9
あれからリオン様は、私がいる時にティーナ様を訪ねてくるようになった。
そして3人でお茶をする。
勿論、今日も。
「そういえばリオン様。リオン様の側近の、キム様って素敵ですね!」
「なっ!」
「キム様??」
「えぇ、赤い髪の、とても凛々しい、美しい方です」
リィリィシュカの美しさとはベクトルが違う。
だから良いのよ。被らないっていうか。
「どこで知り合ったんだ・・・」
「リオン様が私の部屋に来た日の午後です。偶然、町で」
「ぐ、・・・そう、か」
「リオン様は女性が苦手だというのに側近は女性なのですね」
「父王と母上が勝手に決めたんだ。女らしくない女から慣れろと言って・・・」
「なるほど・・・」
効果のほどは見ての通り。変化ナシといったところ。
「10歳になると王子には勝手に側近が付けられる。・・・ティーナは、わからぬが」
「へぇ、そうなんですね」
「俺は魔法騎士団に入団することが決まっていたから、魔法騎士団の者になったんだが・・・ティーナは、どうするんだ?」
「え・・・」
瞳が揺れる。
ティーナ様は現在9歳。来年には道をはっきりと決めなければならない年齢。
王子は魔法学校か騎士学校、または貴族学校に進むのが常。
その後の進路はまちまちだが、他に選択はないと思っていい。
姫は10歳を過ぎても学校へ行かないこともある。
「・・・まぁまだ1年ある。今から考えれば良い」
「・・・はい・・・」
「そうだ、キムの話だったか。そういえば町で侍女に会ったと言っていたな。良い香りの石鹸をもらったと言っていた」
「えぇ、バラの石鹸なんですよ。リオン様も使われますか?」
ティーナ様はすでにお使いになっている。
「えぇと・・・そういうのは、婦人の使うものでは・・・」
「そんなことありませんわ。汗臭い殿方など流行りません。差し上げます、これですれ違う人にあの人いい香り!って思われてください」
「・・・・・・・・・・・あぁ、有難う」
心の籠ってないありがとうを頂きました。
今思えば、これさえなければ、と思わずにいられない。
いや時間の問題だったかもしれないけど。
*
「シュカ、母上があのバラの石鹸が欲しいそうなのだが・・・持っておるか?」
「え?えぇ、ひとつでしたらございます。今お持ちしますか?」
「頼む」
いつも通りのお茶の席での遣り取り。
話はここで終わったと思っていた。
「シュカ、バラの石鹸はまだあるか?」
「実家にはまだたくさんあると思いますが・・・」
「母上がもっと欲しいとおっしゃるんだが・・・遣いを出してもらえないだろうか」
「良いですよ」
会う度に出てくる母上とバラの石鹸。
純粋に、自分の作ったものが気にいってもらえて嬉しい、そう思うだけだった。
実家から運ばれてきた石鹸をリオン様に渡した。
リオン様から王妃様に渡る。
「バラの石鹸は、子爵家で作っているのか?」
「はい、実家で使っているので使う分、実家でメイドたちが作ってくれてますよ」
「もっとたくさん作らないのか?」
「もっとたくさん・・・ですか?王妃様が気に行って下さったのでしたら、その分多くお作り致しますよ」
「そうか。伝えておく」
私は、王妃様1人が使う分増産するくらいまったく問題ないですよ、とそういう意味で言ったのだ。もちろん、リオン様も意味は分かっていたと思う。
あれだよね、こじ付けっていうか、ね。
「・・・母上が、子爵殿を城に呼んだらしい」
「・・・え?」
「バラの石鹸のことで話があるのだと・・・今日の午後」
「えええ!」
「まぁ・・・その・・・うん。子爵殿に損はない、と思う」
茫然としている私に、リオン様はにっこりと笑った。
「俺としても未来の義父上に挨拶出来る良い機会だしな」
「え、ちょ、ま!」
「ははは。5年程早いが問題ない」
「ある!問題ある!」
「聞こえぬなぁ」
え、なにこれ。
何がどうしてこうなった!?
**
仕事が終わり、リオン様に呼ばれお父様の元へ行ったとき。
もうすべてが、終わっていた。
そう、終わっていた・・・。
「かわいいリィリィ、新の月に帰って来たときは何も言ってなかったのに・・・。いつの間にリオン様と親しくなったんだ?伯爵さまには私からお話ししておくから、安心してリオン様と仲良くするんだよ。良いね?」
駄目だ、完全にその気だわ・・・。
口元がひくりと引き攣った。
「は、い・・・」
「そうそう。リィリィの考えたバラの石鹸を国の特産物として売り出すそうだよ。それで、試験的にルーフェンの領地で大量生産することになって」
「・・・・・そうですか」
もう何も驚かない、動じないわよ、私は!!
「それでリィリィの考えた色々なものを売り出そうってことに」
「はぁぁ!?」
私の考えた色々なものって何!?
どれのことを言っているの!!??
「コホン、失礼、取り乱しました」
「ふふ、驚くのは無理もない。これで国が発展すれば良いね」
お父様のお話してるとのほほんとするわ。
いつもはそれで良いんだけど、今はそれで良いのかしら・・・。
「オイルとかサシェとか化粧水とか、色々作ってただろう?それを全部持ってきたら、どれも気に行って下さったんだ」
何だかすごく嵌められた感があるのは気のせいではない、はず。
「リリスフィアに来てお土産を買おうってなって、それがリィリィの考えたものなんだ。すごいことだよね」
にっこりと笑うお父様をみてたら、毒気が抜かれるというかなんというか。
「・・・そうね、お父様」
私は諸々を諦めた。