番外3 キムのある一日
「今日は、まだか・・・」
魔法騎士団、第3剣術隊。
最近、一人を除く全員の楽しみがある。
見目麗しい姫君の、訓練見学である。
おそらく、本人は気付かれていることに気付いていない。
要するに、こっそり見ているつもりなのだ。
敵ならば容赦などしないが、相手は自国の姫君。
しかもそれが可愛らしいとくれば、男ばかりのむさくるしいからすれば、目の保養、潤い、癒し。
気付かぬ振りをして、可愛らしい姫を眺めているのだ。阿呆ばっか。
しかしそれはそれ、第3剣術隊唯一の女性であるキムも、楽しみでないといったら嘘になる。
可愛いだけでなく、真剣な表情でこちらを窺う姿に、そそるものが・・・こう・・・いやいやいや私はノーマルだ。
だが姫様が一人で現れると言う事は即ち、ルイスも撒かれているということだ。
兄弟そろってというか姉弟そろってというか・・・。
結局姫様は訓練が終わっても現れなかった。
「姫様、どうしたのかな」
皆当然のように姫と呼んでいるが、ティーナ様は王子である。
分かっているが、可愛いものは可愛いんだ!と隊長がそもそも姫と呼ぶ。
こうして第3剣術隊はまるごと姫様のファンクラブのようになっているのだが、実兄であるリオン様だけ、その事実を知らない。
知っていたらこの現状は許されないだろう。
理由は確かではないが、姫様は剣術隊に入りたいのだろう。
春からは魔法学校へ入るという噂だ。
魔法騎士団用の宿舎は男女別に分かれている。
シャワーは宿舎に付属しているので、訓練が終われば各々宿舎でシャワーを浴びる。
その後、夕食を取り、自由時間、睡眠となる。
戦争中やモンスターの動きが活発な時期はハードにもなるが、リリスフィアはここ数百年平和な時代が続いている。
四カ国同盟がある以上、早々壊れるような平和ではない。
そもそも一番近い争いといえば王位継承を巡る内乱だったので、それこそ起きるはずのない今、平和そのものだ。
*
「キム様、お久しぶりです」
「シュカ様」
侍女服に身を包んだ美少女。
一年ほど前に街で会い、それから数度挨拶を交わした程度の方。
自分の主であるリオン様の婚約者候補だ。
「ご一緒してもよろしいかしら?」
「えぇ、もちろん」
爵位は同等。
相席してはならないほど、上の立場の方ではない。
「魔法騎士団って、大変そうですわよね」
「そうですね・・・シュカ様にはちょっと大変かもしれません」
騎士団よりも魔法騎士団の方が、比較的体力は使わない。
しかしそれでも軍人である。体力勝負には変わりない。
「ふふふ、私じゃなくて、ティーナ様が入りたいとおっしゃっているの」
「ああ、やはりそうでしたか」
それを聞いて、納得だ。
「知っていたのですか?」
「よく訓練を覗きに来られていますよ」
「・・・・・・・・そうですか。お休みってきちんと取れているの?」
シュカ様は姫様の侍女である。
魔法騎士団のことが聞きたくて、話しかけてきたのだろう。
やさしい方だ。
「えぇ、もちろん。今は平和ですからね。そんなに出動要請もありませんし」
「そう・・・男性とお会いする時間も取れるのかしら?」
「そうですね・・・魔法隊の子達は仲良くやっているようですよ」
「キム様は?」
「私は、そういうのは・・・」
苦笑いで返す。
姫様もお相手がいらっしゃるんだろうか。
浮いた話は聞いた覚えがなかったが。
「イイ人はいらっしゃらないの?」
「ええ、残念ながら」
「忘れられない人でも?」
女性はやはりこういう話が好きだな。
魔法隊には比較的女性が多く、合同訓練やシャワー室で一緒になると、そういう話になる確率が高い。
「いいえ、全然。興味がないだけです」
「そうなの?どんな方がお好きなのかしら?」
「そうですね・・・誠実な方、でしょうか」
「誠実・・・」
思案顔で黙り込むシュカ様。
「家の利益になる相手と結婚、ということにはなると思いますがね。私に選ぶ権利はありません」
それが貴族の家に生まれた者の宿命。
結婚相手を精一杯好きになるしかないのだ。
「そうですわよねぇ。私もそうですもの」
「リオン様ですか?」
「好きか嫌いかで問われれば好きです。だけどそれとこれは別っていうか・・・キム様は王族の誰かに求婚されたらどうなさいますか?」
「お受けするしか、ありません」
「そうですわよねぇ・・・王族の方の中で、誰が一番好みかしら?」
「は?・・・そんな、無礼なことは・・・」
「良いじゃありませんか、私とキム様の二人だけの秘密、ですわ」
妖艶に微笑まれ、自分が男だったら、と思う。
シュカ様は相変わらずお美しい。
ただ言動がそう思わせないというか・・・親しみやすいというか・・・。
「そうですねぇ・・・」
正直、好みな王族の方はいないのだ。
完全文官な王族だと、なんというか、ぽっちゃりというかぼっちゃりというか。
武官を兼ねていると、筋肉隆々。
私はスレンダーな人が好きだ。
文官でも脂肪のついていない人というか。
「思いつきません。とりあえず、筋肉隆々な方はあまり好きではないので・・・」
「スレンダーな方がお好き?」
「そうですね」
肯定すると、にっこりと笑った。
「年上と年下、どちらがお好き?」
「特に、気にしたことは・・・」
シュカ様がうんうん、と頷く。
何か会話が変な方向に・・・?
「消去法でいくと・・・そうですわね、ウィル様、スー様、ティーナ様かしら?」
「まぁ体型だけで言うとそうですが」
スー様と姫様は幼すぎる。
というか姫様は性別自体がちょっと・・・。
「ティーナ様は魔法学校に入学することですし、ドレスはやめると思いますわ」
「あぁ・・・ドレス、似合っているのに残念ですが・・・しかし、王子のようにされても、似合いそうですね」
「そうでしょう?格好良く成長すると思いますわ」
「そうですね」
自信満々に嬉しそうに言うので、つい同意してしまう。
顔立ちが整っているので、確かに格好良くなりそうだ。
「ああ、そうだわ。今度リオン様と是非来てくださらない?ティーナ様に魔法学校のことをお話して欲しいの。リオン様のお話って偏っているんですもの」
「私でよければ、喜んで」
「お待ちしておりますわ」
シュカ様が一礼して、立ち去る。
男が挙って振り返る。
その気持ち、よくわかる。
明日もまた早朝から訓練だ。
しっかり睡眠を摂って体を休めよう。
自室へ戻り、ベッドに潜る。
瞼を閉じればいつも通り直ぐに眠りに落ちた。