第2話:エリート騎士の自慢話と、0.2秒の矛盾
「――あなたが次に死ぬ予定の、その場所の記録とともに」
私のその言葉に、薄暗い地下室の空気が一瞬だけ凍りついたように感じた。目の前に立つ純白の軍服を着たエリート騎士は、ポカンと間抜けな口を開けている。
彼にとって、最下層の記録係である魔力ゼロの小娘から、そんな言葉を投げかけられるとは想像もしていなかったのだろう。
数秒の完全な思考停止の後、彼の整った顔がみるみるうちに屈辱と怒りで真っ赤に染まり上がった。ギリッと歯ぎしりをする音が、静かな空間にやけに響く。
「……貴様、今なんと言った? この俺に向かって、死ぬだと?」
鼓膜を劈くような怒声が反響し、棚に並んだ魔導水晶がビリビリと微かに震える。今にも腰に下げた装飾過多な剣を抜きそうな勢いだが、私は表情筋を一切動かさなかった。
(やれやれ、沸点が低すぎる。戦場でそんなに簡単に頭に血を上らせてたら、真っ先に狙撃兵の的になるだけだぜ、坊や)
心の中のおっさんは、肩をすくめて呆れ返っている。
前世の泥臭い戦場では、こういう自分の力を過信したルーキーから順番に肉塊に変わっていったものだ。しかし、現実の私はあくまで可憐な少女の姿のまま、淡々と事実のみを告げる。
「言葉通りの意味ですよ。この戦闘記録のまま次の作戦行動に移れば、あなた方の部隊は間違いなく全滅します」
「ふざけるな! 魔力も持たない欠陥品のゴミが、最前線で戦う俺の戦果にケチをつける気か!」
男はカウンターを力任せに殴りつけ、私を威圧しようと身を乗り出してきた。
「俺の華麗なる炎の恩寵で、敵機は跡形もなく消し飛んだ! この水晶に記録されているのが何よりの証拠だろうが!」
「ええ、確かに派手な花火でしたね。ですが、消し飛んだのは敵の『装甲だけ』です」
私は彼から視線を外さず、手元の魔導具を操作して再びホログラム映像を展開した。
空間に浮かび上がったのは、先ほどの戦闘の最終局面。
男の搭乗する最新鋭魔導機が、三秒もかけて無駄に派手な魔法陣を展開している場面だ。私はその映像を、敵に炎が着弾するコンマ二秒前で一時停止させた。
「ここをよく見てください。あなたの魔法が直撃する直前、敵機は胸部と肩部の外部装甲をパージ(切り離し)しています」
「なっ……なんだと?」
「そして、これがその直後のコマ送り映像です」
私は映像をコンマ一秒ずつ、ゆっくりと進めていく。
オレンジ色の爆発光が画面を覆い尽くす中、その煙の端に、後方へ飛び退く無骨な機体の影がはっきりと映り込んでいた。魔法のエフェクトに目が眩んでいなければ、誰にでも確認できる事実だ。
「爆発したのは、切り離された装甲の表面に残留していた魔力だけです」
「ば、馬鹿な! 俺の魔法は完璧にロックオンしていた! あんな重鈍な量産機が、俺の魔法を躱せるわけがない!」
男の顔からサッと血の気が引き、その瞳が信じられないものを見るように揺れ動く。
「回避したわけではありません。最初から『躱す準備』をしていたんです」
私は淡々とした敬語を崩さず、さらにシステムを操作して機体の座標データを表示させた。
「敵機の足跡の深度と、飛び退いた際のスラスターの出力波形をご覧ください」
空中に、複雑な数値とグラフが浮かび上がる。
魔力ゼロの私でも、このアーカイブ室のシステムを使えば物理的なデータは簡単に抽出できるのだ。
「機体の重心が、戦闘開始時から常に後方へ偏っています。これは咄嗟の回避行動ではなく、あらかじめ後ろへ下がることを前提とした機動です」
「それがどうしたというのだ! 俺の圧倒的な魔力に恐れをなして、逃げ腰になっていただけだろう!」
男は必死に反論しようとするが、その声には先ほどまでの自信が欠落していた。
私は冷たくサファイアの瞳を細め、致命的な事実を突きつける。
「恐れをなした? 逆ですよ。彼らはあなたたちを『誘導』しているんです」
「誘導……だと?」
「ええ。わざと派手な魔法を撃たせ、自分たちが劣勢であるように見せかけている」
(魔法ってのは強力だが、発動までの隙がデカすぎる。それに、エフェクトが派手すぎて周囲の状況確認(索敵)がおろそかになるんだよ)
心の中のおっさんが、前世の経験則から敵の戦術を読み解いていく。
「敵は後退しながら、あなた方の部隊を特定のルートへ誘い込んでいます。この座標データの延長線上にあるのは……」
私は手元の端末を叩き、この地域の立体地図(3Dマップ)をホログラムで重ね合わせた。
「ここですね。両側を切り立った崖に挟まれた、すり鉢状の渓谷地帯。見事なキルゾーン(伏兵の罠)です」
「なっ……!」
「次の出撃で、あなた方は確実にこのルートを追撃することになる。そして谷底に誘い込まれた瞬間、四方の崖上から一斉射撃を浴びる寸法です」
男はホログラムの地図と、自分が戦っていた敵の動きを見比べながら絶句した。彼の脳裏にも、谷底で身動きが取れなくなり、上からの集中砲火で部隊がスクラップにされる光景が浮かんだのだろう。
額から、ツツーッと嫌な汗が流れ落ちているのが見えた。
「上を取られた状態での十字砲火。しかも、あなた方は自慢の魔法を撃つための『三秒』すら与えられないでしょう」
「…………ッ!」
「実弾と榴弾の雨霰が降り注ぐ中、優雅に魔法陣を展開している余裕などありませんからね。文字通りの、一方的な虐殺です」
私は静かに魔導具の電源を切り、ホログラム映像を消去した。
薄暗い地下室に、再びカビと埃の匂いが立ち込める。私はカウンターの上の魔導水晶を指先で弾き、男の前に滑らせた。
「これが、あなたが次に死ぬ予定の場所の記録です。ご自身の『華麗な炎』とやらを、大広間で存分に見せびらかしてくるといいでしょう」
私は無表情のまま、トドメとばかりに冷酷な言葉を投げ放つ。
「ただし、それがあなたの『遺影』代わりにならないことを祈っていますよ」
男はワナワナと肩を震わせ、顔を真っ赤にしたり青くしたりと忙しい。プライドが高く魔法至上主義の彼にとって、魔力ゼロの欠陥品に論破されたことは、死ぬこと以上の屈辱だったはずだ。だが、突きつけられた物理的なデータと論理は、彼のちっぽけなプライドを粉々に粉砕していた。
「き、貴様ぁ……! ただの記録係の分際で、偉そうに口を叩くな!」
男はカウンターの上の水晶を引ったくるように掴み取ると、私を強く睨みつけた。
「魔力を持たない無能の戯言など、誰が信じるものか! 俺の魔法は無敵だ! 罠だろうが何だろうが、すべて灰にしてやる!」
負け犬の遠吠えのようなセリフを吐き捨て、男は踵を返した。来た時よりもずっと乱れた足取りで、地下へ続く石階段を逃げるように駆け上がっていく。
カツン、カツンという足音が遠ざかり、やがてアーカイブ室は元の静寂を取り戻した。
(……やれやれ。図星を突かれて顔を真っ赤にして逃げ出すとは、本当に青臭い坊やだぜ。少しは自分の頭で考えるってことをしねえのか)
心の中のおっさんは、呆れ果てて深くため息をついた。
魔法という絶対的な力に依存しすぎた結果、この世界の軍人は基礎的な戦術や物理法則を軽視しすぎている。あんな連中が最前線でふんぞり返っているのだから、この国の軍隊も先が思いやられるというものだ。
「さてと。忠告はしてやりましたし、あとは野となれ山となれですね」
私は再びパイプ椅子に腰を下ろし、冷めきった泥水のようなコーヒーをすする。
不味い。だが、戦場で飲む泥水に比べればマシな味だ。
(あいつらが罠にハマって全滅しようが、私には知ったこっちゃねえ。魔力ゼロの私には、前線に出る権限も機体もねえんだからな)
そう自分に言い聞かせながら、私は次の仕事に取り掛かろうとした。しかし、私の異常なまでの聴覚が、遥か上層部から微かに漏れ聞こえてくる「出撃のサイレン」を捉えていた。
どうやら、あの馬鹿なエリート騎士は、本当に私の忠告を無視して追撃部隊を出したらしい。
「……死に急ぐ奴は嫌いじゃないですが、無能な指揮官に巻き込まれる部下は不憫ですね」
私はポツリと呟き、アーカイブ室の奥、普段は誰も立ち入らない旧記録保管エリアへと視線を向けた。そこには、埃を被った古い通信機が、ひっそりと置かれている。
かつて、魔力が普及する前の時代に使われていた、完全アナログの旧式通信機。もちろん、今では誰も使い方を知らないし、軍の正規回線からは外されている。
だが、この地下の配線を少しばかり「いじって」おいたおかげで、前線の部隊の通信を傍受し、さらにこちらから割り込むことは可能だった。
(……チッ。老兵の悪い癖だ。若いのが犬死にするのを黙って見てるってのは、どうも寝覚めが悪くていけねえ)
心の中のおっさんが、面倒くさそうに頭を掻きむしる。
私は小さくため息をつくと、パイプ椅子から立ち上がり、埃を被った旧式通信機の前に立った。そして、迷うことなくメインスイッチを乱暴に叩き入れる。
真空管がオレンジ色に発光し、ジーッというアナログ特有のノイズ音が地下室に響き渡った。
私は通信機のダイヤルを回し、あのエリート騎士が率いる部隊の周波数へとチューニングを合わせる。
さて、少しばかり『泥臭いナビゲート』の授業をしてやるとしようか。
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次回お楽しみに。




