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間話 愛と勇気のエンジェルレンジャー弁当

「じゃじゃじゃジャスティス♪ じゃじゃじゃジャスティス♪」


 キッチンから、ミカエルの歌が聞こえる。 

 俺は狭い洗面台でじゃこじゃこ歯を磨く。


「じゃじゃじゃジャスティス♪ じゃじゃじゃジャスティス♪」


 朝だ。

 新学期の爽やかな朝だ。


「ぼくらの正義を護るため♪ 真理の槌を振るうんだ♪」


 ミカエルは台所でラファエルといっしょにくるくる働いていた。

 元はノリの良いポップス風だったはずだが、なぜか聖歌か何か風にアレンジして、ソプラノ歌手もびっくりの高音で歌い上げていた。

 面白がっているのか、ラファエルがこれまた見事なアルトでハモっている。


「それゆけ! 悪を粉砕!」


 しゃきーん! と擬音まで口で言っている。


「正義戦隊! サバクンジャー♪」

「まあ、ミカエルちゃんったらエンディングのお歌がすっかり上手になって」

「ミカエルはあの番組をすっかり気に入ったようだね」

「はい! 今朝も昨日録画したサバクンジャーを観ました! 一日一善ならぬ、一日一サバクンジャーをわたしの日課にします」


 結局、ほんとうに四人はここに住み着く気らしい。

 生活費どうするんだよ! と言ったら、天界から支給されます! と札束置かれたので、俺は了承してしまった。

 来週新発売、去年のレンジャーのDVDボックス豪華盤が欲しかったからとか断じてそんな理由ではない。

 理由じゃないったら理由じゃない。


「地上の娯楽に天使が夢中になりおって、まったく嘆かわしい」

「ウリエルも大目に見てあげたらどうだい。せっかくミカエルが地上に馴染みそうなんだから」


 ガブリエルは小さな洗濯機に洗濯物を放り込み、ウリエルは意外や意外、俺の学ランにアイロンをかけている。

 いわく、


「こんなシワだらけの制服で学校という聖域に赴くなどけしからん! この我が直々にアイロンがけするのだ、感謝するがいい!」


 とのことらしい。

 ちなみに天使どもはみんなパジャマ姿だ。

 ミカエルが赤いスペード、ガブリエルが青いハート、ウリエルが緑のダイヤでラファエルが黄色いクラブ模様。

 どこであんなちょうどいいセットパジャマを買ったんだろう。


「サバクンジャーはただの娯楽じゃありません! 人間たちに愛と勇気と真理を教える、神聖なる物語です! 特にレッドの、平和を愛しながらも戦わざるをえない宿命には……聖戦と呼ぶのも汚らわしくなるほどの美しさ……!」

「ミカエルはレッド派か。ボクはブルーかなあ。普段は冷静なブルーがレッドに野獣のごとく下克上するシーンを想像すると、ボクも感動で胸が震えるよ」

「俺はガブリエルの揺るぎなさに感動するね」


 口をすすぎ、歯ブラシをコップに立てる。

 いつの間に買ったのか余分に歯ブラシが四本ある。

 赤、青、黄、緑。

 いうまでもなく天使の分だ。


我が主(マイマスター)、こちらお弁当です!」


 とびっきりの笑顔で、ミカエルは俺に弁当を見せた。

 ふんわりとした玉子焼き、ゴマで目をつけたタコさんウインナー、水気を切ったほうれん草のおひたしに手作りのミートボール。

 白米には海苔が敷き詰められ、丁寧にサバクンジャーのマスクの形に切り取られていた。


「ミカエル特製、正義のキャラ弁です!」

「サバクンジャー弁当なんて高校生が恥ずかしくて持っていけるか!」

「違います、これはわたしオリジナルです。天使戦隊エンジェルレンジャー、テンドーブラックバージョンですよ! ほらほら、わたしたちのお弁当ともおそろいなんですよ!」


 俺はキッチンを覗いて唖然とした。

 一人暮らし用の慎ましい調理台には、ずらりと四人分の弁当が並んでいた。


「桜澱粉でレッド、青のりで無理やりブルー、炒り卵でイエロー、とろろ昆布でグリーンです」

「ミカエルちゃんったら朝の四時から準備してたのよ」

「どおりで起き抜けから騒がしいと思ったよ」

「おやつにレーズンパンはいかがでしょう」

「俺がレーズンパン嫌いなの知ってるだろ! おい、この海苔は剥がすぞ」

「え」


 袖を誰かに掴まれた。

 俺は袖に目を向けた。


「我が主が喜んでくださるかと思い……一生懸命作ったのですが……」


 ミカエルだ。俺をじっと見上げてきている。

 え。ナニコレ。涙目なんですけどこの子。


「我が主はお嫌いだったのですね……このミカエル、守護天使として、勤めを、果たせなかったこと、まことに遺憾に、」


 ずびずびと鼻をすすり始めている。

 やめて。ちょっとやめて。

 そんな政治家の不祥事みたいな記者会見やめて。

 ほかの三人からぐさぐさと、俺に視線が突き刺さる。


「あーあ、天堂さんったら、ミカエルちゃん傷ついちゃってるじゃない」

「男の風上にも置けないね」

「貴様。ここで我が守護天使人生を捨て、処刑してやっても良いのだぞ」

「持っていきます持っていきます! ありがたく持っていきます!」

「ほんとうですか!」


 ばこーん! とミカエルのテンションが一気に上がった。

 素直なのはいいことだ。

 そういうことにしておこう。

 俺は学ランを着こみ、弁当をリュックサックに教科書類といっしょに詰めた。


「じゃあ、行ってくる」

「わたしもついていってはいけませんか!」

「何度も昨日から言ってるだろ! 学校ぐらい俺の日常を返せ!」

「うう……い、いってらっしゃいませ!」

「気をつけてね、城太郎」

「犬の糞でも踏んでくるがいい」

「信号には気をつけるのよ?」


 俺は玄関から顔を出し、隣の吉乃ナツキがいないことを確認し、素早く出た。

 四人に見送られるなんて、人生初めてかもしれない。


 俺の家族はふたりきりだ。

 母親と、歳の七つ離れた妹。

 物心ついたとき、父親は既にいなかった。

 母親は大学講師として忙しかったから、俺と妹はお互いを毎朝見送っていた。

 ……天使どもに見送られるのは、悪い気分じゃない。

 いま、妹はひとりで小学校に通っているのだろうか。


 あの四人に留守を任せるのは非常に不安だが、ミカエル以外の三人は一応常識をそれなりにわきまえているようだし、大丈夫だろう。


 エレベーターで一階まで下り、自転車置き場にたどりついて、ふと思った。

 なんであいつらの分まで弁当があるんだ。

 ミカエルが五人揃えたくて作ったんだろ。

 自転車を高校に向けて漕ぎだすころには、そんな疑問は頭から抜けていた。



---



「確実にきゃつはもはや我らの方角など見ていない。引き返す様子もない」

「万に一つということがあるからね。ありがとう、ウリエル。キミの視力にはいつも驚かされるよ」

「太陽から地上のニセ天使を見破るほどですもんね!」

「ふん。あの悪魔の醜悪な表情を3200億キュビット離れて見破ることなど容易いものよ。いまの力では、神の狩人の動きを偵察するだけで精一杯だが」

「お見送りもいいけど、ミカエルちゃんもガブリエルちゃんもウリエルちゃんもお着替えの時間よ。私はもう着替えちゃったわ」

「ラファエルさんすてきです!」

「あらあら、お世辞をいっても何も出ないわよ?」

「ボクらの服はどこにあるかな」

「貴様の服はこれであろう。我には大きすぎる」

「ありがとう、ウリエル。……って、これは違うんじゃないのかな!?」

「ガブリエルさん、それはわたしのです!」



---



第二章につづく。

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