そう言えるのだ。堕天使は強敵。それこそ神の狩人でなければ立ち向かえん」

「堕天使かぁ……この平和な日本にいるのかよ」


 俺は空になったカップを置いた。

 帰ろう。

 盛り上がる場を横目に、鞄を背負って立ちあがる。


「ラファエルが貴様に伝えた詠唱は、一切忘れるがいい」


 俺ははたと振り返った。

 ウリエルの鋭い、緑の瞳があった。

 でも俺はウリエルの後方、壁にもたれかかってこちらを見やるラファエルと目が合ってしまった。

 金色の眼は穏やな氷を思わせた。


「気をつけよ。天使は咎人に厳しいのだ」

「どういう、ことだよ」

「貴様が善人――否、凡人のままでいるのなら、貴様は神の狩人(ハンター)でいられる。だが咎人になりしそのときは、我が剣で首を刎ねようぞ」

「…………」


 俺は返事に窮した。

 ラファエルは何も言わない。


「どうしたんだい、キミたち」


 ガブリエルがノートから顔を上げた。

 畦道、京介、ナツキにミカエルも俺に注目する。


「マイマス……天堂さん! わたし、部活を作ることにしたんです! よろしければいっしょにいかがですか?」

「勝手にやってろ。俺は帰る」

「えーっ。天堂クン、付き合い悪いゾ」


 俺は一切合切無視し、扉を開けた。


「ありがとう」


 立ち止まった。振り返った。

 京介だった。


「今日は助けてくれてありがとう。城太郎くん」

「礼なら畦道先輩に言えよ」

「先輩にはもう言ったけど、ちゃんと城太郎くんに言っていなかったから」


 京介は相変わらず人のいいウサギみたいな面をしていた。

――感謝された。

 この俺が?

 俺はナツキを見やった。ナツキも笑っていた。

 京介も笑っていた。


「……ありがとう」

「え」

「俺が救われたってことだよ」


 俺は扉を抜けて歩き出した。

 ポケットにねじ込んだままの血の聖書(ブラッディ・バイブル)を鞄に放り込む。

 太陽は少しだけ傾いた。

 遅れて散った桜が窓に張り付いている。


 どうせミカエルたちは勝手に帰ってくるだろう。

 俺はさっきのラファエルの、ウリエルの言葉の意味を考える。

 思わせぶりな口ぶりから察するに、やはり彼女たちは俺に隠しごとをしている。

 それは俺の『思い出す』感覚に関することなのだろうか。

 きっとそうだろう。


 畦道に感謝しつつ、俺は京介の「ありがとう」を噛みしめる。

 ナツキの「ありがとう」を噛みしめる。

 サバクンジャーのような、すべてを救う正義のヒーローにはなれないけれど、この力で誰かを笑顔にできるなら、神の狩人も悪くない。


「ミカエルが部活動って……何やるんだろうなあ」


 ほんのちょっぴりの嫌な予感とともに、俺は帰路についた。

 だいたい嫌な予感って当たるんだよな。

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