第六話 SERF
――2017年6月14日昼間・ウクライナ軍基地ブリーフィングルーム――
しばらくして、ここウクライナ軍の基地司令がやってきた。
「敬礼!」
ザッ、という揃った音の元、柴田中尉の号令で俺達は一斉に立ち上がり敬礼をする。
「座りたまえ」
初老の基地司令が、年齢相応の渋い声でそう言った。
「まず、何が起こったか説明しよう。諸君らも知っての通り、2046年6月13日、1648(16時48分)。パリ、モスクワ、上海、シドニー、東京で正体不明の兵器の襲撃があり、民間人、WAP、各国軍合わせて死者20万人を超える大惨事となった」
東京にはWAP極東本部がある。
俺達はそこから抽出されてウクライナまで派遣されたのだが、仲間は無事だろうか。
……心配だ。
「それに引き続き本日1415、アメリカワシントンDCに未確認飛行物体群が飛来した。アンノウンは、中心に半径10kmを越える球体1機と、その周囲を飛行する楕円形状の飛行物体およそ数千機という恐ろしい規模で都市上空を飛行」
数千機……正確に数えた訳ではないだろうが、そんな規模で攻撃を仕掛けられたりゃそりゃ勝てる筈がない。
「米国政府は直ちに非常事態宣言を発表し、WAP、米軍は特級厳戒態勢を発令。WAPと米軍は周辺の駐留戦力のほぼ全てを即出動させ包囲した。だが1523、球体型未確認飛行物体の下部ハッチから、小型アンノウンが発進、人類兵器に対し攻撃を開始した。数は約数百」
特級厳戒態勢……。
恐らく人類の歴史で発令したのはこれが初めてだろう。
具体的に言うと、戦術核兵器やICBM(大陸間弾道ミサイル)等の強力な兵器が準発射態勢になり、陸空海軍は定めた目標への最大限の攻撃が可能になってしまう。
もちろん命令は必要だが、要するに最上級の攻撃態勢だ。
「これを受け、両軍司令部は直ちに交戦を許可。だが我が方は僅かしか戦果を上げることは出来ずに終わった。そして1530。ワシントン中心街上空で、球型アンノウンは爆撃を開始。一瞬で……少なくとも半径50km圏内は……焦土と化した」
うそ……だろ?
半径50km圏内が……焦土?
信じられない。
基地司令も、最初こそ事務的に話していた物の最後は自分でも信じられないと思っていたのか、ショックを受けたような表情と口調になっていた。
「米国政府は、球体型アンノウンをヘイムダル、周囲を飛行する楕円形状アンノウンをヴェクトル、小型のアンノウンをバリウス、そして6月14日の襲撃事件の時確認された小型陸戦兵器をテノダーラ、――そして、この国籍不明の無人機集団を、統率の取れた一つの軍事集団であり、外宇宙の異星軍と正式に認め、威嚇的外宇宙敵性勢力群(saber rattling the enemy's resistance forces group)、SERFと名付けた」
SERF……それが俺達の戦争の相手か……。
セルフの癖に強制的に戦争させられるとは、皮肉かよ……。
「現在我が軍は対策を講義中だが、WAP極東方面軍より派遣部隊は即時撤退せよとの命令が先ほどWAP極東方面軍司令部より発令された。貴官らWAP極東方面軍・第七混成大隊の尽力には非常に感謝している。が、事態が事態だ。諸君らは、可及的速やかに帰国準備をせよ。以上だ」
「敬礼!」
と柴田中尉が締めくくり、ブリーフィングは終了した。
――兵舎、第二突撃小隊・第四分隊の部屋――
俺達は兵舎に戻り、私物の片付けをしていた。
皆無言だ。
表情も暗かった。
「俺達……これからどうなっちゃうんだろうな」
沈黙を破ったのは勇希だった。
「さあな。人間同士の争いがやっと終わってこれから平和だって時に、今度はSERFとかいう訳分かんねぇもんと戦えって? 冗談キツいぜ」
言いながら、自分の分は纏め終わった。
元々私物なんて殆ど無いから、かばん一つで楽に収まった。
「戦わなきゃ死ぬのは俺達であり、日本国民だ。そんなに嫌なら荷物を全て置いてどこへでも行って来い。安心しろ、この状況じゃ脱走兵の一人二人居ても探す余裕なんて無い」
岩崎軍曹も荷物を纏め終わったようで、大型リュックサックの上に座って煙草を吸っていた。
「地位も名誉も捨て逃げて飢え死ぬか、国民の為に戦って死ぬか。前者を選ぶようじゃ、今頃俺はWAPに居ませんよ」
俺も胸ポケットから煙草を取り出して火を付ける。
フーッ、これがなきゃやっていけん。
「和真~、この雑誌俺のリュックにもう入んない。和真のリュックの中に入れてもいい?」
とここで、スペシャル空気読んでない発言をする馬鹿の勇希。
「つーかそんなもん置いて行けよ。向こうで使うかっつーの」
「馬鹿だなぁ、和真は」
ヤレヤレ、といった具合に手をヒラヒラさせる。
「はあ? おい殺すぞ」
「これ、日本に持ち帰ったらレア物だぜ? マニアにはすげえ高値で取引されてる雑誌でさ~」
と言って雑誌を見ながらニヤニヤしている。
「馬鹿はお前だ馬鹿の勇希。向こうに帰ったらそんな事してる暇はねぇ」
「む~っ、じゃあ戦争が終わってから雑誌売るとか?」
「どんだけ売りたいんだっつーの。いいから置いてけ」
「あっ」
俺は雑誌を掴み、その辺に放り投げた。
「にしてもアンタ達、この状況でよくそういう馬鹿が出来るわね~。神経図太いってもんじゃないわよ」
その俺達の様子を、春奈はケラケラと笑って見ていた。
「おい、俺とコイツを一緒にすんな」
甚だ遺憾だ。
「そう言えば、俺は極東本部で入隊してからすぐにウクライナに飛ばされたから分かんないッスけど、向こうには当然先輩達の知り合い結構いるんッスよね?」
涼が聞いてきた。
そう言えばそうだ、涼は訓練課程修了後、すぐに極東本部で編成中だったウクライナ遠征部隊に組み込まれたのだ。
二年前は本当に新米だったが、遠征部隊に組み込まれたのも類稀なる狙撃技術故だったので、現地での覚えは非常に早く、新米にしては目覚ましい活躍を遂げた期待の新人だった。
まあ、それは飽くまで訓練の中だけで、実戦を経験した事は無いんだけど。
「ああ。宮川や、山崎んとこの部隊も無事だといいんだがな……」
涼の声に反応したのは岩崎軍曹だ。
それぞれ別の部隊の小隊長達だ。
「まあ……それは行ってみないとどうなってるかまでは分かりませんからね。まああの二人なら心配いらないと思いますけどね」
春奈が二人の事を思い出して言う。
確かに、どちらも簡単に死にそうにはない人だ。
そう思いながら、俺はイスから立ち上がり煙草の火を消して灰皿に捨てる。
時計を見て時間を確認。
よし、まだ輸送機発進まで時間はあるな。
「っと、軍曹。ちょっとだけ外出してもいいですか?」
俺が尋ねる。
「む? ちゃんと離陸に間に合うなら構わないが、行くとこなんてないぞ?」
「……俺にはあるんですよ。大事な用事が……」
軍曹は、俺が何を考えているのか探ってるような顔をしたが、結局答えが出なかったのか、諦めたような顔をして、
「そうか……分かった。どこに行くのか知らんが遅れるなよ。お前を置いて行ったら小隊は戦力ダウンだ」
と言った。
「そんときはその辺の航空機ジャックでもして追いついてみせますよ」
俺はいたずらっぽい笑みを浮かべて岩崎軍曹に返す。
「そうか、頼もしいな。WAPとして尊厳を失わないよう丁重に扱ってやれよ?」
岩崎軍曹もそれに乗ってきた。
「はは、了解です。それじゃ」
と言い、俺は部屋を出た。
それから、門にいる門兵に軽く挨拶をして、俺は外に出た。
――夕方、荒れ地――
30分くらい歩くと、ようやく目的地にたどり着いた。
なんなら軍用ジープでも借りた方が良かったかも知れん。
沈む真っ赤な夕日を見て目を細めながら、俺はその場に立ち尽くした。
「あの日も……こんな感じだったかな……」
夕日に照りつけられた熱い皮膚を冷ますように、涼しい風が通り抜ける。
俺は腕まくりしていた待機服を元に戻す。
ちょうど風のおかげで、少々肌寒かった。
俺は指の隙間からしばらく太陽を見詰め、やがて後ろを向いた。
そこには、少しだけ盛りあがった大地に突き刺さる1本の朽ち果てた鉄骨があった。
「久しぶりだな」
と俺は呟いた。
そう、この下には、俺の親父とお袋が眠っているのだ。
「おいおいまた曲がってんじゃねぇか。自分の墓なんだからそんぐらいなんとかならねぇのか?」
俺は斜めに刺さった鉄骨を元に戻す。
「ま、出来たら逆にびっくりするけどな。ほらよ、母さん。土産だ」
といい、俺は鉄骨の前に花束を添える。
「親父には……こいつだ」
俺は花束の隣に突撃銃の弾丸と、酒を置く。
「やっすい酒だが我慢しろよ、いつか目が飛び出るような奴持ってくっから。……親父の事だから、まだどっかで戦ってんだろ? あのころに比べたら弾1つとっても進化してよぉ。ま、良かったら使ってくれ」
と笑って言った。
そして、ふう、と1息ついてから
「親父、お袋。必ず、また生き残ってここに来る」
返事はいらない。
それでも、なぜかちゃんと向こうに届いているような気がした。
「……またな」
そう言ってこの場を去った。
――それから1時間後。
俺達派遣部隊は、輸送機に乗り、日本へ帰る事となった。
そこに、地獄が待っているとは知らずに……。