部屋
彼は今日も部屋に居る。
彼にとってのその部屋は全世界。全宇宙。
何をするにしても、全ては自分に返ってくる、なんてことも畧有り得ない、殆ど誰からも干渉され得ない、住み心地の良い、部屋。の筈であった。
然し彼が鍵をかけたおいた筈の扉は何とも無しに突然開かれ、そこから土足で入り込むは、猫背で瓶底眼鏡をかけ、黒い、破れた随分と古びたのスーツを着た、余りに年寄り臭い若い男である。
「やあ。」
と言ってのけた男は床に座り込む。
「君さぁ、何時までそこにいるつもり?」
と続けて彼を見ず男は尋ねる。
暫しの沈黙の後「ああ、そうか。」と勝手に納得した男は、またもや突然立ち上がり帰って行った。
そういえば、彼此どのくらいここに居るのだろうか。
外に出ようと扉を開けようとしても外側から鍵をかけられているらしく、外に出ることは出来ない。
そういえば、この部屋の外はどうなっていたのか。
外に直接出られるのか、この部屋が家の中の一室なのか。
それすらもわからない。
窓も電気も無いこの真暗な部屋は、果たして部屋と呼べるのだろうか。
暫時茫然としていたが、それを打ち破るかのように大きな物音がした。
何があったのかと確認しに行くが、音のあった方向へ行けども行けども、壁が無い。
私は余り超自然等の類は信じない質であるが、こればかりはそれを疑わ不るを得なかった。
随分と、この何も無い部屋を歩いた筈だ。
つい先程までは広さとしてはごくごく普通の割と狭い部屋で、そこらには小物すら落ちていた筈だ。それなのにも拘わらず今は壁すら見当たらない。
然し、疲れが一向に来ない。
寧ろ、歩きたいと思って歩いているようであった。
それは全てが自由であったが、全てへの制限であった。
かの男が年寄りに尋ねる。
「『死』とは何でしょうかね。」と。
年寄りは答える。
「一生のロマンだ。」と。
死とはロマン。
延々続く夢物語。
死とは帰結。
一生のドラマの走馬灯。
男がまた年寄りに尋ねる。
「では『生』とは何でしょうかね。」と。
年寄りはまた答える。
「変幻自在なロマンだ。」と。
物語は後からいくらでも変えられる。
後で手を加えてさえやれば、どんな完結だって望めるのである。
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恐らくは孤独死であろう、白骨化した遺体がとある団地の一室で発見された。
遺骨は供養程々に集団墓地に投げ捨てられた。