言ってもわからないのでしょう? ならば物理ですわ
人気のない学園の裏庭で、微かに聞こえた声にマーガレットは足を止めた。
「お、お願いします……放してください……誰か……助けて……」
消え入りそうではあるが、確かに聞こえた助けを請う言葉。
マーガレットはすぐさま声のした方へ駆け出すと、繁みの影に隠れた物置小屋の壁の前で、不自然に前かがみになっている男子生徒の背へ声をかけた。
「そこで何をなさっていますの?」
声をかけられた相手はビクッと肩を揺らしたが、女性の声だったことに気が付いたのか、横柄に吐き捨てながら振り返る。
「チッ、驚かしやがって。おい、貴様、家を潰されたくなければこのことは忘れて、さっさと去ね!」
不機嫌も露わに振り返った男子生徒の後ろには、真っ青な顔で立ち尽くす女子生徒の姿があった。
その女子生徒の制服の襟元は乱れているが、彼女の両手はがっちりと、これ以上肌けさせないように掴まれている。
その様子を見たマーガレットは、笑っていない笑顔で男子生徒を見上げた。
「ごきげんよう、ブリック侯爵令息殿」
「ドワーズ辺境伯家のマーガレット! お前が何故こんなところに!?」
声を掛けてきた相手がマーガレットだと解ると、先程までとは打って変わって男子生徒――ブリック侯爵令息が狼狽える。
そんな令息にマーガレットは冷たい眼差しを向けた。
「貴方こそ、こんな裏庭で何をなさっていますの? 嫌がる女子生徒を壁際に押し付け無体をするなど、紳士のすることではありませんわ」
「ご、誤解するな! これは同意の上だ」
「そうは見えませんわ。現に怯えて震えているではありませんか」
マーガレットの言う通り、令息に壁ドンされていた女子生徒は体を固くして震えている。
大方、無理やり裏庭へ連れこまれたのだろう。縋るような眼差しでマーガレットを見る女子生徒の様子から、令息が主張する同意があったとは到底思えなかった。
しかしブリック侯爵令息は怯える女子生徒の肩を抱くと、下卑た笑みを浮かべた。
「これは私に触れられて歓喜に打ち震えているだけだ。なぁ、そうだよな?」
そう言いながら令息に頬を撫でられた女子生徒は、襟元を握る両手に更に力を込めながらも、完全に血の気を無くした顔色をしている。
肯定も否定もできずに絶望の表情を浮かべる彼女に、令息は本当に気づいていないのだろうか?
無理やり女性を手籠めにして一体何が嬉しいのだろう?
彼は加虐趣味なのか?
マーガレットは令息に本気で問いたかった。
だがそんな趣向を楽しんでいるカップルもいると聞くし、念のため女子生徒に目線で問うてみる。
マーガレットと視線が合った彼女の瞳は強く否定の光を宿しており、震えた体を一層固く縮こませるも拒否する言葉は紡げない。
それでも彼女の態度や瞳は、雄弁に拒絶と救難の色を語っていた。
令息が高位貴族のせいなのか、本人がよほど内気なのか、もしくは襲われてパニックになっているのか、たぶん一番目が主な理由であることは、令息の横柄な言動と怯える女子生徒の素振りから推察できる。
何より彼女の助けを呼ぶ声が聞こえたからこそ、マーガレットはここにいるのだ。
自分より立場が弱い者を脅して屈服させる人間がマーガレットは大嫌いであった。
学園の秩序を守るとかそんな大儀のためではなく、単純に権力を翳して弱いものを苛める輩が我慢できない性質なのである。
だからこそ、どうせ反論などできやしないと、高を括った顔をしている令息が我慢ならなかった。
「どこからその自信が来るのか不思議でなりませんけれど、お話にならないようですので、そのお花畑な頭を叩きなおして差し上げますわ。もちろん物理で」
淡々と宣告するなり、腰を落とし拳を握りしめたマーガレットに令息の顔が歪む。
「ま、待て! 学園で暴力を振るっていいと思っているのか!?」
「学園で女子生徒を襲うよりマシですわ」
「た、たかが辺境伯の令嬢風情が偉そうに……ひでぶっ!」
抗議の言葉が終わらないうちに、顔面に正拳突きを食らったブリック侯爵令息が、お決まりの科白を吐いて膝から崩れ落ちる。
一撃で意識を飛ばした令息が、スラックスを半ば脱ぎ掛けていたせいか、半ケツ状態でうつ伏せに倒れたのを、冷たい瞳で確認したマーガレットは独り言ちた。
「こんなのがいずれ侯爵になるとか、我が国ってば終わったのじゃないかしら?」
大きく溜息を吐いたマーガレットは、まだ震えて、けれど助かったことに安堵したのか座り込んでしまった女子生徒を優しく立たせると、後のことは自分に任せて令息が伸びている今の内に、早めにこの場を去るように告げる。
躊躇いつつも何度もお礼を言って頭を下げながら去ってゆく女子生徒に、安心させるようにヒラヒラと笑顔で手を振っていると、繁みの中から呆れたような声が響いた。
「お嬢、またやりましたね」
シュッと現れた影にマーガレットの顔が綻ぶ。
「あら、おかえりなさい。リヴァイ」
名前を呼ばれた執事服姿の黒髪の男はマーガレットに一礼してその身を屈めると、白目を剥いて気絶しているブリック侯爵令息を小脇に抱えた。
「ったく、私が所用で外している時に面倒を起こさないでくださいと、いつも申し上げていたはずですが?」
「だって一刻を争う時だったんだもの。仕方がないじゃない」
お小言に口を尖らせるマーガレットにリヴァイは溜息を吐いたが、次の瞬間抱えた令息を再び地面に叩き落すと、風よりも早く彼女の手を取った。
「お嬢、怪我してるじゃないですか!」
「え?」
リヴァイの言葉に、反撃を受けた覚えのないマーガレットはキョトンとなる。
しかし、持ち上げられたマーガレットの手の甲には白い何かが数本刺さっており、微かに血が滲んでいた。
「これは……奴の歯ですね。汚いので消毒しましょう」
そう言うなりリヴァイは歯を抜き忌々しそうに足元へ投げ捨てると、マーガレットへ治癒魔法をかける。
「あら、何か違和感があると思ったら歯が刺さっていたのね、全然気づかなかったわ」
この場に第三者がいれば、「いや、手の甲に歯が数本刺さってるんだよ? 絶対気づくし激痛だよね?」とツッコミを入れるはずだが、生憎とマーガレットはかすり傷という認識だ。
この経緯でお察しの通り、辺境伯令嬢マーガレットは大変に戦闘力の高い令嬢であった。
それ故(彼女にとっては)かすり傷程度で甲斐甲斐しく世話をやかれ、マーガレットは照れ笑いを浮かべる。
そんな彼女にリヴァイは盛大に溜息を吐きだすと、眉間に皺を寄せた。
「お嬢が正義感から後先考えずに突っ走ってしまうことはよぉく知っていますが、一人の時は自重してくださいよ。相手が弱かったから良かったものの強敵や複数だったら、こんな傷では済まないんですからね」
マーガレットの手の傷が綺麗になくなったことを何度も何度も確認して、リヴァイは治癒魔法を解除すると、足元に投げ捨ててあったブリック侯爵令息の歯を革靴の踵で踏みつぶした。
「粉々にしてしまったら治癒魔法を使用しても再生できないのではないの?」
「お嬢が鉄拳制裁した相手なんてろくなもんじゃないですから、治してやる義理はありません」
「それもそうね」
リヴァイはマーガレットの怪我ならば、どんなにかすり傷でも治癒魔法を使いまくり過保護っぷりを発揮する半面、彼女の敵認定した相手には冷徹無比になることはドワーズ辺境伯家の者ならば周知の事実である。
だから今も下に転がっているブリック侯爵令息を看護することなく平然と跨ぐと、マーガレットをエスコートしてスタスタと歩き出した。
「あら、珍しい。彼はいつものように自室へ運んであげないの?」
「最初はそうしようと思っていましたけど、やめました。お嬢に怪我させた奴を運ぶ義理はないので。もうすぐ夕立が来そうですから、自力で気が付くでしょう」
いつもはマーガレットが暴れた隠蔽もかねて自室へ放り込んでおくのだが、今回は放置ということは余程腹に据えかねたのだろう。
もし半ケツ状態のまま発見されれば令息は暫く醜聞に塗れることになる。
彼がマーガレットに怪我をさせたわけではなく、不可抗力以外のなにものでもないのだが、リヴァイにとっては主が傷を負ったことがどうしても許せないらしい。本当にぶれない。
二年前、父である辺境伯当主の知己としてふらりと辺境伯家へやってきたリヴァイは、戦闘力の高さと癒しの魔法を所持していたこともあってか、すぐにマーガレットの専属執事としての地位を確立し、彼女の学園入学にも当然のように付き従ってきていた。
過去のことはあまり語らないが、令嬢らしくないマーガレットを侮蔑することなく付き従ってくれ、多少過保護な所があるが、どんな時でも味方でいてくれるリヴァイの存在は、今や彼女の中でとても大きなものとなっている。
とはいえ、身分差もあるのでマーガレットは叶わない片恋だと自重していた。
リヴァイもマーガレットを大切にしつつも気安く接してはくるが、常に従者としての距離間は保っているので、自分に主以上の感情はないのだろう。
そっと溜息を押し殺したマーガレットに、リヴァイが心配そうな顔を向けたので、慌てて表情を取り繕った。
「私、鉄血の魔導士様みたいになれたかしら?」
「またその話ですか?」
「だって憧れの方なんだもの。王弟という身分を捨てて、民のために魔物と戦う鉄仮面の魔導士様よ? 素敵じゃない」
「引退したって話ですけど」
「だってもう10年以上も魔物からこの国を守ってくれたのよ? きっと今頃はギルドマスターとかになって後進の指導に当たっていらっしゃるのよ。ああ、私もご教授されたい」
うっとりと憧れの人を語るマーガレットに、リヴァイがやれやれと言った顔になる。
鉄仮面で顔を隠し仲間と共に国内を渡り歩き、騎士団では適わない魔物や猛獣から民を守る鉄血の魔導士に、マーガレットは幼い頃助けられたことがあった。
王都郊外で同じ年ごろの貴族の子息たちを集めた交流会が開かれた時に魔物の襲撃があり、幼い頃から正義感が強かったマーガレットは、他の子供を逃がすため囮となって魔物に立ち向い、あわや食われそうになったのである。
可憐な少女が蹂躙されようという惨劇に大人も子供も悲鳴をあげるしかない中、間一髪で華麗な魔法で彼女を救った魔導士は、幼い少女の勇気を褒めてくれたが、同時に無謀を諫めもした。
「誰かを守りたいなら、正義を行使したいなら、まずは自分が強くならないとダメだ」
鉄仮面を被っていたので表情は見えなかったが、魔導士の言葉に強い感銘を受けたマーガレットは、その日から鍛錬を積んで今に至る。
残念ながら魔法の適正はなかったので物理に全振りするしかないと判明した時は、悲しくて少し泣いてしまったが、相変わらず憧れの人として、暇さえあれば誰彼構わず鉄血の魔導士の素晴らしさを語りだす癖がついていた。
一度しか会ってない魔導士のことを、いつものように嬉々として語りだしたマーガレットに苦笑しつつ、リヴァイは優しく彼女をエスコートする。
「ブリック侯爵令息か……たしか第二王子の取り巻きの一人だったな……」
ポツリと零したリヴァイの不穏な呟きは、魔導士の素晴らしさを夢中で語るマーガレットには聞こえなかったのだった。
◇◇◇
「マーガレット、昨日私の友人であるブリック侯爵令息が、君に謂れのない暴力を振るわれたそうだが心当たりは?」
リヴァイの嫌な予感は的中し、第二王子ペインは翌日、取り巻きと大勢の護衛騎士を引き連れマーガレットのクラスを訪れるなり、彼女の机をダンッと両手で叩きつけた。
その音と普段より多い護衛騎士の数に、クラスにいた女子生徒は怯えるように肩を震わせたが、マーガレットは平然とペイン王子を見返すと口を開く。
「確かに殴りましたが、謂れなく殴ったわけではありませんわ」
「理由があると?」
不機嫌さを隠す様子もないペイン王子に、マーガレットも淡々とした表情を崩さない。
「はい。ブリック侯爵令息が嫌がる女子生徒を無理やり襲おうとしていたので、止めただけですわ」
ペイン王子の取り巻きの一人として、顔に包帯を巻いたブリック侯爵令息が、抗議をしようとするのを手で制して、王子は冷ややかにマーガレットを見下ろす。
「証拠は?」
「証拠?」
「その襲われそうになった女子生徒は本当に実在しているのか? 瑕疵がない者を殴ったことを正当化する言い逃れではないのか?」
「違いますわ」
毅然と言い返すマーガレットに、ペイン王子の片眉が上がる。
「では女子生徒の名前を言え」
「存じ上げません」
「何だと?」
「ですからお名前をお聞きしておりませんでしたので、知らないと申しています」
マーガレットは事実を述べただけだったが、彼女の言い分に何故かペイン王子はバカにしたように鼻で笑った。
「ふっ! ククク! 聞いたか? みんな」
グルリとクラスを見回しながら、ペイン王子が大仰な素振りでマーガレットを問い詰める。
「こいつは見ず知らずの奴を助けるために侯爵令息を殴ったらしい。だがそんなこと有り得るか? 高位貴族に手を出すなど相応の理由があるはずだ。それなのに名前も知らない奴のために殴ったなど誰が信じられる?」
「私は私の正義のために行動しただけです。たとえ相手が王族でも私が悪と断じたならば殴りますわ」
暗に、お前のことも容赦なくぶっとばすからな、という意味を込めて放たれたマーガレットの言葉にペイン王子の顔が歪む。
ペイン王子の脳裏では、遠い昔に好きな子の気をひくために悪戯をして、全身黒ずくめの男に思い切り尻を叩かれた記憶が蘇っていた。
屈辱と羞恥で腸が煮えくり返る思い出だが、叩いた男はそれ以降王宮に出入りしなくなって久しい。
きっと王子を叩いたから罰が与えられたのだろう、いい気味だ。と思い返すも、叩かれた尻の痛みを思い出し、苦々しくマーガレットを睨んだ。
「では昨日マーガレットに助けられたという女子生徒は名乗り出てくれ!」
周囲を見渡しながら問いかけるペイン王子に、騒ぎを聞きつけクラスの外の廊下まで集まってきていた生徒達が顔を見合わせる中、マーガレットは昨日の女子生徒が咄嗟に俯くのを見つけた。
彼女に気づいたのはブリック侯爵令息も同じで、彼は包帯の隙間から歯の欠けた口を開けると、勝ち誇ったような顔をマーガレットに向ける。
そんな令息を、昨日の今日では差し歯が間に合わなかったのね、とマーガレットは冷静に眺めつつ、女子生徒が名乗りでないのは当然だと納得していた。
何故なら下級貴族の娘が高位貴族の令息を訴えるなど出来るわけがないからだ。
たとえ、それが王族からの問いかけだろうと、真実を告げたところで信じてもらえるかどうかわからないし、何より後の報復が怖ろしい。
ましてや未遂とはいえ襲われたなど外聞が悪く、他の家との婚約も難しくなり、社交界からも爪弾きになるだろう。
昨日、彼女が大きな声で助けを呼べなかったのも、それらを恐れてのことだ。
だからマーガレットは女子生徒が名乗り出ないことなど百も承知だった。
むしろ襲われたなどということは忘れて平穏に生きてほしいとさえ思っていたので、彼女が名乗り出ないことに安堵さえしていた。
しかし、ペイン王子は証人が出てこないことを確認すると口角を上げた。
「誰もいないな」
「ええ。ですが私は、嘘は申しておりません」
尚も毅然とした態度を崩さないマーガレットに、ペイン王子が呆れたように首を横に振る。
「だが証人がいないのであれば、マーガレットは暴行罪で牢獄行きだ。それにお前には余罪がある」
「余罪?」
何のことだがわからないといった怪訝な表情をするマーガレットの顎を、ペイン王子がクイッと持ち上げる。
「私が知らないとでも思っていたのか? 本人の名誉のために表立っては明らかにしていないが、私の側近である令息達や直属の騎士団員数名にも同様の暴力を振るっていただろう」
「殿下の側近の令息達は学園での傍若無人ぶりが目に余ったからですし、騎士団については城下で狼藉を働いていたからですわ。所謂鉄拳制裁というものです。こう申しては何ですが、問題を起こすのはペイン殿下の側近と直属の騎士団だけですのよ。あら? つまり彼らを監督する殿下に管理能力が無いと言っているようなものですわね」
王子を見据えながら翡翠の瞳を眇めて、はっきりと言い放ったマーガレットに、周囲にいた生徒達が息を呑む。
普段から悪いことは悪いと断じるマーガレットであるが、王子に対して流石に言いすぎだろうと、心配そうに彼女と怒りでワナワナ震える王子を見つめた。
「貴様、言わせておけば図に乗りやがって……衛兵! この女を拘束しろ!」
案の定、激高したペイン王子が叫ぶも、マーガレットが顎に添えられていた手を振り払って立ち上がる。
「こちらはセクハラを受けても大事にならないよう我慢していたというのに、裁判もせずにいきなり拘束ですか?」
「セクハラだと……お前に拒否権などない! 今度こそ我が離宮に押し込めて、泣いて謝罪するまで調教してやるからな!」
顎に触れたことがセクハラだと言われショックで喚き散らすペイン王子は、頭に血が昇っているのか、自分が思わず口走った本音に気づいていない。
殿下の離宮? マーガレット様は牢獄行きだったのでは? と周囲で見ていた生徒達は怪訝そうな表情で顔を見合わせるが、数名の高位貴族の子らは「殿下、まだ初恋を拗らせてるんだな。ほんと厄介だわ~」とスン顔になった。
実はこのペイン王子、幼い頃に一目ぼれしたマーガレットの気を引きたくて交流会で魔物寄せの香を使い、逆にピンチになって彼女に庇ってもらったという経緯がある。
たまたま居合わせた鉄血の魔導士によって魔物は鎮圧され誰もけが人がいなかったことと、ペイン王子がまだ子供ということもあって箝口令が敷かれ、王子も叱責という罰のみで終わったが、正妃の嫡男であるのに彼が王太子ではないのは、彼が第二王子だからというだけではない。
交流会にいた一部の高位貴族だけが知っている第二王子の失態を、今も彼が覆せずにいる無能者だからだ。
そんなペイン王子は、幼い頃の『華麗に魔物を倒して惚れさせる胸キュン作戦』に続き、『騎士団統率俺様スゲー作戦』、『他の女子生徒とイチャコラ嫉妬作戦』等々、あの手この手でマーガレットの気を引こうと画策していたが、作戦の方向性が悉く間違っていたため全く彼女に相手にされないどころか、好意がマイナスに振り切れていることに全然気付いていない。
しかも思うように進展しない関係に焦ったのか、今までは間接的にアピールしていた王子が、今日は直接マーガレットを糾弾し剰え拘束しようとしている。だが、そんなことをすれば……。
事情を知っている者達が戦々恐々とした視線を向ける中、ペイン王子は今度こそ愛しのマーガレットを手に入れるため、彼女に振り払われた手をもう一度伸ばした。
彼女を手に入れるための最終計画、名付けて『断罪監禁もう俺しか見えないヤンデレ作戦』である。
「いかにお前が強くても騎士団全員が相手では分が悪いだろう。潔く私に囚われるがいい」
ペイン王子配下の騎士団が、ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべながらマーガレットを取り囲む。
その時、固唾を呑んで見守る生徒の中から一人の女子生徒が振り絞るように声を挙げた。
「ま、待ってください!」
声の主に気づいたマーガレットは視線で彼女を制止する。
しかし女子生徒は泣きそうな顔で首を横に振ると、震える身体とは裏腹に強い眼差しを王子に向けた。
「わ、私……本当は……昨日、ブリック侯爵令息に襲われそうになっていた所を、マーガレット様に助けていただきました。マーガレット様のされたことは謂れなき暴力では……ありません!」
極度の緊張からか涙を零しながら告白した女子生徒に、周囲から騒めきが起こる。
慌てたブリック侯爵令息が睨んでやめさせようと圧をかけるが、女子生徒は真っ青になりながらも発言を撤回しようとはしなかった。
そのことに苛ついて、いつものように脅して無理にでも従わせようとしたのか、女子生徒の方へ向かおうとした令息の前に、一人の男子生徒が立ちはだかる。
「自分も高位貴族からリンチにあっていた時に、マーガレット様に助けていただきました」
「わ、私も裏庭に連れ込まれそうになった所をマーガレット様に救っていただきました」
「俺も騎士団に言いがかりをつけられたところを逃がしてもらいました」
私も、自分も、と次々に名乗り出てくる生徒達。
権力を笠にきて持ち物を脅し取られそうになった者、理不尽な暴力を振るわれそうになった者、付き纏われ襲われそうになった者、多くの生徒がペイン王子とその側近達を取り囲んだ。
「マーガレット様は私達を助けてくださいました! 真の犯罪者は……拘束されるべきは貴方達です!」
マーガレットを糾弾し囲い込むはずが逆に断罪される状況に、怒りも露わに王子が吐き捨てる。
「下位貴族の分際で不敬な!」
叫ぶなりペイン王子が最初に名乗り出た女子生徒を突き飛ばす。
倒れこむ女子生徒は痛みを堪えるためギュッと目を瞑ったが、想定していた痛みの代わりに訪れたのは、柔らかい感触と心地よい春風のような香りであった。
「大丈夫ですか?」
気遣う声に、恐るおそる目を開いた女子生徒はマーガレットに横抱きにされていることを認識すると、真っ赤になりつつコクコクと頷く。
無事を確認したマーガレットが生徒を降ろしながらふわりと微笑むと、周囲から羨望と憧れの溜息が漏れた。
それはペイン王子も同じで、呆けた顔でマーガレットを見つめていたら、先程の笑顔から一転、魔物でも見るような憎々し気な顔を向けられた。
「彼女たちの何が不敬ですの? 守るべき国民に手をあげるなど、殿下こそ恥を知りなさい!」
「お、お前はいつも手をだしているじゃないか!」
悔しさと羨ましさ、そして自分に笑顔を向けられない鬱憤を入り混ぜながら王子が反論すると、マーガレットは呆れたようにせせら笑う。
「バカは言っても治らないのですもの。仕方ありませんわ」
「な! お、王子に向かってバカだと?」
「私は殿下にも側近や騎士の方にも、脅して弱者を虐げてはなりません、地位と権力、そして武力を持つ者は相応の行いをしてくださいと、何度も申し上げました。ええ、何度も口頭で注意をいたしましたわ。それが聞き入れられないからこその鉄拳制裁ですのよ」
こてんっと首を傾げたマーガレットが、可愛い仕草に不似合いなボキバキという音を立てて拳を鳴らす。
未だ騎士団に囲まれているため形勢は不利だが、王子が衆人環視の前で、襲われた女子生徒に名乗りでるように言いだしたデリカシーのない発言のせいで、マーガレットの怒りのボルテージはかなり上がっていた。
その上での突き飛ばしだ。
もうマーガレットの中ではペイン王子は鉄拳制裁一択しかなかった。
一方、鋭い眼光を向けられたペイン王子は慄きながらも騎士の数を頼りに睨み返し、一触即発のジリジリとした空気が漂う。
そこへ一陣の風が巻き起こり、シュッという音と共に呆れたような声が響いた。
「これは何の騒ぎです? お嬢、あれだけ俺のいないところでケンカはしないでくださいと申し上げていましたのに、またですか」
風と共に現れた従者リヴァイのお小言に、マーガレットが不服そうに口を尖らせる。
「今回は私が吹っ掛けたんじゃないわよ」
どこか拗ねたようなマーガレットの少し乱れた髪を、胸ポケットからコームを取り出したリヴァイが優しい手つきで整える。
「はいはい。ですが、あまりよくない状況ですねぇ」
よくない状況だと言いながらもマーガレットの髪を直す手は止めないリヴァイに、ペイン王子が苛立たし気に吠えた。
「マーガレットの犬め! 怪我したくなければすっこんでろ!」
「いやいや、そういうわけにもいきませんので」
王子相手だと言うのに、一瞥することもなくマーガレットの髪を整えるリヴァイが飄々と言い返す。
マーガレットの髪に乱れがないことを全方向から確認してからコームを胸ポケットにしまうと、やはり王子の方を見ることなく主に向かってにこりと微笑んだ。
「で? こいつら全部懲らしめればいいんですか?」
「ダメよ、リヴァイ。下がってて。私が撒いた種だもの、自分でどうにかするわ。王子直属の騎士団へ手を出したら、どんなお咎めがあるかわからないもの」
だから下がって、というマーガレットにリヴァイが溜息を吐く。
「全く……だからいつも俺のいない所で鉄拳制裁していたんですね。俺にとばっちりが来ないように」
「だってリヴァイが捕まったら嫌だもの」
「俺はお嬢に何かあった方が嫌ですよ。お嬢は俺にとって特別なんですから」
「え? リヴァイ、それって……」
弾かれたように顔を上げたマーガレットが期待に胸を弾ませる。
マーガレットの視線を受けたリヴァイも見つめ返し、二人の甘い空気に触発された周囲の生徒達のドキドキメーターも上がる。
状況的にそんな場合ではないことは理解しているが、学生ということもあり、まだまだ恋に夢見たい年頃なのだ。
しかもそれが敬愛するマーガレットの恋であれば、邪魔せずそっと見守りたい。
そんな生徒達の願望を壊したのは、勿論ペイン王子であった。
「だーーーーーっ! 甘い雰囲気作ってんじゃねぇ! それにマーガレットは鉄血の魔導士に憧れてたんだろ? 何でそんな冴えない平民に乗り換えてんだよ!?」
指摘されたマーガレットがもごもごと口ごもる。
「の、乗り換えたわけでは……ただ憧れと好きは別ですし……」
「え? 好きって、もしかして……お嬢、もしや俺のことを……」
「あ……こ、こんな所で言うつもりじゃなかったのに……って違うの、リヴァイを困らせるつもりはなくて……」
顔を赤くし、あわあわと両手を振るマーガレットの様子は、告白してしまった動揺と好きな人を困らせまいとする必死な様子が、誰が見ても丸わかりで意地らしく可愛らしい。
その姿にペイン王子がまたも見惚れているが、生徒達も再度ドキドキメーターがカンストするほど悶えていた。
マーガレット様がいつも以上に可愛い。
普段は恰好いいのにギャップが尊い。
今度こそ邪魔すんな、バカ王子。
そんな心の声の中、狼狽えるマーガレットの両手をリヴァイが優しく包み込んだ。
「俺は困りません。むしろ大歓迎です。辺境伯から、お嬢からアプローチがあるまでは動くな、って条件でお嬢の執事をやらせてもらってたんで、これでもずっと我慢してたんですよ?」
「お父様が? え? でもそれって……」
「やっと言えます。お嬢、俺はずっとお嬢のことが……」
「だから二人で盛り上がってんじゃねぇ! くそっ! こうなったら力ずくだ! お前らマーガレットを捕えろ! 男は細切れにして構わん!」
リヴァイの告白に被せてきたペイン王子に「やっぱり邪魔してきやがった、クソ王子!」と舌打ちしそうになった生徒達の心の声は、突然空から降ってきた声によって日の目を見た。
「せっかくいいところだったのに邪魔すんじゃねーよ」
この場にいた生徒達の総意を不機嫌も露わに言い放った声の主が、天井に現れた転移魔方陣の光と共にドシンッと床に着地する。
巨大な戦斧を肩に担いだ精悍な赤髪の大男がギロリとペイン王子を睨みつけると同時に、今度は複数の転移魔方陣が天井に浮かび上がった。
魔方陣からは、己の背丈ほどもある長刀を手にした妖艶な美女、光り輝く弓を手にした金髪の青年、大きく禍々しい黒水晶を抱えたツインテールの小柄な少女が次々と現れ、唖然とする生徒達が見守る中、彼らを見たリヴァイの眉間が大きく皺を刻む。
「げっ、なんでお前らが……任務はどうした?」
「団長の一大事ですもの! そんなの後、後」
「映像監視魔道具で、ずっと見てた」
「団長が、スイートハートの監視用に作っ……ううん、なんでもない」
殺気を放ったリヴァイにツインテールの少女が口を噤み、明後日の方向を見ながら口笛を吹くふりをする。
音は鳴っていないので、できない口笛で誤魔化しているらしい。
可愛らしい見た目も相まって微笑ましいとマーガレットは思いつつも、彼らがリヴァイを『団長』と呼んだことが気になって問いかけようとすると、ペイン王子が彼らに指を突きつけた。
「何奴だ! 転移魔方陣など莫大な魔力を消費する魔法を、緊急時でもないのに使用しやがって不届き者め! マーガレットを捕らえる絶好の機会を邪魔するなら貴様らも不敬罪で切り捨ててやる!」
王子の言葉に赤髪の大男たちは顔を見合わせると、周囲を取り囲む騎士達にニヤリと笑った。
「鉄血の魔導士団は解散したが、漸く春が来そうな団長の邪魔をされちゃ黙っていられねーんだわ」
「王領に出現した魔物退治すっとばして来ちゃったけどね」
「いいんじゃないか? 俺らがいなくなった原因王子なんだし。スタンピードが発生してたから王領は壊滅するかもしれないけど」
「王領がどうなろうとうちは別に構わない。それよりも団長とスイートハートの未来の方が興味津々」
口々に言いたいことを放った彼らだったが、マーガレットは混乱の極みであった。
「鉄血の魔導士団? 団長? リヴァイが?」
茫然と呟くマーガレットの元へ、長刀を持った美女が進み出るとニコリと微笑む。
「漸くお目にかかれて嬉しいわ。団長のスイートハート」
「ス、スイートハート? そ、それよりも鉄血の魔導士団って、団長って? え? どういうこと?」
まだ事態を呑み込めず瞳を瞬かせるマーガレットに、リヴァイが呆れたような視線を向ける。
「俺が鉄血の魔導士だってこと、やっぱり気づいてなかったんですね。ま、お嬢の護衛になってからは、ずっと素顔晒してたんで仕方ありませんね」
ポケットから見覚えのある鉄仮面を取り出したリヴァイがニヤリと口角を上げる。
「で、でも年齢が合わないわ!」
混乱しつつも指摘したマーガレットにリヴァイは瞳を見開くと、笑ってない笑顔で首を傾げた。
「年齢? お嬢、確認のため聞きますけど俺の齢いくつだと思ってます?」
「え? 私と同年代でしょう」
疑いもなく答えたマーガレットに、赤髪の大男が堪らず吹き出す。
「ぶふっ! 団長、童顔だからなぁ」
「威厳を出すために団長だった時は鉄仮面被ってたのよね~。中二病みたいでいたかったわ~」
「それは言わないお約束だ。腹が捩れる」
「でも魔物の返り血ばっか浴びてたら「鉄血」なんて異名がついて、益々中二病みたいになってウケた」
美女に追随して金髪の青年とツインテールの少女にも揶揄われ、リヴァイは彼らを睨みつける。
「お前ら、煩ぇ。あと俺が童顔なら、お前なんて詐欺だろうが」
ピシッと人差し指を突きつけられた少女だったが、どこ吹く風で、また鳴らない口笛を吹いている。
きっと見た目通りの年齢ではないのだろうが、その様子はやはり可愛らしい。
けれどマーガレットは他の人に構う余裕は最早なかった。
リヴァイの前で、もう何度鉄血の魔導士について熱く語っただろう?
まさか本人の前で惚気ていたなんて、恥ずかしいなんて言葉では足りない位恥ずかしい。
今なら顔の熱でお湯が沸かせそうだし、間欠泉の如く吐血しそうである。
顔が真っ赤に茹で上がり今にも倒れそうなマーガレット。
しかし、そんな彼女を見たリヴァイは素早く横抱きにすると額に手を当てた。
「ちょっと微熱気味ですね。風邪かな? 治癒魔法は掛けますが、早く帰ってゆっくり休みましょう」
マーガレットの顔が赤いのは風邪のせいではない。
でも理由を言うのは只でさえ恥ずかしいのに、これ以上は無理だと涙目になってしまう。
それを見たリヴァイが治癒魔法をさらに強く掛け、この場を去ろうと踵を返す。
「部屋へ急ぎましょう。この赤さは普通じゃない」
王子も騎士団も、魔導士団でさえガン無視して、マーガレットへの過保護を優先するリヴァイに、団員は大ウケしているが、ペイン王子は怒り心頭で怒鳴りつけた。
「誰が帰っていいと言った! お前が鉄血の魔導士ならちょうどいい。ここでマーガレットの憧れなど粉微塵に粉砕してくれる! 魔導士団とは言ってもその人数で我が騎士団に勝てるわけがないからな!」
「急いでるって言ったよな? 子供だったから更生できるとか思ったけど、やっぱりあの時、魔物に食わせちまえばよかった」
不穏な言葉を発しながら、真っ黒な執事服を纏ったリヴァイがゆっくりと振り返る。
凍るような眼差しを向けられ、ペイン王子の脳裏に幼い頃、尻を叩かれた痛みが蘇る。
「このぉぉぉ! 絶対泣くまで後悔させてや……ひでぶっ!」
言おうと思った言葉が終わらないうちに、王子はマーガレットに殴られた時のブリック侯爵令息と同様のお決まりの科白と共に崩れ落ちた。
それと同時に、いつの間にか周囲の騎士達も蹲り、戦闘不能になっている。
あまりにも呆気ない幕切れに生徒達がポカンとする中、うっ血する額を押さえて悶絶する王子たちに一瞥もくれないまま、リヴァイはいそいそと家路を急いだ。
実はリヴァイはマーガレットへ治癒魔法を掛けながら、痛さ8割増しデコピンの魔法陣を王子と騎士団に展開させていたのである。
デコピンとはいえ8割増しなので、とてつもなく痛い。血は滲んでいるし、少し陥没さえしている。
だがマーガレットに治癒魔法を使ってなければ、デコピンどころでは済まなかったはずだ。
彼にとっては何よりもマーガレットが優先される。
それはどんな時でも、やはりぶれなかった。
出番がなくなった魔導士団は不服そうに文句を言いながらも、漸く初恋が実りそうな団長の背へ生温い眼差しを向けると、王領へ戻って魔物をせん滅させた。
とはいえ、学園へ転移していた間に結構な被害が出たらしい。
民だけは事前に安全な場所へ避難させ無事であったが、肥沃な耕作地を魔物に荒らされた国王の怒りは、戦闘を放棄した魔導士団ではなく原因となった第二王子ペインに向かった。
元々問題のあった王子と取り巻きは今までの悪事も明るみに出て素行不良として廃嫡、麾下の騎士団ともども辺境送りとなり、被害者には慰謝料を支払わせることが決定。
勿論その金は第二王子と取り巻きの個人資産から支払われ、不足分は借金として死ぬまで働かされる。
ちなみに元鉄血の魔導士団の監視の元なので、生かさず殺さず逃げられず、だ。
マーガレットは生徒達に崇められつつ学園を卒業すると辺境伯家の当主となり、魔物退治に勤しむ傍ら、権力の横暴な行使を抑制するよう国王へ奏上し続けた。
品位と秩序による勧善懲悪を正義とする彼女の意見は、辺境領にいながらちょくちょく転移魔法で王宮へ赴いては、兄である国王に圧をかけるリヴァイのお陰で大半が採用され、大層住みやすい国になったらしい。
何でも物理で解決するのはいただけないが、言ってもきかない輩への鉄拳制裁は当主になってからも変わらず貫かれ、彼女の凛とした美しさに好意を寄せる者もいたが、常に夫であり最強の中二病魔導士であるリヴァイが側に付き従っていたため、付け入る隙はまるでなかったと言われている。
久しぶりの投稿で緊張しました。
ギャグなんだかシリアスなんだか迷子になりながら書いたので、ん?と思う点もあったかと思いますが、最後までご高覧くださり、ありがとうございました。




