少女、迷子のネコを探す。
よく晴れた朝の日差しを受け、今日も一日が始まる。
ここは王都クリム=シェーナより山を三つ程越えた場所にある長閑な村で名をバゥナといいこの近隣では二番目に魔物の被害が少ない村で有名である。
そんな長閑な村にある少しだけ大きな宿屋に後に勇者と呼ばれる少女が泊まっているなどとは誰にもわからなかった。そんな未来の事など露知らず、寝ぼけ眼で大きなあくびをしてベッドから身を起こす金髪の少女。しばらく外を眺めていると外からドアをノックする音でようやく覚醒した。
「……。」
部屋の前から漂う嫌な気配を察知した少女は答えず毛布を引っ掴み再び寝入ろうとするがドアが勢いよく開いて背の高い黒髪の青年が室内に入ってきた、予想を裏切らなかった人物の登場に少女はジト目を向けるが向けられた当の本人は気にした風もなく軽快にベッドまで歩み寄ると少女の手を取り手の甲にキスをする。
「よく眠れたか?我が愛しの天使、フェリネンテ!」
「初っ端から変態行為全開ですか。あと、大きい声で呼ぶの止めて下さいヴァイスさん。」
未だ膝を突いてフェリネンテと呼ばれた少女に目線を合わせているヴァイスと呼ばれた青年。
こんな変態からの視線は一分一秒でも外したいフェリは枕元に置いてあった麻の袋から小さな布切れを取り出すとそれを部屋の中程に向かって投げた。
ひらひらと舞う小さな布切れ。
そちらに視線がいっていたヴァイスは、ハッと気がつく。あれはフェリの下着ではないか!握っていたフェリの手を離し、それが床に落下する前に見事にキャッチする。
その様子にまるで犬ですね、という言葉が喉まで出掛かって慌てて呑み込む。その言葉を言ったら余計に面倒な事になるのではないかと思い至ったからだ。
「ふぅ、まったく駄目じゃないかフェリ?下着は投げる物ではなく、履く物だぞ?……いや、被る物か?むぅ……」
そう誇らしげに胸を張ってフェリに下着を差し出すヴァイス。
あまりに誇らしげな顔をしていたと思ったら急に難しい顔をして変な事を言っているので思わず色々言ってしまいたくなるがこの手の変態にはご褒美になってしまうので引き攣った笑みを浮かべて大人しく下着を受け取るフェリ。
溜息を吐いて着替えを始めようとするフェリだったが、まだ変態の排除が済んでいなかった。
「すいません。着替えたいので出て行っていただけますか?」
「ん?いや、私の事は気にするな。お前のちっぱいに興味のある輩がこの部屋を覗いていないとも限らんからな、見張っておこう。ふむ、記録媒体でもあれば完璧なのだが……」
などと訳のわからない見当違いの事を言い始めたヴァイスについに堪忍袋の緒が切れてしまったフェリはベッドに立て掛けられていた白く輝く宝剣を手にして相手の喉下に突きつけた。
まさに鬼の形相。本来はとても可愛らしい顔立ちをしたフェリにこんな表情をされてしまってはいかに変態のヴァイスであっても喜ぶどころではなく、冷や汗を垂らしながら苦笑いを浮かべて一目散に部屋から退散していった。
着替えを終えて一階の食堂へと降りると血涙を流しながらやけ食いとばかりに料理を注文しては皿を空にしていくヴァイスの姿が見えた。
血涙を流すほど着替えを見たかったのかと呆れてしまうが、初めて出会った時からあんな風だった様な気がするので考えるのも億劫だった。
とりあえず、意思疎通だけは出来るので目の前に積まれた皿の山に視線を向けながら至極当然の事を言い放つ。
「そんなにやけ食いしているとお金なくなりますよ。」
「なんだ、心配してくれているのか?流石は我が愛しの天使だな!だが、心配は無用だ。その優しさだけで後二百は注文できるぞ。」
前言撤回。まるで会話が噛み合っていない。意思疎通だけは出来ると思っていた彼女の思考は一瞬にして無に帰す。白目を剥いてこのまま倒れてしまいたいと思ったがそうもいっていられない。
何故なら、こちらはお金の心配をしているのであって決してヴァイスの胃の心配をしている訳ではないのだ……何とか気力を取り戻し現実に帰ってきたフェリは本当に二百もの料理を注文される前に料理を平らげて息を吐いているヴァイスに先んじて立ち上がり笑顔を向けて財布を出すようにお願いしカウンターまで行くと宿屋の女将さんに食事代と宿泊代を払ってヴァイスの元へと戻ってきた。
「お金は払っておきましたから。さ、行きますよ?」
「う、うむ……。将来は夫を尻に敷くタイプだな。我が愛しの天使は……」
財布を突っ返したフェリはさっさと入り口に歩いていってしまう。その様を呆気に取られて見ながら頷き、ぽつりとそんな事をつぶやくヴァイスだった。
宿屋を後にして二人がやってきたのは仕事の紹介をしてくれる斡旋所だった。
斡旋所には魔物の討伐から迷子の猫探しなどの多岐に渡る依頼があり、難しいものほど達成時の支払い報酬が上がる。もちろん、難易度の高いものは死傷率が高く王都専用の認可状が必要になってくる。
勇者の少女とそのお供の変態青年は比較的難易度が低くそれでいて支払いが他のものより少しだけ高い依頼を探して依頼書が貼られた掲示板の所で話し合っている。
「はぁ……あんまりいい仕事なさそうですね」
「何を言う。これなどさいて……いや、なんでもない、すまん。」
バニーガール募集という張り紙を指差して勧めてきたヴァイスだったが、ある部分に目をやった瞬間に遠い目をして唐突に謝って来た。
何か謂れのない誹謗中傷を受けた気がしたフェリは目線を向けられた部分をぺたぺたと触り彼の真意を悟って軽蔑の眼差しでヴァイスを射抜く。無論、ヴァイスという名の変態にはご褒美であることなど百も承知だが向けずに居られなかったのをわかってほしい。
気を取り直して探していると迷い猫探してますという張り紙を発見した。どうやら飼っていた子猫が逃げ出してしまったので探して連れ帰ってほしいという内容だ。
「迷子の子猫の捜索……猫かぁ、どう思います?」
「これなら簡単だろう。はじめてのおつかい的な意味で」
珍しく真剣な顔つきのヴァイスにフェリは頷き、迷い猫の捜索の張り紙を剥がして受付へと持っていく。
受付にはおじさんが一人居り、依頼書を出すとおじさんは依頼の説明をしてくれた。
依頼主の名はアベルジャ・ノールというこの村に住む商人でなんでもとても珍しい猫を入手しこの村の名物の一つにしようと考えていたらしいのだが、餌をやりにいった時に少し目を離した隙に逃げ出してしまい大変困っているという。
「これにしますか。」
「あぁ。ぬこの探索など容易いぞ。我が愛しの天使よ」
なにかおかしな発音をしているヴァイスに首を傾げるが聞くのも面倒なので受付のおじさんへ承諾の旨を伝えると依頼書に受諾印を押されノール邸に向かって依頼内容や報酬についてさらに詳しく聞くように言われた。
フェリは頷いて感謝の言葉と共に頭を下げるとなにやらぶつぶつと呟いているヴァイスを引っ張ってこの場所を後にした。
ノール邸は町のはずれにあり如何にも商売事で成り上がった人間の建てた屋敷だと解るほどに周りの景色から完全に浮いた豪華な造りになっている。
屋敷の前には門番が常駐しておりやはりそういうところも商人らしい警戒心の強い人間であることが見て取れた。
近づくと当然の如く止められた。事情を説明するとしばらく待っているように言われ門番の一人が中へと入っていく。
残っていた門番は興味深そうに二人を見ると話しかけてきた。
「まさか、こんなに可愛いお嬢さんがあの依頼を受けるとはぁ……まぁ、お連れさんも居るみたいだけど。」
「そうだろう?可愛いだろう?まさにこの世に舞い降りた天使だ!そう思うだろう!?なぁ!?」
鼻息が荒くなり目が血走っているヴァイスに若干困った顔をして一歩下がった門番はフェリに視線を移して本当に心配そうに声を掛けてくれる。
苦笑いを浮かべて大丈夫だと答えると門番は少しだけ目に涙を浮かべて健気なお嬢さんだなぁと目頭を押さえてしみじみと頷いている。
久々にまともに話せそうな男性に出会えたのでフェリも会話が弾んでいるようだ。
それを横から不貞腐れたように口を尖らせ見ている青年が一人、時折小石を蹴って遊んでいる。もう十個目になるであろう小石が蹴られた時、先ほど屋敷に入っていった門番が走って戻ってきた。
「ノール様の許可が出ました。お入りください。」
その言葉に会話を交わしていた門番とフェリは居住いを正し、不貞腐れていたヴァイスはそれに気付いて歩み寄ってくる。
二人を確認した門番が先導するように再び屋敷に入っていく。その後を追いかけるように歩き出したヴァイスを目で追いながら残って番を続けている門番に頭を下げて手を振ると笑顔で返してくれた。
屋敷内に入っていった二人が見えなくなると門番は正面に向き直って表情を引き締める。
そして、なにやら不吉な事を呟いたがその言葉の意味を正確に理解できるものはきっとこの場には彼しか居なかっただろう。
時折鎧の擦れる音が響くだけで三人は黙々と赤い絨毯が敷かれた廊下を歩く。
そわそわと視線を動かしつつ廊下に飾られている高価な調度品などを眺めているヴァイスに窘めの視線を向け溜息を吐くフェリに前を歩いていた門番が苦笑と共に重い空気を払うかのごとく口を開いた。
「ここの物は珍しい物ばかりですので目に留まるのは仕方ないことだと思いますよ。」
「そうなんですか……確かに高そうな物ばかりですね?」
「えぇ、ノール様があらゆる地域から買い集めていますので」
フェリには高い物を買い漁ってそれを人に見せる為に飾るという所謂お金持ちの感覚がいまいち理解できないが隣でなにやら真剣に頷いているヴァイスにそういえばこの人も無駄に高い物を買って魔王城の廊下に飾っていたなと思い出して苦笑する。
その苦笑が自分に向けられていると察知したのかヴァイスは訝しみながらもどこか嬉しそうに……いや、にやにやといった表現が正しい顔でやはり外した事を言ってくる。
「どうした、我が愛しの天使?そんなに扇情的な視線を向けられたら興奮してしまうんだが……っ!」
鈍い音を立てて鳩尾に見事にめり込んだフェリの拳に息を詰まらせながら涙目になっているヴァイスが顔を上げると、そこには彼の愛しの天使がいつも以上の眩しい笑顔で仁王立ちしていた。
声を掛けることすら憚られる雰囲気に門番も固唾を呑んで見守っているが、何時までも放っておくとこのまま日が暮れるまでずっと続くのではないかと不安になって勇気を振り絞り声を掛けようと口を開きかけて目の前でお腹を押さえていた男が動き出すのを見た。
「ふ、ふっ……。激しい愛情表現だ……。殺したいほど、というやつか……。まったくどこの猟奇的愛情表現者だ。」
「変な事言うからでしょう?自業自得です。あと、別に殺したいほどじゃないですから。」
やたらといい声で涙混じりにそう呟く声を軽く軽蔑の視線を混ぜて切り捨てると少しだけ頬を赤らめてからそっぽを向き、ヴァイスが回復するのを待ってから正面に向き直ると目を見開いて固まっていた門番が居た。
門番のその様子にフェリは今までのを見られていたのかと思うと急に照れくさくなって俯き加減でおずおずと固まっている彼に声を掛けた。
もしその上目遣いをヴァイスが見ていたらきっと更なる変態発言でより酷い目にあっていたであろう事は想像に難くない。
ようやく気付いた門番はその上目遣いに顔を赤らめ慌てて顔を逸らし、咳払いを一つすると勤めて冷静に大丈夫ですよと声を掛けて歩き出した。




