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第5話:迫り来る本隊と、放棄された格納庫

延滞料金、怖い


 私が通信を切った直後、王国軍の最前線基地はけたたましい警報音サイレンと不気味な赤色灯の光に包まれた。

 

 地下深くにあるこのアーカイブ室にまで、地上の人間たちが右往左往して逃げ惑う足音が響いてくる。無能なエリート部隊が谷底で派手な魔法を撃ちまくったせいで、完全に敵の本隊を呼び寄せてしまったのだ。


(やれやれ。自分のケツも拭けねえルーキーどもが、派手に花火を打ち上げやがって。おかげでこの基地は、絶好の標的になっちまったじゃねえか)


 心の中のおっさんは、忌々しそうに舌打ちをして頭を掻きむしった。

 手元の魔導モニターには、辛くも死地を脱して基地へと逃げ帰ってきたエリート部隊の機体データが表示されている。しかし、そのステータス画面はすべて「魔力残量ゼロ」を示す絶望的なグレーアウト状態だった。


「ひぃぃッ! 敵の本隊が来るぞ! 数が違いすぎる、もう終わりだぁッ!」


 上層階の通信回線から、基地の防衛隊員たちの悲鳴や怒号が筒抜けになって聞こえてくる。

 当然だろう。頼みの綱であるエリート部隊の最新鋭魔導機は、マナを完全に使い果たしてただの重たい鉄の置物と化しているのだ。

 

 魔法が使えなければただの案山子以下。これが、魔力に過剰依存した軍隊の脆さである。


「ええい、魔力回復薬ポーションはないのか!? 魔導ジェネレーターの再充填を急げ! 俺の魔法さえあれば、あんな泥臭い連中など一網打尽にできるのだぞ!」


 あの傲慢なエリート騎士が、整備兵の胸ぐらを掴んで喚き散らしている音声が聞こえてきた。

 死の淵から私が救い出してやったというのに、まだ自分の魔法が最強だと信じて疑っていないらしい。だが、枯渇した魔導機のコアを満たすには、最低でも半日の充填時間が必要だ。


「無茶を言わないでください隊長! 急速充填なんてしたら、コアが熱暴走して爆発しますよ!」

「敵の先鋒まで、あと三分で到達します! 基地の防衛結界も、長くは持ちません!!」


 整備兵とオペレーターの悲痛な叫びが交差する。

 

 モニターのレーダー画面では、無数の赤い光点がこの基地を取り囲むように急接近してきていた。

 隣国の軍隊は、魔法のみではなく実弾と物量で押し潰すドクトリン(基本戦術)を採用している。容赦のない物理的な蹂躙が始まるだろう。


(弾切れの銃を必死にガチャガチャやってるようなもんだ。馬鹿な奴らだぜ、本当に。魔法なんていう見えないエネルギーに頼るから、いざって時に足元をすくわれるんだよ)


 私はパイプ椅子から立ち上がり、制服のシワを軽く手で払った。

 透き通るような青い瞳には、一切の恐怖や焦りは浮かんでいない。むしろ、これから始まる「泥臭い仕事」に向けて、前世の血が微かに騒ぐのを感じていた。


「……さて。貸し出した資料の回収には、少しばかり荒っぽい手段が必要みたいですね」


 私は誰に言うでもなく淡々と呟き、カウンターの奥に掛けられていた古びた鍵の束を手に取った。それは、このアーカイブ室のさらに下、誰も足を踏み入れなくなった最下層エリアへの扉の鍵だ。

 

 基地の連中が地上階でパニックに陥っている隙に、私は薄暗い石階段をさらに深くへと下りていく。


(魔法陣の展開アシスト? 自動索敵? そんな甘ったれた機能がついてるから、機械の動きが『お上品』になっちまうんだ。戦場ってのはな、もっと理不尽で、汚くて、血と油の匂いがするものなんだよ)


 階段を下りるにつれて、カビと埃の匂いが、次第に強烈な「鉄と機械油」の匂いへと変わっていく。

 

 前世で毎日のように嗅いでいた、肺の奥底まで染み付いているあの匂いだ。可憐な少女の顔には似つかわしくない、獰猛でシニカルな笑みが自然と私の唇に浮かんでいた。


 やがて辿り着いたのは、厳重な封印指定の札が貼られた分厚い防爆扉の前だった。

 「第零格納庫」。かつて魔力兵器が実用化される前、この国が使っていた旧世代機が押し込められたスクラップ置き場だ。

 

 私は錆びついた鍵穴に鍵をねじ込み、強引に回してロックを解除する。


「ギィィィィィィッ……!」


 鼓膜を劈くような金属音を立てて、重い扉がゆっくりと開いた。暗闇の中に足を踏み入れると、ひんやりとした空気が私の銀髪を揺らす。

 私は壁際の大きなレバーを両手で掴み、体重をかけて一気に押し下げた。


 バチバチッ! と火花を散らしながら、天井の古い水銀灯が一つ、また一つと点灯していく。オレンジ色の薄暗い光に照らし出されたのは、無数の埃を被った鉄の残骸たち。

 だが、その奥の中央に、分厚い防水シートを被せられた一際巨大なシルエットが鎮座していた。


(……待たせたな、相棒。こんなホコリまみれの地下で、さぞ退屈してたろうぜ)


 心の中のおっさんが、まるで長年の戦友に再会したように親しげな声をかける。私はその巨大なシルエットの前に立ち、シートの端を力一杯引っ張った。

 バサァッ! という音とともに長年の埃が舞い上がり、ついにその全貌が姿を現す。


「ごきげんよう。鉄の塊」


 思わず、私の口から少女の可憐な声でそんな挨拶がこぼれ出た。

 そこに立っていたのは、魔法至上主義のこの世界ではあり得ない、無骨でえげつないほどに重装甲な「アナログ機体」だった。流線型の美しい魔導機とは対極にある、ただ敵を物理的に粉砕するためだけに造られた、暴力的なまでの四角いフォルム。


 優雅な魔法陣を展開するための魔力増幅器など一切ついていない。代わりに装備されているのは、泥臭い油圧シリンダーの剥き出しの関節と、どんな魔法攻撃も物理的に弾き返す分厚い複合装甲。

 そして両腕には、マナではなく「火薬」で弾丸を撃ち出す、無慈悲な大口径の多銃身機関砲ガトリングと徹甲弾のランチャーが懸架されていた。


(魔力ゼロでも動かせる機体。いや、魔力なんて不純物が一切混ざってねえ、純度百パーセントの『殺戮兵器』だ。これこそが、俺の性に合ってる)


 私は軍服の裾を翻し、機体の脚部に設置されたアナログなタラップを身軽に駆け上がる。胸部装甲のハッチのハンドルを両手で掴み、全体重をかけて強引に回した。

 プシュウゥゥッ! という圧縮空気の抜ける音とともに、重々しいコックピットが開く。


 中は当然、魔法による視界共有システムなどという便利なものはない。

 無数の物理スイッチ、トグル、アナログメーター、そして操縦桿とペダル。すべてをパイロットの手と足で完全に制御しなければならない、完全手動操作フルマニュアルの鉄の棺桶だ。


「少し、シートが大きすぎますね。……まあ、クッションでも挟めば問題ないでしょう」


 十三歳の華奢な少女の体では、大柄な軍人用に作られたシートはブカブカだった。だが、そんなことは些末な問題だ。私の前世の魂は、すでに操縦桿と完全にリンクしている。

 私はシートベルトをしっかりと締め、電源のメインスイッチをバチンッ! と弾き上げた。


 ジィィィィン……という低い唸り声とともに、アナログの計器類が一斉にオレンジ色の光を放つ。

 魔法の光とは違う、泥臭い電気と機械の光だ。

 私は流れるような手つきで、何十もある起動スイッチを順番に叩き込んでいく。


「メインジェネレーター、点火イグニッション


 私が最後に一番大きな赤いボタンを押し込んだ瞬間。

 ズドォォォォォンッ!! という、爆発のような凄まじい轟音が地下格納庫に響き渡った。それは魔導機の静かな駆動音とは全く違う、内燃機関が火薬と油を爆発させて生み出す、荒々しい「獣の咆哮」だった。


 ビリビリと基地の基礎そのものを揺るがす強烈な振動。

 黒い排気ガスが勢いよく吹き出し、機体の各部にある油圧シリンダーが生命を得たように脈動を始める。


『な、なんだ!? この地響きは!』

『地下からだ! 地下の最下層から、とんでもない質量の何かが起動したぞ!!』


 コックピットの傍受回線から、パニックに陥る上層部の連中の声が聞こえてきた。

 敵の砲撃が始まったと思ったのか、エリート騎士たちが半狂乱になっている。魔法しか知らない連中には、この純粋なエンジンの駆動音がどれほどの恐怖に聞こえることだろうか。


(さあ、お遊戯会はここでお開きだ。魔法陣なんざ描いてる暇を与えねえ、コンマ一秒の物理の暴力ってやつを教えてやるよ)


 心の中のおっさんが、ニヤリと好戦的な笑みを深める。

 

 私は両手で硬い操縦桿を力強く握り込み、青い瞳に冷酷な光を宿した。少女の可憐な唇が開き、誰にも聞こえない声で静かに宣戦布告をする。


「さあ、延滞料金の取り立てに行きましょうか。――高くつきますよ?」

 

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


本作を応援してくださる方は、ぜひブックマークや下の評価【☆☆☆☆☆】をいただけますと幸いです。


次回お楽しみに。

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