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第19話:消えた特級記録(ミッシング・リンク)

 


 王都と最前線を繋ぐ重要拠点である、この後方戦略基地。

 そのさらに最下層の奥深く、アーカイブ室の最奥に鎮座する分厚い鉄扉の前に、私たちは立っていた。

 幾重にも巻かれた物理的な鎖と、近づく者を拒む高度な封印魔法の術式が、物々しい雰囲気を放っている。


「……レイ管理官。君がこの基地に赴任して以来、一度も開けられたことのない『特級禁書エリア』だね」

 ルーク監査官が、白衣のポケットから鈍く光る銀色の鍵と、監査部の特権を示す魔導パスを取り出した。

「軍の上層部からは、この区画への立ち入りはいかなる理由があろうと固く禁じられている。……監査部の権限を使っても、後で面倒な始末書を書かされることになりそうだ」


「上層部が隠したがる記録ほど、真実に近いものです。始末書で済むなら安いものですよ」

 私は可憐な少女の顔に一切の感情を浮かべず、淡々と鉄扉を見つめて答える。

 背後に付き従っているエリート騎士たちは、監査部すら躊躇する最高機密の封印を前に、緊張で息を呑んでいた。


 ルークが重々しい手つきでパスをかざし、物理鍵を鍵穴にねじ込んで回す。

 ガコンッ、という重低音が地下室に響き、封印の魔法陣がガラスのように砕け散った。

 数十年ぶりに開かれた重い鉄扉の向こうからは、冷たく乾燥した、カビと古い紙の匂いが吐き出されてくる。


(……魔導水晶じゃねえ。ここは、魔法が発達する前の『紙とインク』の物理記録が眠る墓場だ)

(データ改ざんが容易な魔法の記録なんかより、よっぽど信用できる情報の宝庫ってわけだぜ)


 心の中のおっさんが、その埃くさい空気を深く吸い込んで獰猛な笑みを浮かべる。

 私は一切の躊躇なく、真っ暗な禁書エリアへと足を踏み入れた。

 ルークが慌てて魔法の明かりを灯そうとするのを手で制し、私は壁に備え付けられていた古びたオイルランタンに火を灯す。


「魔力反応に過敏なトラップが仕掛けられている可能性があります。アナログな明かりで十分です」

「な、なるほど……。君は本当に、隙というものがないな」

 オレンジ色の炎が、天井まで届く無数の古い書架を薄暗く照らし出した。


 私は迷うことなく、その迷路のような書架の奥へと進んでいく。

 記録係としてこのアーカイブ室の構造と分類規則インデックスを脳内に完全に叩き込んでいる私にとって、目当ての資料がどこに隠されているかなど、直感で探し当てることができた。


「……ありました。分類番号が存在しない、空白の棚。ここですね」

 私は一番奥の、ひときわ頑丈な鉄格子のついた棚の前で足を止めた。

 そこには、分厚い革張りのファイルが、これ見よがしにホコリを被って無造作に押し込まれている。


 私は細く白い指でそのファイルを引っ張り出し、ランタンの光の下でページを開いた。

 横からルーク監査官とエリート騎士たちが、身を乗り出すようにして覗き込んでくる。

 そこに綴られていたのは、十数年前の日付が記された、手書きの極秘報告書と『機体の設計図面』だった。


「こ、これは……!? 魔導機じゃない! なんだこの、不格好で無骨な鉄の塊は!」

 図面を見たエリート騎士が、信じられないというように声を上げる。

 だが、その『無骨な鉄の塊』の図面を見た瞬間、私の心臓は早鐘のように激しく打ち鳴らされた。


(……間違いない。俺が前世の死地に赴いた時に乗っていた、第四世代の強襲用重装甲機だ)


(関節の油圧シリンダーの配置、マニュアル用のコックピット構造……。あの時、戦場でバラバラに吹き飛んだはずの『俺の相棒』じゃねえか)


 心の中の老兵が、驚愕と、懐かしさと、そして激しい怒りをないまぜにして呻いた。

 報告書の記述によれば、十数年前、国境付近に突如として空間の歪みが発生し、この機体の残骸が『異界からの漂流物』として空から降ってきたのだという。


「……レイ管理官、見てくれ。この報告書の続きを」

 ルーク監査官が、震える指で次のページを指し示した。

 そこには、機体の残骸を回収した軍の上層部が、この未知の技術をどう評価したかが記されていた。


『魔力回路一切ナシ。魔法陣の展開機構ナシ。……本機体ハ、純粋ナ物理燃焼ノミデ稼働スル、極メテ野蛮カツ非効率ナ鉄屑デアルト結論ヅケル』

『我ガ王国ノ誇ル優雅ナ魔法兵器ノ前ニハ、全ク無価値ナ代物デアル』


「……馬鹿な連中だ。魔力がないというだけで、この内燃機関の圧倒的な出力と実弾兵器の恐ろしさを、ただのゴミだと切り捨てたというのか」

 ルークが、上層部のあまりの偏見と無能さに呆れ果てて吐き捨てる。

 魔法至上主義の国にとって、詠唱を必要としない物理兵器は「理解できない異端」であり、自分たちの特権を脅かす不気味な存在でしかなかったのだ。


「問題はそこではありません、監査官殿。……このページです」

 私は冷たい声で、さらに数ページ先を開いた。

 そこには、機体の胸部から『黒いブラックボックス』が回収されたという記述と、一枚の生々しい写真が添付されていた。


 血に染まったアナログな操縦席と、そこから引きずり出された、機体の記録媒体ハードディスク

 それを見た瞬間、私の中で、前世の傭兵としての『静かなる殺意』が限界点を超えて沸騰した。


(俺が死ぬ直前までの、何万時間という戦闘機動ログ。あの機体とともに駆け抜けた、俺の魂の記録)


(それを……こいつらは、中身も理解できねえくせに、俺の相棒の腹を割いて取り出しやがったのか)


「機体そのものは無価値とされたが、このブラックボックスに記録されていた『データ』の異常性には、一部の人間が気づいたようだ」

 ルークが報告書の末尾にある、黒塗りにされたサインの束を指差す。

「彼らはこの物理戦闘の極意を、自国で活かすのではなく……敵国に『超高額な軍事機密』として売り飛ばすことを選んだんだ」


「自国では使えないゴミでも、物量と物理を重んじる隣国軍になら、莫大な金と政治的取引の材料として売れると踏んだわけですね」

 私は可憐な顔に、絶対零度の冷笑を浮かべた。

「ゲイル中尉のコアパーツ横流しなんて可愛いものです。……上層部の黒幕は、十数年も前に、この国の防衛網を物理的に食い破る『悪魔の頭脳』を、自らの手で敵に引き渡していた」


 エリート騎士たちは恐怖と絶望に顔を青ざめさせ、ガクガクと膝を震わせている。

 自分たちが信じて命を懸けてきた軍のトップが、国を売る売国奴だったという事実。

 そして今、最前線で味方を惨殺している『亡霊ゴースト』の正体が、王国軍自身が敵に売り渡した技術の産物だという絶望的な皮肉。


「……許せない。俺たちの仲間は、上の連中の金儲けのために殺されているというのか……!」

 エリート騎士が、血が滲むほど拳を握りしめて涙を流した。


(泣いてる暇はねえぞ、坊やたち。売られたのは俺の魂だ。落とし前は、俺自身の手でキッチリとつけさせてもらう)

 心の中のおっさんは、静かに、だが確実に、反撃のための弾丸を装填し始めていた。


「ルーク監査官。この黒塗りのサイン、監査部の技術で復元デコードできますか?」

 私は報告書をバタンと閉じ、ルークを真っ直ぐに見据えた。

「黒幕の正体を炙り出さなければ、敵国との繋がりは絶てません。前線が『亡霊』にすり潰される前に、根源を叩く必要があります」


「ああ、もちろんだ。特殊な試薬を使えば、数日で元のサインを浮かび上がらせることができるはずだ」

 ルークは報告書を慎重に白衣のポケットにしまい込み、力強く頷いた。

「……だが、レイ管理官。黒幕が分かったところで、前線で暴れまわっているあの『亡霊』をどうやって止める気だ?」


 ルークの問いに、私はアーカイブ室のさらに奥、床下へと続く隠しハッチの方角へと視線を向けた。

 あの日、敵の先鋒部隊を物理で蹂躙し、再びホコリを被らせた『第零格納庫』の鉄の塊。


偽物コピーの暴走を止めるには、本物オリジナルが直接出向いて、物理的に分からせてやるしかありません」

 私は透き通るような青い瞳に、獰猛な歴戦の傭兵の光をギラリと輝かせた。


「監査官殿。……少しばかり、地下の『ガラクタ』のメンテナンスを手伝ってもらえませんか?」

 十三歳の銀髪の美少女が放ったその不敵な言葉に、ルークも、エリート騎士たちも、背筋にゾクッとするような頼もしさを感じて息を呑んだ。

 過去からの刺客を迎え撃つための、泥臭い反逆の準備が、今、静かに幕を開けた。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


本作を応援してくださる方は、ぜひブックマークや下の評価【★★★★★】をいただけますと幸いです。


次回お楽しみに。

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