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第十五話 天使戦隊エンジェルレンジャーは五人揃って名乗りをあげる

 雑魚ギャル二名の記憶を紐解くまでもなく、佐久島さくしま樹里じゅりの名前は俺も知っていた。


 恵田高校危険人物ランキングのトップ10に余裕でランクイン。

 ラストのLクラスを束ねる商業科の女王。

 綿密な情報網を持ち、目をつけられれば転校しようが逃亡不可能。

 リアル・ネット問わず徹底的に誹謗中傷、恥を晒され、ターゲットの人生を破壊し尽くす。

 美貌から本校他校より貢ぐ男は後を絶たず、彼氏のストックは三桁を超える。

 しかし、どの男も本命ではなくただの便利なATM(金づる)

 誰もベッドインはおろかキスすらたどり着いた者はいない。

 無理やり襲おうとするものなら、見た目からは想像のつかない腕っ節で病院送りにされるとか。


「ごっめぇん」


 華やいだ香水に隠れて、苦い臭いが鼻をつく。

 タバコだ。

 喉もタバコ焼けしているのだろうか。

 メイクの濃い顔から想像できないほど、声がしゃがれている。

 つけまつ毛に覆われた目も、生気に欠けている。


「アタシったら目ぇ悪くてさあ。ブタとブタ人間の見分けができないんだ」


 枯れた声と眼が妙な気迫を生んでいた。

 京介の生っ白い肌と三段腹が蛍光灯に照らされ、怯えるたびにぶよぶよ動くのがおかしいらしく、見物している女子どもはげらげら笑って撮影している。

 スマホのフラッシュがたかれる。


「だからおまえの半裸見ても全然興奮しねえわ。ただのブタだ、ブタ。屠殺場行くまえのブタ。トンカツにしても食いたくねえ」

「離してください! それ以上幕下さんを虐げないでください!」

「貴様ら、かような侮辱を人の子のみならず、我らに加えてただで済むと思ったか。地に這いつくばり贖罪を乞うまで赦しはせぬぞ」

「アタシらの遊びを邪魔するブタ女は黙っててくれない?」


 ウリエルはいまにも噛みつきそうだし、ミカエルの目は異様にぎらついている。

 俺ですら怯んでしまいそうな気迫だが、佐久島は臆さない。


「さっきのキスコール、またされたいの? その子たち動かして、マジでブタとキスさせてもいいんだよ?」

「ジュリちゃーん、そっちもメスブタなんだからさ、お似合いじゃん!」

「そーそー。ブタ同士のディープキス、わたしも見たぁい」

「チャットで続きはまだぁってみんな急かしてくるの」

「みんな見たいんだぁ? ならあとでキスさせよっか♪」


 ぞっとするほど、佐久島は上機嫌だ。


「ブタにお金は似合わないよねえ、まさにブタに真珠って感じ。アタシたちが使ってあげよっか? ブランドの新作バッグ買いたいし。チヨちゃん、オスブタの学ランとってよ」


 チヨちゃんと呼ばれたのは、佐久島とは真逆に驚くほど地味なおかっぱ頭の女子生徒だった。

 Lクラスでは逆に浮いている。

 無表情で「チヨちゃん」は床に落ちていた京介の学ランを拾った。

 佐久島は学ランを親指を人差し指でつまみ、鼻もわざとらしくつまみ、


「いよっ」


 ひっくり返した。

 財布が出てきた。

 そういえばもうすぐ購買が開く時間だった。


「さ・い・ふ・ちゃん、アタシがげっとー♪」

「おい」


 俺は教室に足を踏み入れ、乱暴に扉を閉めた。

 たてつけの悪い扉から金切り音がした。

 そのまま一足飛びに手を伸ばして、佐久島の腕をひっつかんだ。


「やめろよ」


 堂々と立っていたのに、俺に誰も注目してなかったのか、教室がしんとなる。

 地味キャラづくり努めているけど、ここまで影が薄いと悲しい。


我が主(マイマスター)!」

「遅いぞ貴様ァ!」


 ミカエルとウリエルがぱっと顔を上げた。


「じょう……たろう、くん」

「いま助ける」


 俺は佐久島の手から学ランを剥ぎとった。

 周りの女子が立ち上がる気配がする。

 佐久島と「チヨちゃん」は微動だにしない。


「腕離せよ」


 佐久島が腕を強く振ろうとした。

 腕っぷしもある、というのは確かなようだ。

 いつもの俺ならあっけなく振りほどかれそうだ。

 憑依のおかげでびくともしない。


 告白しよう。

 めちゃくちゃ怖い。

 不良どもとはわけが違う。人数が違う。相手が違う。


「だれ」

「……名乗る義理はねえ」

「アタシの質問に答えないとはいい度胸だね」

「幕下京介と東野ミカエルと南野ウリエルを返してもらおうか」


 会話のドッジボールだ。

 畜生、精神断絶シャットアウトは多人数相手じゃ効かない。

 校舎内でミカエルの焔纏フラベラムやなんかの物騒な術も使いたくない。


 外が騒がしくなってきた。

 こいつの取り巻きが、ほかの商業科の連中を呼んできたんだろう。

 そもそも、この場を征してどうする?

 とっくに京介の写真はそこらじゅうの女子のスマホに撮られている。


 誰から助けるべきだ?

 まずは佐久島を鎮めるべきか?

 京介を安全な場所に避難させるべきか?

 その前にこの場全員の記憶を消すべきか?

 俺は何をすべきなんだ?


 ガブリエルの眉尻がさがっている。

 そうだ、天使どもは動けない。

 守護天使三原則第一条。

 天使は人間に危害を加えてはならない。

 また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。

 そうガブリエルが言っていたじゃないか。

 だからミカエルは、スマートフォンはぶっ壊せたけど、直接不良どもに手を下せなかったんだ。


 俺が動かなければ。

 俺が救わなければ。

 だが俺の手は、佐久島の腕を掴んだまま、微塵も動いてくれない。


「――第七の封印が呼んでいる。我らを解き放つ鐘が鳴る」


 そのときだ。

 硝子の鈴のような声がした。


「神に命じられし狩人を、呼ぶ子羊の声がする」


 俺は声の主を見た。

 彼女は燃えたぎる目を佐久島に向け、叫んだ。


「輝く剣は正義の証。炎の天使、ミカエルレッド!」


 ああ。

 ヒーローだ。

 例え身動きができなくても。

 最高にダサい名乗り口上を告げるミカエルは、最高に格好よかった。

 俺にはあんなことできないけど――


「白き百合はわが力なり。水の天使、ガブリエルブルー!」


 俺の身体が勝手にポーズをキメた。

 しまった! 油断していた! こいつもノリノリじゃねーか!


《どっちかっていうと、ボクは百合より薔薇が好みなんだけどね。百合はボクの紋章のようなものだから……》


 精神体アストラルのガブリエルがドヤ顔をしている。

 ご丁寧にミカエルとは違うポーズだ。

 おまえの身体は俺と天使以外からは見えねーんだよ。

 俺がポーズをキメさせられてるんだよ。

 ミカエルもウインクしてグッジョブするんじぇねえ!


 そのとき、俺のスマホが震動した。

 畜生こんなときに誰だ。

 俺はポケットからスマホを抜き、画面も見ずにタップした。


『人を癒すは清き慈悲。風の天使、ラファエルイエロー!』


 ブツッ。

 ぷー、ぷー、ぷー、ぷー。

 電話は切れた。


 ラファエル先生からの電話かよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!

 割れんばかりの大声出すんじゃねえ!

 バッチリ周りに聞こえてるよ!

 どうやってタイミング図ったんだよ!


 ウリエル。

 おまえはこんなバカバカしい遊びに付き合わないよな。

 俺は最後の望みをウリエルに託した。


「天の秩序は裁きを下す。大地の天使、ウリエルグリーン!」


 ウリエルが重々しいロリ声で名乗りを上げた。

 すみません天使はみんなバカでした。

 ミカエル、その期待の眼差しはなんだ。

 俺は名乗らんぞ。俺は名乗らないからな。


「罪を正すはあまける神の狩人(ハンター)。選ばれし者、テンドーブラック!」


 俺の代わりにミカエルが叫んだ。

 不意打ちだ。こんなの卑怯だ。


「真理の槌は悪を砕く! 天使戦隊エンジェルレンジャー、ここに参上!」


 俺の口を勝手に使い、ガブリエル・ミカエル・ウリエルのシュプレヒコールが教室に響いた。

 教室は水を打ったように静かになった。

 一秒後、下品な笑い声が巻き起こった。


「な、な、なにそれ、マジウケるんですけどぉ!」

「ガキくっさ!」

「動画撮り忘れたぁ、チャットに上げたかったぁ」

「もーいっかい! もーいっかい!」


 ひとによってはすっかりツボってしまったのか、腹を抱えて何度も机や窓を叩いている。

 猿山かよ。

 猿山の主はこの空間にあって、俺と同じく、笑いもせず、俺を見下している。


「馬鹿にしてんの?」

「あいつらは大真面目だ」

我が主(マイマスター)


 ミカエルだ。


「彼女たちを振り払う許可をください」


 ミカエルとウリエルの視線が、彼女を捕獲している女子に向いた。

 もはや誰も半裸の京介に注目していない。

 そりゃそーだ。京介ですら俺たちを見ている。

 このコロッセウムの見世物は、俺たちに変わった。


 ええい、こうなったらヤケクソだ。

 俺は答える。


「許可なんていらねえよ。いつ要求した」

「了解です!」

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