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第18話:前世の幻影



「魔法世界のセオリーを無視した、実弾と装甲の悪魔。……これが、ただの亡霊ではなく、過去に存在した『本物』のコピーだとしたら?」


 ルーク監査官が白衣のポケットから取り出した古びた書類。

 そこに記されたタイトルと、彼が口にした「コピー」という言葉に、薄暗いアーカイブ室の空気が再び凍りついた。

 エリート騎士たちは意味が分からず顔を見合わせているが、私の心臓は嫌な汗とともに早鐘を打っていた。


「……監査官殿。コピーとは、どういう意味ですか?」

 私は可憐な少女の声を完璧にコントロールし、一切の動揺を悟らせないように問い返した。

「先ほどの映像の機動は、極めて人間に近い『泥臭い判断』に満ちていました。あれがただの機械的な模倣だと言うのですか?」


「ああ。私も最初は、敵国にとんでもない天才パイロットが現れたのだと絶望しかけたよ」

 ルークは神経質そうに眼鏡のブリッジを押し上げ、ホログラム映像の空中に浮かぶ『亡霊』の機体を指差した。

「だが、この映像の機体挙動を、一秒単位で物理演算にかけてみた結果……恐ろしい事実が判明した」


 彼は手元の端末を操作し、亡霊が極端なステップを踏んだ瞬間のG(重力加速度)の数値を空中に表示させた。

 そこには「瞬間最大15G」という、人間の肉体では到底耐えられない致死的な数値が赤々と点滅している。


「魔導機であれば、機体内部に魔法障壁バリアを展開してパイロットをGから保護できる。だが、この機体は魔法を一切使っていない」

 ルークの声が、地下室に重く響き渡る。

「魔法の保護なしでこのステップを踏めば、中のパイロットは内臓をミンチにされて即死する。つまり、この機体には人間が乗っていない。『無人機ドローン』なんだよ」


「む、無人機だと!? あの悪魔のような動きを、機械が勝手にやっていると言うのか!?」

 エリート騎士の一人が、信じられないとばかりに叫んだ。

 無理もない。魔法陣の自動展開システムならともかく、地形を利用した泥臭い回避や、相手の心理の隙を突くようなフェイントを、機械が自律的に行えるはずがないというのが彼らの常識だ。


「だが、ただの自律AIでは、あんな『人間臭い』動きは絶対にしない」

 ルークは私の顔を真っ直ぐに見つめ、さらに決定的な証拠を提示してきた。

「レイ管理官。君も先ほど、最後の回避機動の前に、あの機体が『左肩を極端に落とすフェイント』を入れたことに気づいていただろう?」


「……ええ。相手の意識を下段に誘導するための、見事な予備動作でした」

 私は表情を崩さずに答えるが、膝の上で握りしめた拳には爪が食い込むほど力が入っていた。


「そこなんだよ。機械の演算プログラムなら、最短距離で回避行動をとるはずだ。わざわざコンマ数秒のロスを生む『肩を落とす』などという、無駄なフェイントを入れる合理的理由がない」

 ルークは資料のページをめくり、一つの結論を叩きつけた。

「これは、機械が自ら考えた戦術じゃない。かつて実在した『とてつもなく物理戦闘に長けた人間』の戦闘ログ……それも、長年の戦いで染み付いた『癖』までを、AIに丸ごと学習トレースさせたものなんだ」


(…………ッ!)

 心の中の老兵が、頭をハンマーで殴られたような衝撃に息を呑んだ。

 ルークの推論は、物理とデータに基づいた完璧な正解だ。


(左肩を極端に落とすフェイント。……あれは、プログラムのバグなんかじゃない)

(前世の『俺』が、九八年の傭兵戦争で左肩の駆動系を破損したまま戦い抜いた時に、機体のバランスを取るために身体に染み付いちまった『俺だけの癖』だ)


 ただの偶然で似た戦術になることはあるかもしれない。

 だが、あんな泥臭い、特定の機体の不具合から生まれたマニュアル操作の癖までが、完全に一致するはずがないのだ。


(間違いない。あの亡霊ゴーストのAIの中身は……前世の俺の戦闘データそのものだ)

(だが、なぜだ? ここは魔法が支配する異世界だぞ。どうして俺の泥臭い戦闘記録が、敵国の無人機にインストールされているんだ!?)


 背筋を這い上がるような悪寒に、私は思わずサファイアの瞳を揺らしてしまった。

 もし、私の前世の『完全手動操作フルマニュアルの極意』を完全にコピーし、疲労も恐怖も知らない無人機が量産されたとしたら。

 それは、この魔法至上主義の軍隊を、文字通り根絶やしにする最悪の殺戮部隊となる。


「……監査官殿。AIに学習させるための『原本オリジナル』のデータが、どこかに存在していたということですか?」

 私は震えそうになる声を必死に抑え込み、ルークに問いかけた。


「ああ。敵国がゼロからその戦術を思いついたとは考えにくい。何らかの『手本』があったはずだ。……そこで、この資料だよ」

 ルークは先ほど取り出した、古びた極秘書類をカウンターの上に滑らせた。


 書類の表紙には『特級機密:異界漂流物回収報告書』という物々しいスタンプが押されている。


「これは今から十数年前、王国軍が国境付近の山岳地帯で極秘裏に回収した『所属不明の残骸』に関するレポートだ」

 ルークは声を潜め、周囲を警戒するようにして語り始めた。

「空が突然裂け、そこから巨大な鉄の塊が降ってきたらしい。それは魔法世界の金属では作られておらず、魔力回路も一切存在しない、完全に未知の物理兵器だった」


(……空が裂けて、降ってきた鉄の塊……)


(まさか。前世で俺が死んだあの戦場で、俺の乗っていた愛機ごと、この世界に転移してきていたというのか?)


 私の推測を裏付けるように、ルークはさらに言葉を続ける。

「軍の上層部は、その残骸から魔力とは違う未知のエネルギー機関……いわゆる『内燃機関』の構造と、機体の中心に搭載されていた『記憶媒体ブラックボックス』を回収したそうだ」


「その記憶媒体の中に、あの亡霊の動きの元となった『戦闘データ』が入っていたと?」

「おそらくね。だが、魔法至上主義の王国軍の上層部は、魔力を使わないその技術を『野蛮で価値のないゴミ』と見なし、長年地下深くに封印してしまった」

 ルークは悔しそうに眼鏡を押し上げ、ギリッと歯を食いしばった。


「ところが、敵国のスパイか、あるいはゲイル中尉のような裏切り者が、その封印された技術とデータを盗み出し……隣国で『亡霊』として完成させてしまったというわけだ」

「なんと……! では、我が軍は自分たちがゴミだと見捨てた技術によって、今まさに蹂躙されていると言うのですか!」

 エリート騎士が、絶望的な事実を前に顔を覆って崩れ落ちた。


 魔法を極めたはずの自分たちが、過去の遺物、それも魔力ゼロのただの物理データに惨殺されている。

 彼らのプライドは、これ以上ないほどの皮肉によって完全にへし折られてしまった。


(上層部の馬鹿どもめ。俺の愛機のブラックボックスを、よりにもよって敵に横流しさせちまったのか)


(あのデータには、俺が一生かけて培ってきた、魔法使いを殺すための泥臭いノウハウが文字通り『すべて』詰まっているんだぞ)


 心の中の老兵は、激しい怒りと同時に、深い責任感に苛まれていた。

 自分の残した『前世の幻影』が、この世界で殺戮兵器として悪用されている。

 誰のせいでもない、自分自身の過去が、今こうして牙を剥いて襲いかかってきているのだ。


「……ルーク監査官。その『異界漂流物』のオリジナルデータは、今どこにあるのですか?」

 私は静かに立ち上がり、一切の感情を排した冷たい声で問いかけた。


「それが、分からないんだ。この報告書も私が監査部の権限でギリギリ閲覧できたもので、肝心のデータの保管場所や、残骸の詳しい図面は『ミッシング・リンク(欠落)』として黒塗りになっている」

 ルークは首を横に振り、忌々しそうに書類を叩いた。

「軍の上層部に、この事実を意図的に隠蔽している黒幕がいる。おそらく、敵国と裏で通じている大物がな」


「なるほど。ゲイル中尉程度の中間管理職では、最高機密のブラックボックスにはアクセスできませんからね」

 私は可憐な少女の瞳に、敵を完全にロックオンした絶対零度の光を宿した。


(俺の偽物コピーが、俺の戦術でデカい顔をして戦場を荒らしまわっている)

(おまけに、俺の愛機のデータを敵に売り渡したクソ野郎が、安全な王都でのうのうとふんぞり返っているだと?)


 心の中のおっさんが、存在しない葉巻を力強く噛みちぎり、獰猛な笑みを浮かべる。

 傭兵の掟だ。自分の名前や戦術を騙る偽物は、本物の手で徹底的にスクラップにしてやらなければならない。


「ルーク監査官。……その隠蔽されたデータのありか、私に心当たりがあります」

 私が淡々と告げると、ルークとエリート騎士たちが弾かれたように顔を上げた。


「ほ、本当かレイ管理官!? どこだ、どこにそんな最高機密が隠されているというんだ!」

「軍のすべての記録が、最終的に流れ着く終着点。ホコリとカビにまみれた、この王都の最下層ですよ」


 私は薄暗いアーカイブ室の奥、さらにその奥にある、厳重な鎖で封鎖された『特級禁書エリア』の重い鉄扉へと視線を向けた。


「私が記録係として左遷されてから、一度も開けることを許されていない扉です。……あの中に、私の、いえ『亡霊』の過去がすべて眠っているはずです」

 私はルークに向き直り、小さく、しかし逆らうことのできない威圧感を込めて告げた。


「監査部の権限で、あの扉を開けなさい。……偽物の暴走を止めるための『対抗策』を、探し出さなければなりませんからね」


 安楽椅子探偵の時間は、ここで完全に終了だ。

 これより先は、前世の幻影ゴーストとの、泥にまみれた直接対決の準備に入る。

 十三歳の銀髪の美少女の皮を被った老練な傭兵は、静かに反撃の狼煙を上げた。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


本作を応援してくださる方は、ぜひブックマークや下の評価【★★★★★】をいただけますと幸いです。


次回お楽しみに。

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