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暑い夏も終わる

作者: 竹仲法順

     *

 街を歩きながら、行き交う人の様子を見ていると、半袖シャツのサラリーマンやノースリーブの女性を見かけたりするのだが、もう夏も終わりに近い。残暑とは言っても、そんなに気温が上がることはないだろうと思えた。

 今年の六月頃から八月半ば過ぎまで、日焼け止めをしっかり使ったのである。塗り過ぎるぐらい塗っていたのだし、とにかく日焼けだけは避けようと思っていた。だけど、やはり高温の紫外線に照らされると、焼けてしまうのだろう。現にそうなった。

「市川君」

「はい」

 勤務先の会社で課長の小池から名前を呼ばれ、席を立って課長席前まで歩いていく。

「何でしょう?」

「この書類もう一回作り直して。ちゃんと赤ペンでチェック入れておいたから」

「分かりました」

 頷き、持ってからデスクへと舞い戻る。さすがに仕事は大変だ。特にあたしのように二十代後半の女性社員は、将来に結婚や出産などいろいろと控えている。働き過ぎもよくないのだが、お金を貯めておかないとまずい。そう思っていた。

     *

 自分のデスクでパソコンのキーを叩きながら、仕事に慣れてしまっている自分を感じる。別に悪いことじゃないのだし、返ってキャリアを積んでおくと、後々がいい。そう思いながら、仕事をしていた。

令子(りょうこ)、何か考え事?」

「うん、まあね。……悪い?」

「いや。別にそうじゃないんだけど、仕事しながら別の事考えてたんじゃ、進まないでしょ?」

「ちゃんとやってるわよ。手元も停まってないし」

 隣の席から同僚社員の早紀(さき)が話し掛けてきても、キーを叩き続けている。キータッチ音が止まない。カツカツカツという音が鳴るたびに、書き直しの書類が出来ていく。ちゃんとチェックを入れた個所を修正し、万端にしてから、小池のパソコンのアドレス宛に送る。そしてまた別の仕事に手を付けた。やることはたくさんある。引っ切り無しに。

 その日も仕事が終わり、ふっと軽く息をつくと、スマホが鳴り出す。メールが一件入ってきた。着信窓を見ると、彼氏の和田(わだ)智人(のりと)からだ。<今夜会わない?午後六時にいつもの居酒屋で待ってるから。じゃあね>と打ってあった。

 <分かった。今から来るから、待ってて。じゃあまたね>と打ち、送り返す。いつも思うのだ。居酒屋で飲んだら、多分部屋に誘ってくるだろうと。でも別に気にしてなかった。二十代女性で彼氏がいるならセックスだってバリバリだと。

     *

 会社の女子社員のロッカールームで着替えて、脇下にデオドラントを降り、社を出て歩く。少し夏バテ気味だった。夏も終わるのに疲れは溜まっている。秋頃が一番ピークになるのだった。あたしも体調には気を付けている。毎朝、朝食を取った後、決まったサプリメント類を飲み、一日をスタートさせていた。好循環だったのである。どんなに前夜遅く眠ったとしても、朝は午前七時きっちりに目が覚めていた。

 考えてみれば、智人が今いる居酒屋から彼のマンションは近いのだし、あたしの部屋も歩いていけるぐらい近い。別に夜遅くまで起きていても、午前七時に目が覚めれば、自宅まで余裕で戻れる。だから別に構わないのだった。

 居酒屋まで社から歩いて十五分ほどだ。店に入ると、智人がいて、

「令子、きっちり午後六時に来たね」

 と言い、ビールを飲みながら焼き鳥を摘まんでいる。横の席に座り、ビールを頼んでから、ゆっくりし始めた。

「ここ二日間ぐらいで、朝晩は夏の終わりが感じられるぐらい気温が下がったな」

「ええ。……でも日中はまだ暑いわよ。夏バテもあるし」

「もうすぐ秋だから、実りの季節だね」

「そうね。あたしもそう思ってる」

 ビールのジョッキが渡されたので、口を付けると美味しい。別に違和感はなかった。晩夏の趣を感じながら、食事を取る。これが大人の食事の仕方だ。あたしも立派に成人しているので、きちんと振る舞う。

     *

 食事が終わってから、彼が誘ってきた。

「令子、今夜俺の部屋に来ないか?」

「うん、あたしは平気だけど。……あなたは大丈夫?」

「ああ。多少疲れてても仕事行けるしな」

 明日は土曜で、お互い半日しか仕事がない。午前中が終われば、週末の休息へと入る。それが分かっていたので別に平気だった。朝早く自宅マンションに帰り、着替えを済ませてから、サプリメントなどを飲めばいいので。

 その夜、智人の部屋に入ると、お互い自然と接近し合った。そして腕同士を絡め合わせゆっくりと抱き合う。夜の遅い時間まで絡み続けた。お互い裸体を晒しながら……。

 抱き合い、性交が終わってしまった後、彼が、

「水割り作ってくれよ」

 と言ってきたので、

「ええ」

 と頷き返し、冷蔵庫からウイスキーの原酒を取り出してグラスに注いだ。同時に持ってきていたミネラルウオーターで割って氷を浮かべる。差し出すと、智人が口を付け、

「喉が焼けるみたいに熱いな」

 と言った。フフッと笑い、

「そんなに強いお酒?」

 と訊いてみた。智人が、

「ああ。これぐらいの度数の酒も平気だったけど、最近はあまり飲まないね」

 と言う。そして一緒に寝物語をした。午前零時前まで、だ。あたしも付き合った。彼が昼間会社であったことをいろいろと話す。別に抵抗はなかった。お互い大人同士で節度のある付き合い方をしているから、これと言って何もない。ただ、ゆっくりと夜を共にするだけで……。

 翌朝通常通りに起き出し、午前七時半過ぎに部屋を出る。時間がないのだったが、いったん帰宅すれば、コーヒーとトーストで朝食を済ませ、サプリメントを飲んでから出勤できそうだった。ちゃんと遅刻しないように、である。

 智人の眠っているベッドのサイドテーブルにメモ用紙で<また会おうね>と一言走り書きを残してから、部屋を出た。疲れているのだが、今日の半日の仕事が終われば、また午後からここに来てもいい。あたしたちはお互い週末同棲関係なのだった。一番いい付き合い方だと思える。結婚などと言うと、束縛の類だと思いがちなのだが、今の交際方法がベストだと考えていた。互いに蟠りなどを感じずに、である。

                           (了)


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― 新着の感想 ―
[良い点] 若いカップルのごくありふれた日常ですね。この手のテーマのお話はなかなか物語にしにくいのですが、こういう風に淡々と書き綴っていくことでストーリー性が出て来ますね。 [気になる点] 全体的に文…
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