第二話:余命三ヶ月
なぁ、夏子。
俺は一体どうすればいい?
お前の笑顔をもう見られなくなると聞かされて…。
お前は俺の…
光だったのに……。
”余命三ヶ月“
手術が終わった次の日、俺達は夏子に会いに行った。病室に入ったとたん目に飛びこんだのは、夏子のあのひまわりのような笑顔だった。
「お母さん、お兄ちゃん!来てくれたんだ」
「例え学校があっても俺は行くし!」「フフ…お兄ちゃん学校サボりたかっただけでしょ?」
まだ手術が終わったばかりだったので夏子は寝たきりだったが、いつもと変わらない元気な夏子だった。
「頭は痛い?夏子」
「ぅん、すっごい痛い。麻酔がきれてきちゃった。痛っ!」
やはり麻酔がきれるとなると夏子は苦痛の表情を隠せなかった。手術が終わっても、まだまだ苦しい時は続くんだ…。
しばらくして、担当医の先生が様子を見に来た。
「夏子ちゃん、具合はどうかな?」
「やっぱり頭痛いよ」
夏子はその先生と仲がいいのか、友達のように接していた。
「2、3日続くけど我慢してね。一応痛み止めは出しておくから」
「うん、わかった」
担当医の先生は笑顔でそう行って、夏子のベットから離れていった。そして小声で母さんに
「後で夏子ちゃんのことについてお話があります」
と、そう告げて病室を出ていった。少し不安な表情をしていた母さんだったが、夏子にさよならをして、俺達も病室から出ていった…。
「あの、お話とは何でしょうか…?」
少々不安げな表情で母さんは担当医に問掛けた。ここは診療室。まわりにはシンプルに時計だのベッドだのが置かれていた。
「手術の後にこんなことを聞かされるのはお辛いかもしれませんが…」
その担当医の言葉は、俺を一気に不安にさせた。その先を聞くのが怖くなった。耳を塞ぎたくなった…。
辺りに緊張が走る…。
「夏子ちゃんは…今危険な状態にあります。いえ…助からないと言ったほうがいいかもしれません…」
「…なん…だって?」
信じられなかった。だって手術は成功したんだ。助からないなんてありえないはずだ。だって夏子さっきあんなに元気だったじゃねえかよ。
「詳しくご説明します。手術は成功し、腫瘍も取り除きました。しかし……彼女は今、ガンにおかされています。それも末期の…」
俺は、何もかもが信じられなかった。夏子が末期ガン?もう助からない?俺の頭の中は徐々に絶望でいっぱいになっていった。
「あともう少し早く手術をしていれば、体にガンが転移することもなかったんです。気付くのが遅すぎました…」
腫瘍はガンとも言えるもので、放っておいたらたちまちどこかへ転移してしまう。こういうことになるかもしれなかったのに、俺達は全然そのことについて考えていなかった。
「夏子は…もう何をやっても助からないんですか?」
ずっと黙りっぱなしだった母さんが、重く口を開いた。今にももう溢れそうなくらいにその目には涙がたまっていた。
「…すみません」
担当医はそう言って深く頭を下げた。すると母さんはいきなりその場から立ち上がり、床に座りこんだ。
俺は母さんを止めようと声をあげたが、母さんの行動に俺は言葉がつまってしまった。子供の目の前で恥じをさらしてはいけない親とあろうものが、俺の前で土下座をしているんだから…。
俺はただ、見ていることしか出来なかった。止められなかった。母さんのしている行動の意味がわかっていたから…。
「お願いします!!夏子を助けてあげて下さい!あの子は大事な娘なんですっ!私達家族の光なんですっ!お金ならいくらでも出しますから!なんでもやりますから!だから……夏子を連れて行かないでぇっ!」
母さんはまるで滝のように大粒の涙を流しながら、一生懸命お願いをしていた。こんな母さんを見るのは始めてだった。でも、もう戻れないんだよ…母さん。
「……やめろよ」
やっとの思いで俺は声を出せた。もうあんな母さんを見るのは耐えられなかったから。
「かず…ま?」
泣きじゃくった顔で母さんは俺を見上げる。つい目をふせたくなった。
「もう…駄目なんだよ。どんなにお願いしたって、これが運命なんだから。…それよりも俺達がしなくちゃいけないこと他にあるだろ?」
何故だろう…俺の目にも涙がたまる。
母さんは呆然と俺を見ているだけだった。きっと意味がわかっていないんだろう。
「母が変なことをしてしまってすみません。それで、夏子はあとどれくらい生きられるんですか?」
担当医はまっすぐ俺の目を見て、ゆっくりと口を開いた。
「…余命三ヶ月です」