第8話:詠唱の隙間を縫う、老練なる機動
基地の正門を吹き飛ばし、濛々たる土煙の中から姿を現したのは、先ほどの量産機とは次元の違うプレッシャーを放つ機体だった。
全身に金色の装飾が施され、背部には巨大な魔法陣を常時展開するための魔力結晶がいくつも浮遊している。隣国軍の誇る特級魔導機、いわゆるエースパイロット専用のワンオフ機体というやつだ。
『量産機を何機か鉄クズにした程度で、勝った気でいるのか! 魔力を持たぬ野蛮な猿め!』
通信回線に割り込んできたのは、ひどくプライドの高そうな若い男の声だった。
機体から溢れ出す圧倒的な魔力が、周囲の空気をビリビリと震わせ、重力すらも歪めているように錯覚させる。後方で見守るエリート騎士たちが、その絶望的な魔力量に短い悲鳴を上げた。
(……やれやれ。どいつもこいつも、ピカピカ光るデコレーショントラックみたいな機体に乗りたがる)
心の中のおっさんは、その無駄に豪華な特級魔導機を見て心底呆れ返ったように独りごちた。戦場じゃ目立ってしょうがないというのに、本当に魔法使いの連中は合理性というものを分かっていない。
私は分厚い防弾ガラスの向こうで、一切の表情を変えることなく油まみれの操縦桿を握り直す。
「野蛮な猿、ですか。ずいぶんと立派なご挨拶ですね」
私は可憐な少女の声を通信に乗せ、淡々とした敬語で応じる。
「ですが、その野蛮な猿に部隊を半壊させられた気分はいかがですか? 特級のエース様」
『減らず口をッ! 貴様のその薄汚い鉄の棺桶ごと、我が絶対追尾の雷霆で消し炭にしてくれるわ!』
男の怒号とともに、特級魔導機が両手を天へと高く掲げた。
機体の背後に浮かぶ魔力結晶が一斉に眩い光を放ち、基地の上空に暗雲と巨大な魔法陣が何重にも連なって展開され始める。
『見るがいい! 対象の魔力波長と生命反応を完全にロックオンし、どこまでも追いすがる必殺の雷だ!』
特級機が、膨大な魔力を上空の陣へと収束させていく。
後方の味方たちが「防衛障壁を張れ!」「もう駄目だ、基地ごと吹き飛ぶぞ!」と完全にパニックに陥って泣き叫んでいた。鈍重な装甲で防ぐことも、避けることも不可能な絶対の魔法なのだと、敵は勝ち誇っている。
(絶対追尾だぁ? 笑わせるな。自動照準なんてのは、所詮『システムが予測した未来位置』に攻撃を置いてるだけだ)
私は各種アナログ計器の針が振り切れるのを確認し、メインスロットルにそっと手を添える。
生命反応と魔力を追うということは、魔力ゼロの私や、ただの鉄の塊であるこの機体を直接はロックできていない証拠だ。
映像センサーと熱源探知による、穴だらけの予測軌道でしかない。
ズガガガガァァァンッ!!
という落雷の轟音とともに、上空の魔法陣から無数の巨大な雷の槍が放たれた。それは文字通り、私の機体を完全に包囲し、逃げ場を塞ぐようにして殺到してくる。
「……遅いですね。それでは、欠伸が出ますよ」
私は冷徹に呟き、両手両足のペダルと操縦桿を一気に『非常識な方向』へと叩き込んだ。
左のスラスターを最大出力で噴射しながら、右足のラダーで強引に機体の進行方向をねじ曲げる。さらに、機体を安定させるための姿勢制御ジャイロのスイッチを意図的に切って暴走させた。
ギガァァァァンッ!!
という関節部の凄まじい悲鳴とともに、重装甲の鉄塊があり得ない挙動を見せた。
突如として機体が真横にスライドしたかと思えば、コマのように不規則にスピンしながら地面を這うように沈み込んだのだ。
『なっ……なんだそのふざけた機動は!?』
敵のエースが、回線越しに驚愕の声を上げる。
彼が放った絶対追尾の雷は、私の機体が『いるはずだった場所』を次々と通過し、虚しく地面を抉っていった。
最新鋭の魔法アシストシステムが弾き出した合理的な回避予測を、泥臭く変態的なマニュアル機動が完全に逸脱したのだ。
(AIや魔法のアシストってのは、機体に負荷がかかりすぎる危険な動きには自動でリミッターを掛けやがる)
私は全身にかかる強烈なG(重力加速度)を歯を食いしばって耐えながら、操縦桿をさらに荒々しく操作する。
だから動きが綺麗で読みやすく、結果としてシステムの予測の枠内に収まってしまう。だが、この旧式のアナログ機体にはそんなお節介なリミッターなど存在しない。
(パイロットの腕と内臓が耐えられる限り、どんな無茶苦茶なステップでも踏めるんだよ!)
ズドドドドドドッ!
という轟音を立てて、私の機体は敵の魔法の死角へと泥臭く潜り込んでいく。
詠唱中に発生するわずかなセンサーの盲点、雷の槍と槍の隙間を縫うようにして、ただの一度も足を止めることなく特級機へと肉薄した。
『ば、馬鹿な! 我が雷霆が、ことごとく外れるだと!?』
敵のエースは完全にパニックに陥り、魔導機の腕を振り回してデタラメに魔法を乱れ撃ちし始めた。
あの巨体でなぜこれほど変則的な動きができるのか、彼の魔法至上主義の脳髄では理解できないのだろう。焦りに満ちた牽制の魔法が、歴戦の傭兵のステップを捉えられるはずもない。
「魔法の詠唱に頼りすぎた結果、近接戦闘のセオリーを完全に忘れているようですね」
私は可憐な声で淡々と指摘しながら、敵の魔導機の懐、完全なゼロ距離へと飛び込んだ。
大きな魔法を撃った直後の、コンマ数秒の硬直時間。
前世の実弾が飛び交う戦場なら、一万回は死んでいるほどの特大の隙だ。
『ひぃッ!? し、シールドを――』
敵が慌てて防御魔法を展開しようとするが、それより私の指がトリガーを引く方が圧倒的に早かった。私は機体の左腕を、敵の煌びやかな魔導機の『膝関節』へと容赦なく叩き込む。
ガキンッ!!
という甲高い金属音が響き、装甲の薄い関節部分が物理的な質量によって破壊された。
特級魔導機がバランスを崩し、巨体を揺らして無様な体勢でガクンと片膝をつく。
「魔法障壁は強固でも、関節の駆動系まで魔力で覆っているわけではないでしょう?」
『あ、ああぁぁッ!? 俺の、俺の特級機が……!』
男が情けない悲鳴を上げるが、私はさらに追撃の手を緩めない。右腕の多銃身機関砲の重い銃身を、膝をついた敵機の背部に浮遊する『魔力結晶』へと直接押し付けた。
「魔法の源を外付けにするなんて、弱点を晒して歩いているようなものです」
私は無表情のまま、撃発のトリガーを深く引き絞る。
ギュイィィィンッ……ブォォォォォォォォォッ!!!
ゼロ距離でバラ撒かれた徹甲弾の嵐が、敵の力の源である魔力結晶を次々と粉砕していく。
パリンッ、パリンッ!
という美しい宝石が砕けるような音とともに、特級機から溢れていた圧倒的な魔力が急速にしぼんでいく。
機体を覆っていた金色の光が完全に失われ、ただの重たい鉄の置物へと成り下がった。
『あ、ああっ……魔力が、俺の無敵の魔力が……!』
動かなくなったコックピットの中で、敵のエースが絶望の声を漏らす。
私はその無力化した機体を巨大な鉄の足で乱暴に踏みつけ、完全に動きを封じ込めた。
「詠唱の隙間を縫う、戦場のステップ。……少しは参考になりましたか?」
私はスピーカー越しに、冷酷な言葉を投げかける。
後方で見守っていた王国軍のエリート騎士たちは、もはや言葉を失い、顎を外したようにへたり込んでいた。
圧倒的な魔法の暴力が、ただの泥臭い物理の機動によって完全に蹂躙されたのだ。
(さて、残りの雑魚どもはどうする? まだやる気があるなら、徹甲弾の在庫はたっぷりあるぜ)
心の中のおっさんが、逃げ腰になっている敵の残党たちを睥睨してニヤリと笑う。
私は次なる標的へ向けて、油まみれの操縦桿をゆっくりと倒した。
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次回お楽しみに。




