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散々こき使われた挙句に「もうお前なんか要らない」と婚約者に追い出された私。でも大嫌いな酸っぱいリンゴを無理やり食べさせられて大復活しちゃいました!

作者: 明烏
掲載日:2026/08/19

 気分転換にいつもとは違う、軽いコメディタッチのザマァものを書いてみました。良かったら読んでみて下さい。

「もうこの店にお前は不要だ! 出て行け!」


 そう怒鳴るとイワンはミアを思いきり突き飛ばした。したたかにお尻を打ったミアは思わず悲鳴を上げる。


 ミアを突き飛ばしたイワンの腕には可愛らしい少女がしな垂れかかっていた。お尻を抱えて顔をうずくまるミアを見て意地悪そうに笑う。


「ちょっと出来の良いネジを作れるだけで親父にチヤホヤされやがって。しかもどうして俺がお前みたいなブスを嫁にしなけりゃならねえんだよ」


 イワンは忌々し気にミアを睨みつけるとニヤリと笑って言い放った。


「もうこの店はお前が親父に拾われた頃とは違って、王都にまで名を知られた大工房なんだ。お前の代わりになる優秀な職人だって大勢いる。もうお前のネジに頼らなくても俺は十分やっていけるんだよ! 浮浪児だったお前をこれまで面倒を見てやっただけでも、有難く思うんだな。ほら、さっさと出て行けよ!」


 イワンはこれだけ怒鳴りつけてもまだ立ち上がらずにお尻を抱えているミアを見てつくづく思った。こいつと無理やり結婚させられる前に親父が死んでくれて、本当に良かったと。


 ボサボサの髪、顔立ちすら分からない程伸びっぱなしの前髪。しかもどう見ても貧弱な胸。いつも作業服でしゃれっ気も無い。

 普段だってネジを拵えるのと父親が与える蜂蜜と甘いリンゴを貪り食う以外は、ただボーっとしているだけだ。


 何処をどう見ても女としての魅力が欠片も無い女だった。自分の横にいる愛らしいナナの方が、例えミアのような魔道具作成の才能が欠片も無くても余程妻に相応しい。


 確かにイワンの父親が道端で行き倒れていたというミアを拾ってきてから、この工房は繁盛するようになった。ミアが拵えるネジは工房が制作している魔道具の性能を、段違いに上げたのだ。

 おかげでこの工房はこの街でも一番の大工房となった。父親がミアをイワンの婚約者にしたのも、ミアの腕を見込んでのことだろう。


 しかし父親が馬車の転落事故で急死した今、イワンが父親の命令に従う理由は何も無かった。実際今の工房には優秀な職人が何人もいるのだ。ミアが拵えるネジが無くとも十分やっていけるはずだ。


 ようやく立ち上がったミアは、分かりましたと力なく言った。


「あなたと結婚しなくても構いません。だからどうか、甘いリンゴと蜂蜜だけは今まで通りに食べさせて下さい」

「は? 何で要らない奴にそんな贅沢品をやらなけりゃならないんだよ」


 イワンはミアの願いを鼻で笑うと、何かを思いついたようにニヤリと笑った。そして店の入り口に生えているリンゴの木からリンゴを一つもぎ取る。このリンゴは誰も口にしたがらない程酸っぱいのだ。なのにどういうわけか父はこの木を絶対に伐採しようとはしなかった。


「お前みたいな不用品にはこいつで十分だ。ほら、餞別にやるから食えよ」


 イワンがリンゴを投げるとミアは悲鳴を上げて飛び退った。その様を見てイワンとナナは嘲笑う。


「お前は酸っぱいリンゴが嫌いなんだよなあ。親父はお前には必ず甘いリンゴと蜂蜜を与えていたっけ」


 ナナも意地悪くほくそ笑むとイワンから離れ、ミアの足元に転がったリンゴを取り上げた。


「あんたもこれからは今までみたいな〝贅沢〟は出来ないのよ。こんな酸っぱいリンゴでも食べなけりゃ生きていけないわ。そうね、せっかくだからあたしがあんたに食べさせてあげる」


 そう言うとナナは真っ青になって首を振るミアの顎を掴むと無理やり口をこじ開けてリンゴを押し込んだ。ミアがくぐもったうめき声をあげる。

 それを見たイワンも面白がって背後からミアを押さえ付け、ミアがリンゴを吐き出せないようにした。ナナがミアの鼻ももう片方の手でつまむ。


 息が出来なくなったミアは苦しそうに呻きながら、遂にリンゴを齧った。そのまま嚥下したのを見届けたイワンとナナは満足してミアを解放する。ミアはその場に力なく崩れ落ちた。その様をイワンもナナも楽しんで眺めていたが、やがて飽きたのかイワンが言った。


「もう餞別もやったんだからさっさと出て行けよ。入口にいつまでもいられたら邪魔なんだよ!」


 イワンがまた怒鳴った時。

 不意にミアがさっと立ち上がった。今までの弱弱しさが嘘の様に、力強い動作だ。


「分かった、出て行こう。世話になったな」


 凛とした口調でそう言うと、ミアは無造作に伸ばしっぱなしにしていた前髪をバサリと払いのけた。露わになったミアの素顔にイワンもナナも言葉を失う。それ程美しかったのだ。

 切れ長の黒い目は意志の強さで輝いている。美しい鼻筋に真っ赤な花びらのような唇は凛と引き締まっていた。クシャクシャだった赤髪も、いつのまにか艶やかになっている。そして何よりも。


(おい、嘘だろう……)


 イワンはポカンと口を開けて、ミアの胸を見やった。ペシャンコだったはずのそれは、実に魅惑的な盛り上がりを見せていた。

 目の前にいるのはイワンが今まで一度も見た事も無い絶世の美女だった。質素な作業服姿でもナナとは比べ物にならない程の美貌だ。


 ミアは齧られた跡のあるリンゴを取り上げるとナナに投げて寄越す。思わずナナが受け取ると、ミアはくるりと背を向けてさっさと歩いて行った。


「お、おい待ってくれミア! お前がそんな美女と知ってたら俺は――!」

「ちょっとイワン! それどういう事よ⁉」


 ミアの後ろで二人が何やら言い合いを始めたが、ミアは一度も振り返らなかった。




 ミアが街を出たところで、ミアの前方に青い旋風が巻き起こった。それを見たミアは舌打ちする。


(もう気づかれたか)


 旋風が消えるとそこには一人の青年が立っていた。銀縁眼鏡でいかにもエリート然とした、怜悧な美青年だ。

 しかし美青年はミアを見た途端、涙目になって叫んだ。


「ユーフェミア様あああああ! やっと見つけたあああああ!」


 叫びながら青年は両手を広げてミア、もといユーフェミアに向かって突っ込んできたが、ユーフェミアはさっと躱す。

 青年はそのまま突っ走って正面の木にぶつかって止まった。振り返った青年はぶつけた鼻を抑えながら、恨めしそうにユーフェミアを見る。


「……酷いじゃないですか。必死の思いで師匠を見つけた一番弟子を、ほんの少しでも労おうというお気持ちは無いんですか」


 弟子の抗議にバーモント王国最高位の大魔導士ユーフェミアはふん、と鼻を鳴らした。


「何が労いだ。()()はたった三年で終わるし、お前に見つかったせいで私にはこれから酸っぱいリンゴ三昧の日々が待っているんだ。感謝する理由はこれっぽっちも無いぞ」

「だって仕方ないじゃないですか。ユーフェミア様の魔力を復活させるには、ユーフェミア様が大嫌いな酸っぱいリンゴがどうしても必要なんですから」


 そう、この国で最強かつ最高位の大魔導士であるユーフェミアがどうしてイワンの亡き父親に拾われ、しかも彼の工房でネジ職人として使い潰されていたのかというと、全てはユーフェミアが自身の魔力を回復するには必要不可欠な酸っぱいリンゴが大嫌いで、しかも大好きな甘いリンゴと蜂蜜を与えられると、与えた奴に奴隷のごとく服従してしまう性なのが原因だった。


 ユーフェミアは王国最高位の魔導士として、国の一大事には必ず加勢を求められる。

 加勢した際には必ず華々しい戦果を挙げ騒乱を解決してのけるのだが、ただその度に自身の魔力を使い果たし、ほぼ燃えカスになってしまうのだ。


 燃えカスになった彼女の魔力を回復させる為には前述通り、酸っぱいリンゴを大量に食べるしかない。しかし彼女はそれが大嫌いなのだ。故に拒否する。


 そんな彼女に無理やりにでも酸っぱいリンゴを食べさせて魔力回復をさせるのが、宮廷お抱えの魔導士であり、かつユーフェミアの一番弟子であるこのカイルの役目だった。

 これは余人には真似出来ない大役だ。王国最高位の魔導士の意に反して嫌いなものを食べさせる能力と度胸のある者は、カイルしかいないのだから。


 しかしカイルにも限界があった。カイルはユーフェミアが逃げた場合、ユーフェミアの魔力を感知して彼女を見つける。しかし彼女が燃えカスになってしまったら、感知すべき魔力が無くて探しようが無いのだ。


 だからユーフェミアは魔力を使い果たす度に、酸っぱいリンゴを食べるのが嫌さに行方をくらます。そしてカイルが自分を探せないのを良い事に、普段はカイルが禁止する蜂蜜と甘いリンゴを求めて流離うのが恒例になっていた。


 しかし燃えカスとは言え、大魔導士の魔力は普通の者には多大な恩恵をもたらす。

 カイルにとっては厄介極まりないユーフェミアの習性は、この国の魔法業界に関わる者とっては知る人ぞ知る、最高の魔導士を思いのままにする手段だったのだ。そしてイワンの父親も、ユーフェミアの事情を知る数少ない魔道具職人だった。


 だからユーフェミアが国王に乞われて黒龍討伐に出向いて見事討伐したという知らせが街に届いた時、さびれた工房の主だったイワンの父親はこの街にユーフェミアが来ないか常に探し回った。そしてこれはと思う浮浪児に行き当たると、甘いリンゴと蜂蜜を与えて燃えカスの大魔導士でないか確かめたのだ。


 いわば宝くじに当たるような確率の幸運を求めてそうした行為を続けた結果、イワンの父親は見事ユーフェミアを引き当てたのである。

 そしてユーフェミアを甘いリンゴと蜂蜜で自分に服従させて、普通では考えられない程の効果を魔道具に発揮するネジを作らせたのだ。


 しかしユーフェミアとてそこまで馬鹿ではない。服従しても最低限の抵抗力は残す。更にリンゴと甘い蜂蜜を口にして奴隷になる前に、自分を拾った者にはいつも契約魔法を課すのだ。

 そうすることで自分の素性を誰にも話せないようにし、更にユーフェミアの手の届くところに必ず彼女を回復させ、奴隷状態も解除する酸っぱいリンゴを置くようにさせるのである。


 拾った奴に服従するのもせいぜい十年程度だ。

 十年好物を堪能したところで自主的に酸っぱいリンゴを食べ、カイルの元へ戻ってくるのがユーフェミアの慣わしだった。


「……何とか三年で見つかって良かった。契約者と結婚でもなさっていたらもう、どうなることかと」

「婚約なら契約者のバカ息子としたぞ。破棄されたが」

「したんですか⁉ 何てことを‼ 魔導士にとって結婚は神聖なものじゃないですか‼」


 血相変えて詰め寄る弟子にユーフェミアは涼しい顔で、当然じゃないかと返した。


「だって契約者は瓶一杯のオレンジの蜂蜜を結納金として差し出したんだぞ! バカ息子と結婚するぐらい安いものじゃないか。あの麗しい香りと風味…… ああ、追い出される前に全部食べたかった」


 貰ったオレンジ蜂蜜を食べ損ねた事だけを嘆く師匠に、カイルは深い深い、海よりも深いため息をついた。

 魔導士にとって神聖な結婚を経た伴侶は、何としても献身的に尽くすべき存在だ。結婚相手が営む事業に己が力になれるのなら、それこそ伴侶が死ぬまで事業に協力するものなのだ。ユーフェミアは契約者であるイワンの父が死ななければ、それこそ何十年も奴隷状態が続いただろう。


「別に五、六十年バカ息子に尽くすぐらい、いいじゃないか。ちょっとした長期休暇だろうが。それに例えあのバカ息子と結婚したとしても、結婚生活はせいぜい五、六年で終わっただろうさ。あいつが五十年も私との生活を我慢出来るはずが無いからな。実際父親が死んだ途端、私を追い出したからな」


 混ぜっ返す師匠に一番弟子はジト目で抗議を伝える。


 しかしユーフェミアにとっては仮にイワンの父親の思惑通りにイワンと結婚したとしても、甘いリンゴと蜂蜜漬けの幸せな〝休暇〟が伸びることでしか無かった。

 不老不死に近い寿命を得て、すでに五百年王国の大魔導士の座にいる彼女にしてみれば、五十年くらい長期休暇でしかないのだ。


「五十年の休暇ぐらい貰っても良いと思うぞ。今回はバーモント王国最大の危機と言われた黒龍を討伐したんだからな。それで引退してもよいぐらいだ。それをたった三年で終わり。ああ、自分が哀れでならない」

「……どれだけ酷使されても甘いリンゴと蜂蜜さえあれば休暇だと言える師匠の神経の方が、哀れだと思いますがね」

「仕方ないだろう。お前は私の心を堕落させるからと蜂蜜も、甘いリンゴも禁止するじゃないか」


 ユーフェミアの文句に構わずカイルは指をパチンと鳴らした。するとユーフェミアの前に酸っぱいリンゴの山が出現する。

 ゲットなった師匠にニッコリ笑ってカイルはリンゴを差し出した。


「その立派なお胸が〝復活〟なさったのだから少しは戻ったようですが、完全に魔力を回復させるにはこれだけ摂取しないとなりません。今すぐ食べて頂きますよ」


 ユーフェミアはげんなりしたが、イワンの時とは違って素直にリンゴを受け取った。休暇は欲しいが、やはり帰る場所は三百年共に過ごして気心の知れた、この弟子の傍なのだから。




 さてその後のイワンだが、ユーフェミアが去ってすぐに工房の経営は傾いた。雇い入れた優秀な職人だけでは大魔導士であるユーフェミアが制作するネジに込められた魔力を補える者が当然おらず、制作する魔道具の質が格段に落ちたからだ。


 当然生活は厳しくなり、街一番の大工房のイワンをゲットして贅沢三昧が出来ると期待していたナナは真逆の貧困生活に地団駄を踏むことになった。

 夫婦仲も悪化、工房が潰れる頃にはナナは工房の職人の一人を引っかけて駆け落ちした。もっともすぐに身勝手な性格がばれて捨てられ、最終的には救貧院同然の修道院に送られた。


 そしてイワンは膨れ上がった借金を返す為に劣悪な炭鉱で働くことになった。骨がきしむほどの重労働に喘ぎながら、イワンはいつも後悔したという。あの時ミアに酸っぱいリンゴを食べさせなければよかったと。



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