第9話:蹂躙完了、そして日常へ
特級魔導機が放っていた黄金の光が完全に消え失せ、基地の中庭に重苦しい静寂が落ちた。
敵のエースパイロットが乗る機体は、私の操る旧式アナログ機の巨大な鉄の足によって、無惨にも地面に踏みつけられている。
力の源である魔力結晶を粉砕され、もはや指一本動かすことすらできない鉄クズと化していた。
『あ、ああっ……嘘だろ……特級機が、あんな一瞬で……』
『防壁ごと関節を砕かれて、魔力まで……! た、ただの鉄の弾だぞ!?』
エースの敗北を目の当たりにした敵の量産機部隊が、恐怖に機体を震わせながらジリジリと後退していく。
彼らの常識では、強大な魔力を持つ者が絶対の勝者であるはずだった。だが、目の前にあるのは魔力ゼロのポンコツが乗る、魔法陣一つ描けない旧世代の亡霊だ。
「さあ、どうしましたか? まだ十機ほど残っているようですが」
私はスピーカー越しに、鈴を転がすような可憐な声で淡々と問いかけた。
その声には一切の感情がこもっておらず、それが逆に敵パイロットたちの恐怖を煽り立てる。
「防衛ラインを突破した勢いはどこへ行ったのですか? 魔法の詠唱なら、待ってあげますよ」
『ひ、ひぃぃッ! ふざけるな! 一斉射撃だ! 弾幕を張って、その隙に撤退しろぉぉッ!』
恐怖でパニックに陥った敵の副官が、裏返った声で絶叫する。残された十機の魔導機が、一斉に私へ向けて魔法陣を展開し始めた。
炎、氷、風。様々な属性のマナが収束し、中庭の空間が極彩色に歪んでいく。
(……やれやれ。逃げるなら魔法陣なんか展開せずに、スラスター全開で背中を向けて走ればいいものを)
心の中のおっさんは、呆れ果てて深く長いため息をついた。
魔法を撃ちながら下がるという器用な真似ができるほど、彼らの操縦技術は洗練されていない。
足を止めて、三秒もかかる悠長な詠唱を行っている時点で、彼らは自ら死の的になっていることに気づいていないのだ。
(ハッ。やっぱり、魔法より火薬の方がよっぽど手っ取り早いな)
私は操縦桿を軽く手前に引き、両足のペダルを踏み換えた。
ズンッ! という重い駆動音とともに、アナログ機体が地を蹴って爆発的な加速を見せる。
敵の魔法が完成するコンマ数秒前、私はすでに彼らの懐へと飛び込んでいた。
『なっ!? は、速――』
敵が驚愕の声を上げる暇すら与えない。
私は右腕の多銃身機関砲を水平に構え、トリガーを一気に引き絞った。
ブォォォォォォォォォォッ!!!
秒間数十発という途方もないサイクルの徹甲弾が、至近距離から敵の横隊を薙ぎ払う。
展開しかけていた魔法陣が物理的な衝撃で次々と霧散し、流線型の美しい装甲が紙屑のように引き裂かれていく。
耳を劈くような発砲音と、空薬莢がアスファルトに降り注ぐ金属音が、魔法の詠唱を完全に掻き消した。
『ぎゃああぁぁッ!?』
『防壁が! 防壁が紙みたいに……ッ!』
一瞬の掃射で、五機の魔導機が火を噴いて崩れ落ちた。
私はさらに機体をスピンさせるように旋回させ、左腕の極太の鉄杭を、背後を見せて逃げようとしていた敵機の背中へと叩き込む。
ズゴォォォォォォンッ!!
火薬の爆発力で射出された鉄杭が、敵機の動力部を物理的に貫通し、完全に沈黙させる。
もはや戦闘ではなく、一方的な蹂躙作業だった。
魔法を撃つための「タメ」が必要な彼らに、コンマ一秒で物理的破壊をバラ撒く私の機体は、天敵以外の何物でもないのだ。
「詠唱に数秒もかける魔法より、トリガーを引くだけの火薬の方が、はるかに手っ取り早いですね」
私は無表情のまま、残りの機体の脚部を的確に撃ち抜き、すべての敵機を無力化した。
爆発炎上する機体はなく、パイロットは生かしたまま「機体だけ」を完全にスクラップにするという、老練な傭兵ならではの精密な射撃だ。
わずか数分。
基地の防衛ラインを突破し、絶望をもたらした隣国軍の先鋒部隊は、たった一機の旧式機体によって単機で殲滅された。
中庭には、黒煙を上げる無数の敵機の残骸と、私の機体から吐き出される荒々しい排気音だけが響いている。
『…………』
『お、終わった……? あの絶望的な数が、たった数分で……』
基地の防衛隊員たちや、魔力切れでへたり込んでいたエリート騎士たちは、声も出せずにその光景を呆然と見つめていた。
魔法が絶対の世界において、魔法を一切使わない純粋な物理の暴力が、最新鋭の魔導部隊を赤子のように捻り潰したのだ。
彼らの信じてきた常識が、音を立てて崩れ去った瞬間だった。
『信じられない……。あれが、本当にあの記録係の……魔力ゼロの少女なのか……?』
かつて私を「地下でホコリでも吸っていなさい」と嘲笑ったエリート騎士が、震える声で呟くのが通信機越しに聞こえた。
その声には、もはや私を侮蔑する響きは一欠片もない。
あるのはただ、底知れぬ実力者に対する圧倒的な畏怖と、自身の無知に対する激しい後悔だけだ。
(……やれやれ。これで少しは、自分の頭で考えるってことを覚えてくれりゃいいんだがな)
心の中のおっさんは、葉巻の煙を吐き出すような仕草で肩をすくめた。私は周囲に無傷の敵機が残っていないことをレーダーで確認すると、メインスロットルをゆっくりと手前に戻す。
「残存する敵機ゼロ。防衛ラインの再構築は、そちらで勝手にやってください」
私は味方に向けてそれだけ冷たく言い放つと、機体を翻した。そして、私を神でも見るかのような目で見上げる騎士たちを一瞥もせず、真っ直ぐに地下へと続く巨大なスロープへと向かう。
英雄として歓声を浴びる気など、毛頭ない。
(こんな目立つ場所でチヤホヤされたら、あとで面倒な報告書を書かされるだけだからな。俺は後方支援の記録係だ、残業代も出ねえ戦闘行為はこれでおしまいだぜ)
ズシンッ、ズシンッ、と重い足音を響かせながら、鋼鉄の巨神が地下の暗闇へと帰っていく。道を開けるようにして後ずさる基地の職員たちの間を抜け、機体は再び第零格納庫へと滑り込んだ。
分厚い防爆扉が、重々しい音を立てて閉ざされる。
私はコックピットの中で一息つき、機体のシャットダウン手順を流れるような手つきで実行した。次々とアナログ計器のオレンジ色の光が消え、最後にエンジンが低く唸って完全に停止する。
「お疲れ様でした、相棒。またホコリを被らせてしまいますが……悪く思わないでくださいね」
私は鉄の操縦桿を軽くポンと叩き、分厚い装甲のハッチを開けて外へと出た。
むせ返るような機械油と火薬の匂いが、地下格納庫に充満している。十三歳の華奢な体が、重力とG(加速度)の疲労で少しだけ軋んだ。
私は支給されたダボダボの軍服についた煤を軽く手で払い、何事もなかったかのようにアーカイブ室への石階段を上っていく。
上の階層では、いまだに信じられないものを見たという喧騒が続いているようだが、私には関係のないことだ。
静寂に包まれたアーカイブ室。
私はいつものパイプ椅子に腰を下ろし、カウンターの奥から読みかけの分厚い戦術書を取り出した。そして、すっかり冷めきって泥水のように不味くなったコーヒーを一口すする。
「……うん、最悪の味ですね。ですが、仕事の後のコーヒーとしては及第点です」
私は無表情のまま、可憐な少女の声でポツリと呟いた。
外で軍の歴史を変えるほどの圧倒的な蹂躙劇を行ってきたというのに、私の佇まいは先ほどまでと何一つ変わっていない。
ただの、魔力を持たない記録係のポンコツ美少女としての日常が、そこにはあった。
パタン、と本をめくる乾いた音が、静かな地下室に響く。
だが、その平穏な日常は、長くは続かなかった。
タッタッタッタッ!!
石階段を転がるようにして駆け下りてくる、複数の慌ただしい足音。
私が顔を上げるよりも早く、アーカイブ室の扉がバンッ! と勢いよく開け放たれた。
「レ、レイ管理官……!!」
そこに立っていたのは、泥と煤にまみれ、息を絶え絶えに切らしたあのエリート騎士だった。
彼の背後には、同じくボロボロになった部下の騎士たちが、まるで聖地を訪れた巡礼者のような顔つきで並んでいる。先ほどの傲慢な態度は見る影もなく、その瞳には純粋な尊敬と、すがるような光が宿っていた。
(……チッ。厄介な連中が来やがったな。どうせ『魔法の通じないあの機体をどうやって動かしたんだ!』とか、『俺たちに戦い方を教えてくれ!』とか、面倒くさいことを言い出すに決まってる)
心の中のおっさんが、心底面倒くさそうに舌打ちをする。
しかし現実の私は、透き通るような青い瞳で彼らを真っ直ぐに見つめ、表情筋を一切動かさずに淡々と言い放った。
「いらっしゃいませ。アーカイブ室へようこそ」
私は読みかけの本を閉じ、カウンターの上に両手を揃えて完璧な敬語で口を開く。
「本日はどのような記録をお探しでしょうか? それとも――」
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次回お楽しみに。




