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第4話:泥臭いナビゲートと、生き残るためのロジック


「魔法を捨てろ。機体の動力をすべてスラスターと姿勢制御に回せ」

「私のナビゲート通りに動かなければ、あなたたちに明日という日は来ませんよ」


 薄暗い地下のアーカイブ室から、私は旧式通信機のマイクに向かって淡々と告げた。その声は鈴を転がすように可憐だが、一切の感情がこもっていない冷徹な響きを持っている。

 スピーカー越しに聞こえてくる激しい爆発音と、騎士たちのパニックに陥った悲鳴が、一瞬だけピタリと止まった。


『ま、魔法を捨てろだと!? ふざけるな! 俺たち魔導騎士から魔法を取ったら、ただのマトじゃないか!』

『そうだ! 魔力ゼロの記録係なんぞに、戦場の何が分かるってんだ!』


 エリート騎士とその部下たちが、ヒステリックな声で反発してくる。自分が死の淵に立たされているというのに、まだそんな下らないプライドにしがみついているのか。

 

 本当に、この世界の軍人は平和ボケが過ぎる。


(……やれやれ。頭に血が上ったルーキーを動かすのは、いつの時代も骨が折れるぜ。だが、死体になられちゃ寝覚めが悪いからな。少し荒療治で行かせてもらうか)


 心の中のおっさんが、存在しない葉巻を噛みちぎるように舌打ちをした。

 私は手元の端末に表示された敵の布陣データと、着弾のタイムラグから計算した次の攻撃予測を冷酷に読み上げる。


「文句を言っている暇があるなら、操縦桿を握りなさい。右舷に魔力反応、実弾なら三秒で着弾するぞ!」

『なっ……!?』

「右へ三歩スライド! 遅れた奴は装甲ごと吹き飛びますよ!」


 私の指示に対して、騎士たちは半信半疑のまま、あるいは生存本能に突き動かされるままに機体を動かした。

 その直後、彼らが先ほどまでいた空間を、凄まじい轟音とともに敵の徹甲弾が通り過ぎていく。岩壁に激突した砲弾が粉々に砕け散り、鋭い破片が雨のように降り注いだ。


『ひぃぃッ!! あ、危なかった……!』

『本当だ! 本当に右から弾が飛んできたぞ!?』


 間一髪で直撃を免れた騎士たちが、通信越しに裏返った声を上げる。

 彼らの声には、先ほどまでの傲慢さは微塵もなく、ただ圧倒的な恐怖と驚愕だけが入り混じっていた。


「驚いている暇はありませんよ。敵はリロード(次弾装填)に入っています。その隙に前方へ十メートル前進。シールドは展開せずに、物理的な岩陰に身を隠しなさい」

『ま、待ってくれ! 岩陰なんてどこにある!? 土煙で前が全く見えないんだ!』


 エリート騎士が、情けない声で泣きついてくる。

 自慢の魔法エフェクトと敵の砲撃が巻き起こした土煙で、彼らの最新鋭魔導機の視界は完全に塞がれているらしい。魔力センサーに頼りきっているから、視界を奪われただけでこうも無力になるのだ。


(最新のセンサーがどんだけ優秀だろうと、泥や煙で塞がれりゃただの鉄クズだ。戦場じゃ自分の目と耳、そして『地形の記憶』だけが頼りなんだよ)


 私はアーカイブ室のシステムに表示された、この地域の詳細な3Dマップを脳内に完全に叩き込んでいた。

 それに敵の射線データを重ね合わせれば、安全なルートなど手に取るように分かる。


「あなた方の十メートル先、やや左寄りに大きな岩のせり出しがあります。そこが唯一の死角です。這ってでも進みなさい」

『くそッ! 言われた通りにするしかないのか……!』


 エリート騎士が屈辱に歯噛みする音が聞こえたが、もはや彼に選択肢はなかった。

 私の指示通りに機体を這わせ、岩陰に滑り込んだ直後、彼らの頭上を無数の榴弾が通り過ぎていく。もし私の指示に逆らってその場に立ち止まっていれば、今頃は部隊ごと蜂の巣になっていたはずだ。


『す、すげえ……! 本当に弾が当たらないぞ!』

『なんだこの的確な指示は!? まるで、戦場のすべてを上から見下ろしているみたいじゃないか!』

『本当に、あの記録係の少女なのか!? 魔力ゼロのポンコツじゃなかったのかよ!』


 生き残ったモブ騎士たちが、次々と驚愕と称賛の声を上げる。

 彼らの声には、圧倒的な実力者に対する畏怖の念が確かに混じっていた。魔法という絶対的な価値観が、物理的な生存ロジックの前に音を立てて崩れ去っていく。


「私を褒めるのは生きて帰ってからにしてください。敵の砲撃パターンが変化しました。次は曲射(山なり)の榴弾が来ますよ」

『曲射だと!? 岩陰に隠れていても、上から降ってくるじゃないか!』


 パニックが再び伝染しようとするのを、私は冷酷な声で叩き潰す。

「ですから、魔法を捨てろと言っているんです。あなた方の機体の動力を、すべてスラスターに回しなさい。これから、敵の弾幕の『隙間』を縫って走ってもらいます」


『だ、弾幕の隙間だと!? そんな無茶な!』

「無茶ではありません。敵の砲座の位置と発射間隔から計算すれば、必ず安全な『道』ができます。私がタイミングを指示します。スラスター全開で、私の言う通りに機動しなさい」


 私は手元の端末を神速で叩き、敵の攻撃リズムを完全に解析していく。前世の泥臭い戦場では、これくらいの弾幕など日常茶飯事だった。

 弾道計算のシステムなどなくても、硝煙の匂いと着弾の音だけで敵の配置を割り出してきたのだ。


(それに比べりゃ、データが揃っている今の状況なんて、親切すぎるチュートリアルみたいなもんだぜ。さあ、老練な傭兵のステップを見せてやろうか)


「スラスター点火。前方へ三秒間フルブースト。その後、即座に右へ急制動!」

『う、おおおおぉぉぉッ!!』


 私の号令とともに、騎士たちの魔導機が一斉に谷底を駆け抜ける。その動きは、先ほどまでの優雅で無駄なダンスとは全く違う。泥臭く、不格好で、しかし確実に死地を避けるための、生存に特化したマニュアル機動だ。


 右へ、左へ、前へ、後ろへ。

 

 私のコンマ一秒の狂いもない指示に従い、機体は敵の砲弾を紙一重で躱していく。

 巨大な爆発が機体のすぐ横で起こるたびに、騎士たちの悲鳴が上がるが、致命傷を負う者は一人もいない。


『信じられん……! この俺が、こんな泥にまみれた機動で生き延びているだと……!?』

『隊長! 前方に敵の包囲網の切れ目が見えました! あそこなら突破できます!』


 部下の歓喜の声が響く。

 敵の弾幕を掻き潜りながら、彼らはついに谷の出口へと到達しようとしていた。だが、そこに立ち塞がったのは、敵の重装甲機体が横一列に並んだ分厚い壁だった。


『くそッ! 出口を塞がれている! やっぱり魔法で吹き飛ばすしか……!』

「待ちなさい、馬鹿者! そこで足を止めて詠唱など始めれば、後ろから撃たれるぞ!」


 エリート騎士が焦って魔法陣を展開しようとしたのを、私は怒声で制止した。ここで止まれば、これまでの泥臭い回避行動がすべて水の泡になる。


「魔法陣を展開しようとするな! 詠唱をキャンセルしろ! 被弾するぞ!」

『だ、だが、あの装甲の壁をどうやって突破しろと言うんだ!?』

「物理でこじ開けるんですよ。全機、機体のシールド発生器を前方に集中させなさい。そして、スラスターの出力を限界まで引き上げて、一番右端の機体に突撃するんです」


『と、突撃だと!? 体当たりしろって言うのか!?』

「ええ。装甲の薄い関節部分を狙えば、あなた方の機体質量とスピードの暴力で十分に弾き飛ばせます。魔法の炎より、徹甲弾より、今はあなた方の『機体そのもの』が最大の質量兵器です」


 私の狂気とも思える指示に、通信回線が一瞬だけ静まり返った。

 誇り高き魔導騎士に、敵機へ泥臭く体当たりをしろというのだ。だが、ここまで私の指示で生き延びてきた彼らには、もはや私を信じる以外の道は残されていなかった。


『……ええい、ままよ! 全機、記録係の指示に従え! シールドを前方に集中、スラスター限界突破! 突撃ぃぃぃッ!!』


 エリート騎士の絶叫とともに、王国軍の魔導機が弾丸のように敵の壁へと突っ込んでいく。

 

 ガキンッ!!


 鼓膜を破るような金属の激突音がスピーカーから鳴り響いた。悲鳴を上げる装甲と、火花を散らす機体同士の物理的な衝突。


『おおおおおぉぉぉッ!!』

『抜けた! 敵の壁を突破しました!!』


 凄まじい衝撃の果てに、彼らは見事に敵の包囲網をこじ開け、谷の外へと脱出することに成功したのだ。

 通信機からは、荒い息遣いと、生き延びたことへの安堵の入り混じった歓声が聞こえてくる。


『はぁ、はぁ……助かった……のか?』

『俺たち、あの絶望的な包囲から生き残ったんだ……!』

『記録係……いや、レイ管理官! あんた、本当に何者なんだ!?』


 モブ騎士たちが、もはや完全に私を神か何かのように崇める声を上げてくる。エリート騎士は屈辱と疲労で言葉も出ないようだが、そのプライドは完全に粉砕され、私の圧倒的な戦術眼の前にひれ伏しているのが手に取るように分かった。


(やれやれ。これで少しは、自分の頭で考えるってことを覚えてくれりゃいいんだがな。それにしても、随分と魔力を無駄遣いしやがって。どいつもこいつも、魔力切れ寸前じゃねえか)


 手元のシステムに表示された彼らの機体データを見て、私は内心で呆れ返る。スラスターの過剰な使用と、無理なシールド展開で、彼らの魔導機はエネルギーがスッカラカンだった。


「……とりあえず、全滅は免れたようですね。お疲れ様でした」

 私は無表情のまま、淡々とした声で彼らの歓喜に冷水を浴びせる。

「ですが、喜ぶのはまだ早いですよ。あなた方の仕事は、まだ終わっていませんから」


『な、なんだと? 包囲網は突破したはずだぞ!』

エリート騎士が、怯えたような声で聞き返してくる。


「ええ、伏兵の罠からは逃れました。ですが、あなた方が谷でドンパチ騒いでくれたおかげで、敵の『本隊』が完全にこちらを捕捉しましたよ」

『ほ、本隊だと……!?』


「レーダーに巨大な魔力反応。数は……あなた方の部隊の十倍以上。そして、その進行ルートは真っ直ぐに……この基地に向かっています」


 私の言葉に、通信回線が再び絶望的な沈黙に包まれた。

魔力が底を突き、満足に動くこともできないエリート部隊。

 そして、無防備な基地に迫り来る敵の大軍。


「……料金は、高くつきますよ。坊やたち」


 私は通信機を切り、薄暗いアーカイブ室の奥へと視線を向けた。

そこには、誰も扱えず放置されていた、廃棄寸前の『旧世代アナログ機体』が眠っている。

 

 魔法の力を借りない、純粋な物理と火薬だけで動く、鉄の塊が。

 

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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次回お楽しみに。

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