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Lily  作者: もんかる
13/14

ふたつの頭と光の波動が12話

 ガッタンガッタンゴットンガッタン……。


 バリュー車の乗り心地は最悪だった。そもそも荒れた大地をゴムの付いていないタイヤで走るなんて無謀すぎるのだ。


「うぅ、気持ち悪い……」


 右手で口元を押さえながら前屈みに辛い表情を浮かべるリリィ。


「どしたっすか?死ぬっすか?」


 一方のラグドリィはケロっとした表情でリリィを見下している。

 バリュー車なら1時間かからないという道のりだが、まだ20分ほどしか走っていない。

 突然、一際大きく車体が揺れたと思ったら荒々しく停車した。


「こっちはどしたっすか?」

「どうやら……珍しいお客さんみたいで……」


 シフトの声に余裕がない。


「うっひょー、これはまた珍しいっすねー」


 おちゃらけたラグドリィの声にも余裕は見られなかった。

 ここは魔王ベルの結界内である。下級魔物は入りこんでも上級魔物は滅多に入れない結界が張ってある。


「ケリューベアスっすか……」


 ようやく顔をあげたリリィの視界に入ってきたソレは、一瞬だけ2匹に見えた。だが、よくよく見れば頭がふたつあるだけで胴体はひとつ。空想の生き物であるドラゴンのよりもずっと禍々しい醜態。体はゾウよりも大きく、首はキリンよりも長い。さらには蝙蝠のような翼が4本ある。この大きな体で飛ぶというのだろうか。昔見た映画のなんとかギドラに似ている。つまり、いわゆる――


「ばけもの……」


 ケリューベアスという上級魔物は黒いオーラを身に纏い、鋭い目で相手を殺すような怖さがある。

 改めて思い知らされる。ここが魔界ヴィルゲニスであるということを。


「これボクがやるっすか?」

「他に誰がやってくれるって言うのよ!」

「ぼ、僕が牽制しますので、お二人は逃げてください!」


 シフトがゆっくりと剣を抜いた。

 いやいやいやいや、人間の敵う相手じゃないでしょ。リリィは逃げた、しかし回り込まれたって感じに逃げれないパターンじゃない?こんなのRPGのゲームの中でした見たことないよ、しかも最後の方のやつ。


「魔族と……人か……」

「喋った!?」


 ケリューベアスは低く聞き取りづらい声で言葉を発した。ふたつある頭のうち、どちらが喋っているのかよくわからない。

 魔物は喋らないはずじゃ?

 そう思いつつも、上級の魔物の一種には話をできるものもいると言っていたラルシアの話を思いだす。


「うまそうな魔力が転がっておるな……」

「魔力?」

「魔物は食事によって魔力を得ているっす。だから魔物同士でも食い合うし、魔族や人間も襲うっす」


 魔族はその角から魔力を供給しているという話だった。


「んじゃ、やるっすか。シフトは下がってた方がいいっすよ」

「え?」

「魔族の小娘か、楽しませてくれるじゃろうな……?」

「どうっすかね」


 言葉を発するのと同時に跳躍した。2本の首が両方とも上を向く。


「風神衝閃!」


 懐から出した多節棍を振るう。すると、前にも見たように見える風となってケリューベアスを切り裂かんとする。


「くだらん」


 それを翼をなびかせるだけで掻き消した。


「相性が悪いっすね……」


 リリィにはよくわからないが、魔法の相性などがあるらしい。

 ケリューベアスの頭がラグドリィを襲う。連続で襲ってくる頭を軽業師のようにひょいひょいと避けるラグドリィ。この身のこなしはとても人と同じ体型をしているようには思えない。


「攻撃は当たっているけど、パワーが足りてない。風の魔法はケリューベアスのような装甲の厚い魔物には不利なんだ」


 シフトの解説はなにもわからないリリィにとってありがたかったが、生々しく状況を理解できてしまうため、余計怖くなる。

 確かにラグドリィの攻撃は当たっているが、どうもケリューベアスに効いている様子はない。


「くらえっ……!」


 ケリューベアスの片方の口が大きく開いたかと思えば、ラグドリィ目掛けて光の波動がほとばしる。リリィはごおおおという大きな音と光の眩しさに圧倒される。


「これが上級魔物なのか!なんていう力なんだ……」


 シフトは驚愕している。

 しかし、瞬間的に跳躍したラグドリィには間一髪で当たらなかったようだ。

 間髪入れずにもう一方の口からラグドリィのいる上空へ向けて光の波動が出るが、赤紫に淀んだ空へ消えていく。空中で体勢を整えてかわしたのだ。


「しょうがないっすね」


 ラグドリィの動きがさらに加速した。多節棍を自在に操り、なにやら意図的に地面の上を動きまわっているようだ。


「チョロチョロと小癪な……!」


 ケリューベアスが尻尾を振り、ラグドリィを薙ごうとするがギリギリのところでかわす。

 そして、地面に何かが描かれていく。


「ボクは元々魔法陣が得意だから棍を武器にしてるっすよ」


 にひひと笑うそのラグドリィの顔は、幼さが残る少女の笑顔と裏腹に冷たい怖さを感じさせた。


「風魔結界陣!」


 魔法陣が光ったと思うと、瞬間に風の障壁がケリューベアスを空中へ浮遊させ、拘束していく。


「ぐっ……ぐぅ……」

「これで終わりっすよ!」


 ラグドリィのセリフが早いか遅いか、天から数十本の巨大な光の剣が降り注いだ。そしてケリューベアスの肉体を貫いていく。


「ぐおおおおっ……!!!!」

「あー!ずるいっすー!!」


 ラグドリィが叫んだかと思うと、ケリューベアスの上に今までなかった影がある。


「ジョーカーのいじわるっすー!」


 奇妙な仮面をつけ、フードをかぶっている人間が静かにそこにいるのだ。いや、フードによって角が見えないだけであれはきっと魔族なのだろう。あの光の剣は圧倒的な威力だったし、とても人間の成せる技じゃないと思う。


「……」


 ジョーカーと呼ばれた魔族は何も喋らない。静かにバリュー車の前に降りてきたかと思うと、ラグドリィを一瞥し、リリィを見た。

 身長はさほど高くない。男か女か判断ができない。一言で形容するなら、忍者だ。


「ジョーカーは来るの遅いっすよ!職務怠慢っす!しかもおいしいとこだけ持っていくなんて信じられないっすー!」

「……」


 しかし何も言わない。


「ジョーカーさん?助けてくれてありがとう」


 リリィは素直にジョーカーに頭を下げた。


「ダメっす!頭下げるのは私にっす!ジョーカーなんていなくたって倒せてたっすよ!」

「はいはい、どうもありがとねラグちゃん」


 てへへとはにかむラグドリィは少し可愛かった。


「魔族はやっぱりすごいな。僕も精進しないと」


 シフトは抜いていた剣をしまい、己の無力が悔しかったのか、力強く拳を握り込んでいた。

 ジョーカーは一度だけ軽く頭を下げると、一瞬でどこかへ行ってしまった。


「なんだったのあれ?」

「ジョーカーは魔王様直属の魔物狩りっす。結界の綻びから来る上級魔物を殲滅するのがアレの役目っすよ。一言も喋らないから四天魔でさえアレのことはよくわかっていないっす」

「ほへぇ」


 リリィは一息つくと、途端に足に力が入らなくなった。戦闘という恐怖が今になって足にやってきたのだ。


「大丈夫?」

「だ、ダメかも」


 シフトに支えてもらいながら、バリュー車に乗りこんだ。

 魔族と魔物の戦いは想像をはるかに超えていた。これが魔界ヴィルゲニス。改めて、リリィの胸に深く刻まれたのであった。

 そして、ボソっと言葉を漏らす。


「ちびんなくてよかった……」

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