第6話:起動、オールアナログの鉄塊
登場シーンはあとで手直しするかも
ズドォォォォォンッ!!
腹の底を直接殴りつけるような内燃機関の爆音が、地下の第零格納庫に響き渡った。
機体が目覚めた瞬間に放たれた黒い排気ガスが、数十年の長きにわたって積もった埃を豪快に吹き飛ばしていく。
十三歳の華奢な体が、コックピットに伝わる強烈な振動でシートに叩きつけられる。だが、私の透き通るような青い瞳には、恐怖ではなく恍惚とした光が宿っていた。
これだ。
この血湧き肉躍るような圧倒的な暴力の鼓動こそが、私の求める「戦場」だった。
(魔法陣の展開? 脳波によるリンク? そんなお上品なモンは、この鉄の塊には一欠片も積んじゃいねえ。こいつを動かすのは純粋な燃料と、そしてパイロットの泥臭い『腕』だけだ)
心の中のおっさんが、油まみれの顔でニヤリと笑う。
現代の最新鋭魔導機は、パイロットの魔力と機体を同調させることで、まるで自分の手足のように滑らかに動かすことができる。だが、この旧世代のアナログ機体にそんな甘ったれたアシスト機能は一切ない。
無数のアナログ計器が、オレンジ色の光を放ちながら狂ったように針を跳ねさせている。私は両手で硬い操縦桿を握り込み、足元のラダーペダルに力を込めた。
重い。信じられないほどに重く、そして反応が鈍い。
「……くッ、さすがにこの体格じゃ、少しばかりペダルが遠いですね」
私は可憐な声を漏らしながらも、軍靴のつま先でギリギリまでペダルを踏み込む。
現代の魔導騎士なら、この重すぎる操縦桿を引いただけで腕の筋を痛めて泣き言を言うだろう。
魔法による姿勢制御がないこの機体は、一歩歩かせるだけでも数十の物理スイッチとペダルを完璧なタイミングで操作しなければ、たちまちバランスを崩して転倒してしまうのだ。
(だからこそ、面白いんじゃねえか。機械の癖を読み取り、力でねじ伏せ、完全に支配下に置く。これぞ完全手動操作の醍醐味ってやつだ)
私は唇の端を吊り上げ、流れるような手捌きでコンソールパネルのトグルスイッチを次々と弾いていく。
前世で何万回と繰り返した、身体の細胞レベルにまで染み付いている起動プロセス。ガコンッ! という鈍い衝撃とともに、機体の各関節に強圧の油圧が送り込まれ、鋼鉄の巨人がゆっくりとその巨体を持ち上げた。
ギィィィィン……ッ!
分厚い複合装甲が擦れ合い、重たい関節が悲鳴のような駆動音を上げる。コックピットの正面にあるのは、魔法による全天周囲モニターなどではない。分厚い防弾ガラスに覆われた、ただの狭い覗き窓だ。
「視界は最悪、居住性も最悪。おまけに機内はエンジンの熱で蒸し風呂状態。……最高の相棒ですよ、あなたは」
私は額に滲んだ汗を手の甲で乱暴に拭い去り、メインスロットルを静かに押し込んだ。
ズシンッ! と、機体が一歩を踏み出した瞬間、地下格納庫の床のコンクリートが蜘蛛の巣状にひび割れる。
圧倒的な質量。魔法で軽量化されていない、純度百パーセントの鉄と火薬の塊が、完全に私の制御下に入ったのだ。
『な、なんだこの地響きは!? 敵の砲撃か!?』
『違います! 震源は地下の最下層……第零格納庫からです! あそこには、廃棄されたガラクタしか残っていないはずなのに!』
コックピットに備え付けられた旧式の傍受用通信機から、地上の司令室のパニック状態が聞こえてくる。
彼らは迫り来る隣国軍の本隊と、足元から響く正体不明の地響きに完全に冷静さを失っていた。私は通信に割り込むことはせず、機体を格納庫の出口へと歩かせる。
(さて、地上のお坊ちゃんたちはどうなってるか。まあ、魔力切れでヒィヒィ泣いてるのが関の山だろうがな)
私は傍受回線の周波数を切り替え、地上の防衛部隊の通信を拾い上げる。案の定、スピーカーからは絶望的な悲鳴と怒号が飛び交っていた。
『だ、駄目だ! 敵の先鋒部隊が基地の防衛ラインに到達したぞ!』
『障壁が破られます! 誰か、誰か魔法で迎撃を!』
『無理だ! 魔導ジェネレーターは完全に空っぽだ! エリート部隊の連中も、マナポーションを飲んでぶっ倒れてる!』
あのアホなエリート騎士たちは、谷底でのどんちゃん騒ぎで魔力を一滴残らず使い果たしていた。
現代の兵器は、魔力がなければただの重たい置物だ。
実弾兵器すら「野蛮で美しくない」と切り捨ててきた魔法至上主義の国が、防衛用の物理兵器を備え付けているはずもない。
『くそッ! 俺の、俺の華麗な炎さえあれば……こんな泥臭い連中など、一瞬で灰にしてやれるのに……!』
エリート騎士の、悔し涙に塗れた情けない声が聞こえてくる。
まだそんなことを言っているのか。魔法がなければ何もできない自分の無力さを、今まさに骨の髄まで味わっている最中だというのに。
『敵機、基地の正門を突破! 中庭に侵入してきます!』
『もう終わりだ……! 俺たちはみんな、ここで鉄クズどもに踏み潰されるんだ……ッ!』
通信回線が、兵士たちの絶望と恐怖の啜り泣きで満たされていく。
敵国が誇る無骨な量産型機体が、無防備な基地内に雪崩れ込んでくる光景が目に浮かぶようだ。容赦のない物理的な蹂躙が始まり、このままでは基地はあと五分で完全に制圧されるだろう。
「……全く。延滞料金の取り立てに来たってのに、貸出先がスクラップにされちゃ元も子もないですね」
私は無表情のままポツリと呟き、操縦桿をさらに強く握り込んだ。
地下から地上へと続く、資材搬入用の巨大なスロープ。
リフトはとうの昔に動かなくなっているが、この機体のパワーなら自力で登り切ることができる。
(さあ、行くぞ相棒。魔法使い(ひよっこ)どもに、本物の『戦争』の匂いを教えてやろうぜ)
私は足元のペダルを深く踏み込み、メインスロットルを一気に全開にした。
ガゴォォォォォォンッ!!
エンジンが限界まで回転数を上げ、耳を劈くような爆音と黒煙を吐き出す。機体は圧倒的なトルクで、急勾配のスロープを強引に駆け上がり始めた。
一歩踏み出すごとにコンクリートが砕け散り、巨大なキャタピラの轍が地下通路に深く刻み込まれていく。
魔法の浮遊感など皆無。地面を直接削り取りながら進む、純粋な物理の力だ。
『ひぃぃッ! 地下からの地響きが大きくなってる! 何かが、何かが下から上がってくるぞ!』
『敵の地中潜行部隊か!? もう駄目だ、全滅だぁぁッ!』
地上の連中は、足元から迫る重低音に完全にパニックを起こしていた。
一方、基地の中庭に侵入した敵の先鋒部隊も、異常な事態に動きを止めているようだった。
『なんだこの振動は? 王国軍の隠し玉か? ええい、構わん! 基地の司令部ごと吹き飛ばせ!』
敵の指揮官が、無慈悲な砲撃の指示を出す通信が傍受回線に飛び込んでくる。彼らの機体が砲身を上げ、魔力を持たない無力な兵士たちに狙いを定めた、その瞬間だった。
ズドガァァァァァァンッ!!!
基地の中庭の中央、分厚いコンクリートの床が、内側からの凄まじい衝撃によって大爆発を起こした。
巻き上がる大量の土砂と瓦礫。
そして、その粉塵の奥から、大地を割って現れたのは――。
『な、なんだあれは……!?』
敵も味方も、その場にいた全員の思考が完全にフリーズした。
土煙を切り裂いて姿を現したのは、洗練された魔導機とは似ても似つかない、全身を分厚い複合装甲で覆われた鋼鉄の巨神。
機体の各所から黒い排気ガスを噴き出し、油圧シリンダーを不気味に唸らせる、暴力の化身だった。
『ま、魔導機……なのか? いや、違う! 魔力反応が完全にゼロだ!』
『あんな鈍重そうな鉄の塊が、どうやって動いているんだ!? 魔法陣のアシストもなしに!』
敵のパイロットたちが、信じられないものを見るように声を裏返らせる。
魔力がない世界から見れば、彼らの乗っている魔導機こそが物理法則を無視したオモチャだ。だが、今の彼らにとっては、この純粋な内燃機関で動くアナログ機体こそが、理解不能なバケモノに見えるのだろう。
「……ふぅ。なんとか間に合ったようですね」
私はコックピットの中で小さく息を吐き、狭い覗き窓から地上の様子を睥睨した。
周囲には、私を囲むように砲口を向ける敵の量産型機体が十数機。そして後方には、腰を抜かしてへたり込むエリート騎士たちと、基地の防衛隊員たちの姿があった。
『あ、あれは……アーカイブ室の奥に放置されていた、大昔のガラクタ……?』
『誰が乗っているんだ!? 魔力がないと機体は動かせないはずだぞ!』
味方の連中も、ポカンと口を開けて私の機体を見上げている。
私は冷たくサファイアの瞳を細め、傍受用通信機のマイクのスイッチを乱暴に弾き入れた。敵味方のすべての通信回線に、私の強力なアナログ電波が強制的に割り込んでいく。
「――お遊戯会はそこまでです。やかましい魔法のダンスは、見ていてあくびが出ますよ」
私の、鈴を転がすような高く可憐な、しかし絶対的な強者の余裕に満ちた声が、戦場全体に響き渡った。
『なっ……!? 女、子供の声だと!?』
『この声……まさか、レイ管理官!? アーカイブ室の記録係なのか!?』
エリート騎士が、信じられないというように絶叫する。
敵の部隊も、状況が飲み込めずに完全に混乱しているようだった。
私は機体の右腕に懸架された、無骨な多銃身機関砲の銃身をゆっくりと敵部隊へと向ける。
ガチャンッ、という重々しい装填音が、戦場の空気を一瞬で凍りつかせた。
(さあ、魔法使い(ひよっこ)ども。よく見ておけ。これが、魔力なんざ一滴も使わねえ、本物の『物理の暴力』だ)
私は心の中で獰猛な笑みを浮かべ、メインスロットルと射撃トリガーにそっと指をかけた。
「料金の取り立てに来ました。……命で支払ってもらいますよ?」
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次回お楽しみに。




