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第3話:予言された罠と、届かない警告

早い伏線回収ー



 カビと埃の匂いが充満する地下深くのアーカイブ室。私は部屋の奥に鎮座する、分厚い鉄の塊のような旧式通信機の前に立っていた。かつて魔力が通信の主流になる前に使われていた、完全アナログの軍用無線機である。


 (やれやれ。魔力通信なんてものは、敵にジャミング(妨害電波)を掛けられれば一発で使い物にならなくなる。いざって時に本当に頼りになるのは、こういう泥臭い電波と物理的な配線なんだよ)


 心の中のおっさんが、油に塗れた指で葉巻を弄るような手つきをしながら独りごちる。私は真空管がオレンジ色に発光する通信機のダイヤルを、細く白い指で慎重に回していった。


 現在、この王国軍の通信網はすべて「魔力波」によるものに置き換わっている。だが、アーカイブ室の地下配線を少しばかり物理的につなぎ変えるだけで、こうして前線部隊の暗号通信を簡単に傍受できるのだ。


「通信回線、接続完了。周波数は……先ほど出撃していった、あのエリート騎士様の部隊に合わせて、と」


 私は無表情のまま、マイクのスイッチを入れる手前で動きを止めた。スピーカーからは、ノイズ混じりの傲慢な声が地下室に響き渡ってくる。


『はっはっは! 皆の者、進軍速度を上げろ! 敵の敗残兵どもは、我が炎の恩寵に恐れをなして谷底へ逃げ込んだようだぞ!』


 先ほど、私に「次に死ぬ場所」を予言されて顔を真っ赤にして逃げ帰った男の声だ。彼は私の忠告を鼻で笑い飛ばし、血気盛んに追撃部隊を編成して出撃していったらしい。


『隊長、よろしいのですか? あの記録係の小娘は、この渓谷はキルゾーン(伏兵の罠)だと言っていたそうですが……』

『馬鹿め! あんな魔力ゼロのポンコツの戯言など信じるな! 俺の圧倒的な魔力があれば、罠ごと灰燼に帰してくれるわ!』


 部下の騎士が通信越しに不安げな声を漏らすが、隊長であるエリート騎士は自信満々に一蹴した。スピーカーから漏れ聞こえる彼らの機動音(スラスターの噴射音)を聞く限り、索敵用の魔法陣すら展開せずに、密集陣形のまま谷底を突き進んでいるようだ。


 (……馬鹿だ。あまりにも馬鹿すぎる。前衛の斥候も出さず、空中のドローンによる地形把握もなし。おまけに部隊を一箇所に固まらせて、自分から『まとめて蜂の巣にしてください』って言ってるようなもんじゃねえか)


 私は呆れ果てて、深く長いため息をついた。魔法至上主義の弊害がここにある。強大な魔力さえあればすべて解決できると思い上がり、軍隊としての基本的な戦術や、地形を利用した泥臭い立ち回りを完全に軽視しているのだ。


 前世の泥臭い戦場であれば、あんな無能な指揮官は真っ先に味方から背中を撃たれて処分されるレベルである。だが、ここは魔力が絶対の異世界。血統と魔力量だけで地位が決まる悲しい現実があった。


 (さて、敵さんが仕掛けた絶好のキルゾーンの中央。そろそろ時間だぜ、坊やたち。お前らが信じて疑わない『魔法』が、物理の暴力の前にどれだけ無力か、嫌ってほど味わうといい)


 私が心の中でカウントダウンを終えた、まさにその瞬間だった。スピーカーから、耳を劈くような激しい爆発音と、金属が拉げる凄惨な音が立て続けに響き渡った。


『なっ……!? なんだ!? 何が起きた!!』

『た、隊長! 崖の上からです! 両側の崖上から、無数の敵機が……ッ! うわああぁぁッ!!』


 通信回線が、一瞬にしてパニックに陥る怒号と悲鳴で埋め尽くされた。ホログラムの映像がなくとも、音だけで戦場の凄惨な状況が手に取るようにわかる。


 敵の伏兵は、谷底を進む王国軍の頭上(絶対的な死角)から、完全な包囲網を敷いて待ち構えていたのだ。そして、魔法による華麗な攻撃ではなく、実弾兵器と魔弾による「ハイブリッドな十字砲火」を容赦なく浴びせかけている。


『ええい、慌てるな! 魔法障壁シールドを展開しろ! 俺の魔法で崖上の敵を一掃してやる!!』

『だ、駄目です隊長! 敵の攻撃が激しすぎて、魔法陣を描く暇がありません! 詠唱の途中で弾幕に削られて……シールドが破られます!!』


 エリート騎士が焦燥に駆られた声を上げるが、部下たちの悲鳴は止まらない。当然だ。彼らが誇る強力な魔法は、発動までに「約三秒」のタイムラグがある。


 (言っただろうが。実弾の雨霰が降り注ぐ中で、優雅に魔法陣なんて描いてる余裕はねえんだよ。お前らがダンスを踊ってる間に、敵はトリガーを引くだけで徹甲弾を撃ち込んでくるんだからな)


 私は冷たいサファイアの瞳を細めながら、通信機のノイズに耳を傾けた。敵は魔法の弱点を完全に熟知している。発動の隙を与えないために、絶え間なく弾幕を張り続け、王国軍の魔導機を文字通り「削り殺し」にきているのだ。


『くそッ! なんで俺の魔法が撃てない! ええい、ならば機動で振り切る! 全機、スラスター全開で谷を抜けろ!』


 パニックに陥ったエリート騎士が、最悪の指示を出した。谷底の狭い地形で密集したまま、無理やりスピードを上げようというのだ。


 (馬鹿野郎、そこで動くな! 隊列が乱れて同士討ちになるぞ。それに、敵が退路を用意してないわけがないだろうが)


 私が心の中で舌打ちをした直後、再び絶望的な報告がスピーカーから飛び込んできた。


『た、隊長! 前方から敵の重装甲部隊が! 退路が完全に塞がれました! 後方からも増援が来ています! 我々、完全に包囲されました!!』

『そんな……馬鹿な……。俺の、俺の華麗な魔法が……こんな泥臭い鉄クズどもに……ッ!?』


 エリート騎士のプライドが、物理的な暴力の前にへし折られる音が聞こえたような気がした。自慢の魔法は封じられ、機動力は地形で殺され、完全に逃げ場を失った部隊。


 スピーカーからは、装甲が貫かれる生々しい音と、騎士たちが死の恐怖に直面して泣き叫ぶ声が絶え間なく響いている。このままいけば、五分も経たないうちに全滅は免れないだろう。


「……死体になる前のツラを拝ませてもらった手前、ここで見殺しにするのは寝覚めが悪いですからね」


 私は無表情のままポツリと呟くと、手元のマイクをしっかりと握り直した。そして、埃を被った旧式通信機のメインスイッチを最大出力へと切り替える。


 強力なアナログ電波が、魔力通信のノイズを強引に押しのけて、最前線の彼らの回線へと強制的に割り込んでいく。


「――聞こえますか、無能な指揮官殿。そして、運悪くそれに付き合わされている不憫な騎士の皆さん」


 私の、鈴を転がすような高く可憐な、しかし一切の感情がこもっていない冷徹な声が、パニックに陥る戦場の全機体に響き渡った。


『な、なんだ!? 誰だ! この回線は軍の暗号通信だぞ!?』

『この声……まさか、アーカイブ室の記録係!? な、なぜお前がこの通信に割り込めるんだ!!』


 砲弾の雨が降り注ぐ中、エリート騎士の裏返った驚愕の声が返ってくる。私はそのヒステリックな声を無視して、手元の戦術データと敵の攻撃パターンを頭の中で瞬時に計算し、最適解を導き出した。


「どうして通信できているのかなど、今はどうでもいいでしょう。死にたくなければ、これより私の指示にコンマ一秒の遅れもなく従いなさい」

『ふ、ふざけるな! 最前線の俺が、なぜ魔力ゼロの欠陥品の指示に……ッ!』

「右舷前方、仰角三十度。三秒後に榴弾が四発着弾します。部隊全体、左へ五メートル緊急回避。遅れた奴は肉片になりますよ」


 私が冷酷に言い放った直後。エリート騎士が反論の口を開くよりも早く、彼らの右側面に敵の砲弾が雨のように降り注ぎ、凄まじい爆発を引き起こした。


『う、うおおぉぉッ!?』

『隊長、指示通りに回避しろ! 死にたいのか!!』


 私の予言通りの着弾に、部下たちが悲鳴を上げながら機体を左へとスライドさせる。一瞬遅れたエリート騎士の機体も、爆風に煽られながら間一髪で直撃を免れたようだ。


『ば、馬鹿な……なぜ分かった!? 敵の姿など、煙で見えはしないのに!』

「魔法と違って、実弾には弾道という明確な『物理法則』があるんですよ。着弾音と砲撃の間隔、そして過去の彼らの戦闘記録のデータ。それらを照らし合わせれば、次弾の着弾地点など手に取るように分かります」


 私は淡々と、しかし圧倒的な事実をもって彼らの常識を粉砕していく。


「お遊戯会は終わりです。これより、泥臭い『生き残るためのロジック』を叩き込みます。魔法を捨てろ。機体の動力をすべてシラスターと姿勢制御に回せ。私のナビゲート通りに動かなければ、あなたたちに明日という日は来ませんよ」

 

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


本作を応援してくださる方は、ぜひブックマークや下の評価【☆☆☆☆☆】をいただけますと幸いです。


次回お楽しみに。

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