第五話 ワシントン消滅
――非常招集同日・2017年6月14日昼・ウクライナ軍基地――
「……昨日日中、パリ、モスクワ、上海、シドニー、そして東京で、合計死者20万人を超える大規模な襲撃があった」
柴田中尉は、勤めて冷静にそう言った。
だが、こっちは冷静ではいられない。
世界中の大都市で……死者20万人……!
しかもたった1日でか!
鼓動が跳ね上がる。
今、世界で何が起こって居るんだ……?
「すぐに各国のWAPが防衛したが、甚大な被害が出た。1番被害を被ったのはシドニーだ。……歩兵五個中隊を全滅させられたらしい」
歩兵五個中隊……。
人数にして、およそ一万五千人。
それだけの人間がたった一日で失われるものなのか?
「現在はなんとか各方面、敵勢力を無力化出来た模様だ」
いったい……どこのテロ組織だ……?
こんな計画的で、こんな被害を出したテロなんて、エルヴォリオンの目じゃないぞ……?
「生存者や迎撃したWAP部隊の情報によれば攻撃してきたのは国籍不明の無人兵器である事が確認されている。さらに驚く事に、それらを輸送して来た未確認機は航空力学では考えられないような奇妙な形をしていたらしい」
国籍不明の無人兵器ね……。
米軍の軍事研究でそういう類のものが研究されている話は何度か聞いた事はあるが、まさかいきなり実戦……、しかもこれだけの被害が出せるほど精巧な上に量産までされていたなんて、にわかには信じられない話だ。
「これが、フランスパリで撮影されたその時の映像だ」
中央スクリーンに映像が流れる。
映像では、黒を基調としたカラーリングの、体長1m強の四足のロボットが、2本の長刀のようなものを振り回し、応戦するWAP隊員を斬り殺していた。
その姿は昆虫のカマキリを連想する。
だが昆虫よりももっと洗礼されたデザインで、鋭角的なフォルムだ。
そして、その上空わずか数十メートルでは、灰色の奇妙な形の飛行物体が、確かに飛行していた。
翼どころか、プロペラやジェットのようなものも見当たらない。
科学的な事に詳しくは無いが、どう考えてもおかしい事は分かった。
それにこの大きさ、民間旅客機の6倍はある。
映像を撮ったのは恐らく偵察隊だろう。
そんな奴らが、乱戦状態の戦場に出てくる程、混乱したんだろうな。
その映像はしばらくした後、敵がドアップで映り、次の瞬間映像が途絶えた。
恐らくこの隊員は生きてはいないだろう。
敵を制圧した後、回収部隊がこの映像を回収したそうだ。
にしても……ありゃなんだ?
あれが……テロリストの仕業?
あそこまでの世界規模な襲撃を同時に起こし、高性能無人兵器と超技術の大型輸送機を量産できる組織が?
まさかな……そんな組織あってたまるか。
だが……、現に襲撃はあった。
「この映像でわかるように、無人兵器の方はともかく、飛行物体の方は明らかに航空力学に反している。現在世界中の科学者に調査を依頼しているが、“今の地球上の技術”では不可能だ、という半ば結論に近いものが吐きだされた」
なんなんだよ。
何がどうなってんのか結局分からないってことなのかよ。
まあ……昨日の今日じゃそれも仕方ないか……。
「また状況に変化があるかもしれん。各戦闘部隊は、現状のまま待――」
「――中尉ッ!!」
ドアを蹴破るかの勢いで、数人の男があわてて入って中尉の言葉を遮った。
中尉の補佐の連中だろう。
あの慌て様、普通じゃないぞ……?
今度は一体何があったんだ?
「どうしたッ!!」
「ワシントンDCで大変な事が……とにかくテレビをつけてください!」
部屋の前方にある大型のスクリーンに、テレビの映像が転送される。
そこで、信じられない事が起こっていた。
テレビの中の報道ヘリの前に映し出されているのは……途方もなく巨大な銀色の球体だった。
それがワシントンの高層ビル群の遥か上を……飛行している!?
《現在、ワシントン国際空港からお送りしています。これは生放送です。SFやフィクションではありません!!》
男性のアナウンサーがヘリから状況を伝えている
うそだろ……どうなってんだ……
あんなでかい物体が……飛んでるのか?
その銀色の球体の周りには、ついさっき見たフランスにいた緑色の未確認飛行物体が数百隻も飛行していた。
あれですら相当大きいと思ったのに、それが小さく見えてしまうほど、その球体は巨大だった。
《この物体が出現してから30分が経過しています。この物体はいったいなんなのか、現在WAPが解析を進めておりますが、詳しい情報はまだ何も入ってきておりません》
その間にも巨大な球体はゆっくりと移動している。
《球体は、現在ワシントン中心街に向かって移動している模様ですが、飛行物体群の目的地は不明です。米国軍とWAPは球体に対し、特級厳戒態勢を発動。球体を包囲しつつ、予測進路上であるウェストポトマックパーク付近にて砲撃部隊を展開中です!!》
別の女性アナウンサーが緊迫した様子でつたえる。
市街地上空を浮遊するその球体達は、どう考えても友好的じゃない。
実際に、世界各地で20万人以上の人間が殺されのだ。
これから……戦争になるんだろうか。
俺は……そいつらと戦う事になるのだろうか……?
俺たちは全員中央スクリーンの中の映像にくぎ付けになっていた。
SFとしか思えない、しかし現実として存在している映像に。
球体がゆっくりとワシントン中心街方面に向かって移動する。
それを包囲しながら米軍とWAP陸軍も進んでいく。
戦車、対空車両の砲身は常にヘ白銀の球体を向き、ヘリも戦闘機もロックオンし、いつでも一斉射が可能だ。
各米軍やWAPの基地からも中距離弾道ミサイルの発射準備がされている。
完全包囲と言うに等しい状態だったが、なぜかそれでも不安はぬぐえない。
なんせ、見た目半径10kmはありそうな球体が浮いて飛行している上に、そんな航空力学を無視した飛行物体が大都市の上空にいるのだ。
恐らくあそこにいる部隊は正気じゃないだろうな。
まさかとは思うが……とても人の手で作ったものとは思えない。
やがて、球体に変化があった。
《ハッチです! 下部にある六つのハッチが同時に開きました! 何か出でてきます! あれは……? み、見てください!! WAPの戦闘機が攻撃されています!!》
――ッ!!
攻撃……されてる!
六つのハッチから発進してきた無数の”それ”は飛行し、赤いレーザーを放ち、同時に何機ものWAPの戦闘機を見事に撃ち抜く。
撃ち抜かれた戦闘機は、機体から火を噴き、やがて四散した。
巨大な球体母船からでた謎の飛行物体は、中心に球体があり、上に2本、下に1本の突起が斜め後ろ向きに突き出ている。
球体には4つの赤く光る丸がある。
比較的小さく、軍用ヘリと同じくらいの大きさだった。
それが次々と攻撃してきて、戦闘機は激しく爆発し空中分解する。
《こっ、攻撃です! 攻撃を受けています!!》
《WAPの戦闘機が……次々と炎を吹き上げて……あっ反撃です! こちらの攻撃が始まりました!!》
《WAPと米軍から総攻撃の指令があったようです!! 連携して攻撃を行っています!!すさまじい攻撃です!!》
地上からは地対空誘導弾、砲弾、、空中からは対空ミサイルの嵐、それに反撃する敵のレーザーがその空間を埋め尽くしていた。
こんな激しい戦闘は……見たことがない。
あまりの激しさに、報道陣の乗ったヘリが後退し、カメラの映像が遠くなる。
しかし、遠くなれば遠くなるほど、戦闘の激しさはよくわかった。
次々と人類側の攻撃は巨大すぎる球体と、周囲の緑の飛行物体に当たる。
だが目標が巨大過ぎて、効いてるのか不安になる。
《見てください!! F-15戦闘機が……次々と落とされていきます!! 敵は……そんな!? 無傷です!》
《球体と楕円の飛行物体は表面にバリアのようなものを張っているようです! あっ! 球体母船から出てきた攻撃機が撃墜されました!!》
それだけの攻撃は「着弾した瞬間に表面に見えるバリアのようなもの」で全て防がれていたようだ。
それどころか、ほぼ一方的にWAP、米軍の戦闘機が撃破されて行く。
だが敵小型戦闘機の撃墜に成功した機体もいたようで、小型機は無敵でない事が分かった。
それでも、どんな見方をしても絶望的な程劣勢としか言いようのない戦いだった。
さっさと撤退命令を出さないと、全滅しそうな勢いだ。
あれだけの戦力が圧倒されていた……。
あんなの、勝てるわけがない。
こんな話、馬鹿げてやがる!
そんな中、ついにWAPと米軍の連合部隊が見えてきた。
《ウェストポトマックパークです!! 遂に砲撃部隊が見えました!!》
《米軍の砲撃隊が砲撃を開始しました!!》
《凄まじい攻撃です!! しかし、我が方が圧倒的不利のようです!!》
ウェストポトマックパークに待機していた戦車隊、自走砲部隊、対空車両部隊が一斉砲撃。
だが、それだけの砲撃をもってしても表層バリアで無効化されてしまっている。
やがて球体はホワイトハウスの真上で停止した。
《見てください! 母船の下側からなにかでてきます!!》
下部中央のハッチが開き、そこから下を向いた筒のようなものが出てきた。
《あれは……何でしょう? 一見砲台のようにも見えますが……》
嫌な予感がする。
やがてそれは光球を溜め始めた。
筒の先端に光の集合体ができ、そして、放たれた。
光球は、高速で地上に落下し、
《あっ!! 発射されまし――》
瞬間、大気を震わすような凄まじい音を響かせ、画面は砂嵐となった。
「おい! 今なにが……」
岩崎軍曹が言う。
「おい……、冗談だよな? これ、なんかの映画なんだよな? そうだよな和真ッ!」
勇希が俺を揺さぶる。
俺も、混乱し過ぎて何も言えない。
どうなってるんだ……。
ホント、何がどうなってるんだよッ!
おかしいだろ、こんなの夢だろ!
しかし、その想像を否定するかのように基地内にけたたましい警報が鳴り響く。
同時に、機械音声が流れた。
《第三級防衛体制発動、第三級防衛体制発動。全戦闘部隊は、至急ブリーフィングルームへ急行せよ。繰り返す、第三級防衛態勢発動――》
――第三級防衛体制。
それは、自国に敵国の軍隊が侵入または攻撃的衝動を見せた時や、大規模テロにより大量の人名に危険が及ぶ可能性や、もうそれが起こってしまった時に発令される。
例えば、2001年9月11日にアルカイダによって起こったアメリカ同時多発テロや、2013年に国際テロ組織エルヴォリオンによって起こった上海地下街爆弾テロの時に、付近のWAPは第三級防衛体制を発令した。
ただし、ウクライナという遠く離れた地で発令されることは前代未聞のはずだ。
だが、理由がこれならわかる。
ここは既にブリーフィングルームの為、第三陸戦歩兵中隊の約300人は、唖然としながらも席に着いた。
「勇希。現実、だよ……。これは現実だ」
俺は自分に言い聞かせるように言った。
もう確信した。
これはもう、地球人類の仕業なんかじゃない。
――異星人の侵略戦争だ。