暑い夏も終わる
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街を歩きながら、行き交う人の様子を見ていると、半袖シャツのサラリーマンやノースリーブの女性を見かけたりするのだが、もう夏も終わりに近い。残暑とは言っても、そんなに気温が上がることはないだろうと思えた。
今年の六月頃から八月半ば過ぎまで、日焼け止めをしっかり使ったのである。塗り過ぎるぐらい塗っていたのだし、とにかく日焼けだけは避けようと思っていた。だけど、やはり高温の紫外線に照らされると、焼けてしまうのだろう。現にそうなった。
「市川君」
「はい」
勤務先の会社で課長の小池から名前を呼ばれ、席を立って課長席前まで歩いていく。
「何でしょう?」
「この書類もう一回作り直して。ちゃんと赤ペンでチェック入れておいたから」
「分かりました」
頷き、持ってからデスクへと舞い戻る。さすがに仕事は大変だ。特にあたしのように二十代後半の女性社員は、将来に結婚や出産などいろいろと控えている。働き過ぎもよくないのだが、お金を貯めておかないとまずい。そう思っていた。
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自分のデスクでパソコンのキーを叩きながら、仕事に慣れてしまっている自分を感じる。別に悪いことじゃないのだし、返ってキャリアを積んでおくと、後々がいい。そう思いながら、仕事をしていた。
「令子、何か考え事?」
「うん、まあね。……悪い?」
「いや。別にそうじゃないんだけど、仕事しながら別の事考えてたんじゃ、進まないでしょ?」
「ちゃんとやってるわよ。手元も停まってないし」
隣の席から同僚社員の早紀が話し掛けてきても、キーを叩き続けている。キータッチ音が止まない。カツカツカツという音が鳴るたびに、書き直しの書類が出来ていく。ちゃんとチェックを入れた個所を修正し、万端にしてから、小池のパソコンのアドレス宛に送る。そしてまた別の仕事に手を付けた。やることはたくさんある。引っ切り無しに。
その日も仕事が終わり、ふっと軽く息をつくと、スマホが鳴り出す。メールが一件入ってきた。着信窓を見ると、彼氏の和田智人からだ。<今夜会わない?午後六時にいつもの居酒屋で待ってるから。じゃあね>と打ってあった。
<分かった。今から来るから、待ってて。じゃあまたね>と打ち、送り返す。いつも思うのだ。居酒屋で飲んだら、多分部屋に誘ってくるだろうと。でも別に気にしてなかった。二十代女性で彼氏がいるならセックスだってバリバリだと。
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会社の女子社員のロッカールームで着替えて、脇下にデオドラントを降り、社を出て歩く。少し夏バテ気味だった。夏も終わるのに疲れは溜まっている。秋頃が一番ピークになるのだった。あたしも体調には気を付けている。毎朝、朝食を取った後、決まったサプリメント類を飲み、一日をスタートさせていた。好循環だったのである。どんなに前夜遅く眠ったとしても、朝は午前七時きっちりに目が覚めていた。
考えてみれば、智人が今いる居酒屋から彼のマンションは近いのだし、あたしの部屋も歩いていけるぐらい近い。別に夜遅くまで起きていても、午前七時に目が覚めれば、自宅まで余裕で戻れる。だから別に構わないのだった。
居酒屋まで社から歩いて十五分ほどだ。店に入ると、智人がいて、
「令子、きっちり午後六時に来たね」
と言い、ビールを飲みながら焼き鳥を摘まんでいる。横の席に座り、ビールを頼んでから、ゆっくりし始めた。
「ここ二日間ぐらいで、朝晩は夏の終わりが感じられるぐらい気温が下がったな」
「ええ。……でも日中はまだ暑いわよ。夏バテもあるし」
「もうすぐ秋だから、実りの季節だね」
「そうね。あたしもそう思ってる」
ビールのジョッキが渡されたので、口を付けると美味しい。別に違和感はなかった。晩夏の趣を感じながら、食事を取る。これが大人の食事の仕方だ。あたしも立派に成人しているので、きちんと振る舞う。
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食事が終わってから、彼が誘ってきた。
「令子、今夜俺の部屋に来ないか?」
「うん、あたしは平気だけど。……あなたは大丈夫?」
「ああ。多少疲れてても仕事行けるしな」
明日は土曜で、お互い半日しか仕事がない。午前中が終われば、週末の休息へと入る。それが分かっていたので別に平気だった。朝早く自宅マンションに帰り、着替えを済ませてから、サプリメントなどを飲めばいいので。
その夜、智人の部屋に入ると、お互い自然と接近し合った。そして腕同士を絡め合わせゆっくりと抱き合う。夜の遅い時間まで絡み続けた。お互い裸体を晒しながら……。
抱き合い、性交が終わってしまった後、彼が、
「水割り作ってくれよ」
と言ってきたので、
「ええ」
と頷き返し、冷蔵庫からウイスキーの原酒を取り出してグラスに注いだ。同時に持ってきていたミネラルウオーターで割って氷を浮かべる。差し出すと、智人が口を付け、
「喉が焼けるみたいに熱いな」
と言った。フフッと笑い、
「そんなに強いお酒?」
と訊いてみた。智人が、
「ああ。これぐらいの度数の酒も平気だったけど、最近はあまり飲まないね」
と言う。そして一緒に寝物語をした。午前零時前まで、だ。あたしも付き合った。彼が昼間会社であったことをいろいろと話す。別に抵抗はなかった。お互い大人同士で節度のある付き合い方をしているから、これと言って何もない。ただ、ゆっくりと夜を共にするだけで……。
翌朝通常通りに起き出し、午前七時半過ぎに部屋を出る。時間がないのだったが、いったん帰宅すれば、コーヒーとトーストで朝食を済ませ、サプリメントを飲んでから出勤できそうだった。ちゃんと遅刻しないように、である。
智人の眠っているベッドのサイドテーブルにメモ用紙で<また会おうね>と一言走り書きを残してから、部屋を出た。疲れているのだが、今日の半日の仕事が終われば、また午後からここに来てもいい。あたしたちはお互い週末同棲関係なのだった。一番いい付き合い方だと思える。結婚などと言うと、束縛の類だと思いがちなのだが、今の交際方法がベストだと考えていた。互いに蟠りなどを感じずに、である。
(了)