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第17話:持ち込まれた「未確認機」の戦闘記録

 


 カチリ、と。

 冷たい地下室に、魔導具の起動音が無機質に響き渡った。

 ルーク監査官が持ち込んだ黒く濁った魔導水晶ドラレコから、空中に淡い光が投射される。


 展開されたホログラムの立体映像。そこに映し出されたのは、雪がうっすらと積もる北部戦線の殺風景な荒野だった。

 映像の視点(POV)は、この直後に全滅することになる王国軍の中隊、その最後尾を飛ぶ魔導機のカメラである。


「……映像、開始します。瞬きはしないように」

 私は可憐な少女の声を淡々と響かせ、再生スイッチを押し込んだ。

 カウンターの前に立つルーク監査官とエリート騎士たちが、息を呑んでホログラムを注視する。


 映像の中の王国軍中隊は、計十二機の最新鋭魔導機で構成されていた。

 彼らは空中に美しい陣形を組み、索敵の魔法陣をピカピカと輝かせながら優雅に進軍している。

 魔力至上主義の国が誇る、まさに絵に描いたような無敵のパトロール部隊だ。


『索敵範囲に異常なし。……ん? 待て、前方の岩陰に熱源反応!』

『魔力は……ゼロだ! 魔獣か何かか? いや、機体のシルエットが見える!』

 通信記録から、パイロットたちの戸惑う声が再生される。


 彼らの視線の先、切り立った岩壁の影から、ゆっくりと『それ』が姿を現した。

 魔法世界の常識から完全に外れた、一切の装飾を持たない無骨で角張った鉄の塊。

 魔力結晶マナ・クリスタルの輝きなどどこにもなく、ただ排気ガスと黒煙を吐き出している不気味な機体だった。


「あれが……前線の兵士たちが恐怖する『亡霊ゴースト』か……!」

 アーカイブ室で見守るエリート騎士の一人が、震える声で呟いた。

 一見すれば、私がこの地下で叩き起こしたあのアナログ機体と同じ、旧世代のガラクタにしか見えない。


『なんだあの鉄クズは? 魔力を持たない旧式機か?』

『どこの所属か知らんが、舐められたものだな。我が中隊の華麗な魔法で、一斉に灰にしてやれ!』

 映像の中の隊長機が、傲慢な声で攻撃の指示を出す。


 十二機の魔導機が一斉に右腕を掲げ、空中に巨大な炎や氷の魔法陣を展開し始めた。

 圧倒的な魔力が収束し、周囲の空間が極彩色に歪んでいく。

 だが、その『約三秒』という致命的な詠唱時間。魔法使いにとっては短いタメだが、物理の世界ではあまりにも長すぎる隙だ。


(……馬鹿どもが。相手が魔力を持たないと分かった瞬間に、油断して足を止めやがった)


(実弾の射程距離内で棒立ちになって魔法陣を描くなんて、的当てのターゲット以下だぜ)


 心の中の老兵が、呆れ果てて舌打ちをした。

 そして次の瞬間、映像の中の『亡霊』が、信じられないほどの爆発的な機動を見せた。


 ズガァァァァンッ!!

 亡霊の足元で、何かが爆発したような轟音が響く。

 魔法の滑らかな浮遊ではない。スラスターの推進剤と火薬を強引に爆発させ、その反動で一気に距離を詰める泥臭い『踏み込み』だ。


『なっ!? 消え――』

 隊長機が驚愕の声を上げた時には、亡霊はすでに彼らの懐、完全なゼロ距離へと潜り込んでいた。

 魔法陣が完成するコンマ二秒前。

 亡霊の右腕に装備された無骨なアサルトライフルが、無慈悲に火を噴いた。


 ダダダダダダダッ!!

『ぎゃああぁぁッ!?』

 至近距離から放たれた徹甲弾の雨が、隊長機の展開しかけていた魔法陣を物理的な衝撃で粉砕する。

 そのまま装甲の薄いコックピット部分に弾丸が吸い込まれ、隊長機は一瞬にしてハチの巣にされて墜落した。


「ば、馬鹿な! あんな重鈍そうな機体が、どうしてあんな速度で……!」

 ルーク監査官が、眼鏡の奥で目を見開いて絶句する。


「速度ではありませんよ、監査官殿。初動の『爆発力』です」

 私は無表情のまま、映像の動きを冷酷に解説していく。

「魔法による滑らかな飛行は、最高速度は出ても初速が遅い。この敵機は機体の関節にかかる負荷を完全に無視して、エンジンのトルクを限界まで引き出した『点』の移動をしているんです」


『た、隊長がやられた!? 撃て! 撃ち落とせぇッ!』

 残された十一機の魔導機がパニックに陥り、完成した魔法を手当たり次第に亡霊へと放つ。

 炎の槍や雷の矢が、凄まじい熱量を持って敵機へと殺到した。


 だが、亡霊は再びスラスターを吹かし、あり得ない角度で『横っ飛び』をしてそれを回避した。

 いや、ただ避けたのではない。

 亡霊は回避と同時に、手にしていたライフルで『地面』を的確に撃ち抜いたのだ。


 ズガァァァンッ!!

 巻き上がる大量の土砂と粉塵が、戦場に巨大な煙幕を作り出す。

 魔法の誘導センサーは、この物理的な土煙によって一瞬だけ完全に視界ロックオンを奪われた。


「土煙でセンサーを欺瞞し、その死角から……ッ!」

 エリート騎士の一人が、息を呑んで叫ぶ。

 そう、彼らがこのアーカイブ室で私から学んでいた『泥臭い回避機動』と全く同じ戦術だ。

 しかし、映像の中の亡霊の動きは、私が教えた基礎など比較にならないほど、洗練され、かつ冷酷だった。


 煙幕の中から、亡霊が滑るように飛び出してくる。

 その左腕には、先ほど破壊した隊長機の『装甲の残骸』が盾として握られていた。


『ひぃッ!? 防壁を展開――』

 王国軍のパイロットが慌てて魔法障壁を展開しようとするが、亡霊はその盾代わりの残骸を、パイロットの顔面へと容赦なく投げつけた。

 ガコンッ! という衝撃で機体が怯んだ隙に、亡霊は再びゼロ距離まで肉薄する。


(……無駄な動きが一切ねえ。魔法陣をキャンセルさせるための牽制、視界の奪い方、そして装甲の薄い関節を的確に狙う射撃技術)


(機体の性能に頼ったゴリ押しじゃない。パイロットの純粋な『殺しの技術スキル』が限界まで極まっている)


 心の中のおっさんが、その美しくすらある残虐な機動に戦慄を覚える。

 映像の中では、一方的な虐殺が続いていた。

 魔法を撃とうとすれば潰され、逃げようとすれば脚部の駆動系を物理的に撃ち抜かれる。


 たった数分の間に、十一機の魔導機がただのスクラップへと変えられていく。

 悲鳴と怒号が通信記録に飛び交い、空薬莢が雪原に降り注ぐ生々しい金属音がホログラム越しに伝わってくるようだった。


「……信じられない。これが、本当に魔法を使わないただの機械の動きだと言うのか」

 ルーク監査官が、額に冷や汗を浮かべながらうわ言のように呟く。

「軍の解析班が理解できないのも当然だ。これは魔法のセオリーで測れる次元の戦闘じゃない。完全に、魔法使いを殺すためだけに特化した『実弾の悪魔』だ」


 エリート騎士たちも、あまりの恐怖に言葉を失い、青ざめた顔で映像を見つめている。

 彼らは理解したのだ。自分たちがもしこの場にいたら、同じように何もできずに鉄クズにされていたという事実を。


 そして、映像はいよいよ最後のシーンへと差し掛かった。

 記録者であるカメラ搭載機(POV)だけがポツンと取り残され、その眼前に、黒煙を上げる亡霊がゆっくりと歩み寄ってくる。


『く、来るな……! 化け物ぉぉッ!!』

 パイロットが半狂乱になって、残された全魔力を振り絞り、特大の魔法の炎を亡霊へと放った。

 絶対に回避不可能な、広範囲を焼き尽くす最後の一撃。


 だが、亡霊はその炎から逃げようとはしなかった。

 亡霊は突然、機体の『左肩』を極端に落とし、右足のラダーを深く踏み込むような予備動作を見せた。


「なっ……!?」

 その独特すぎる姿勢を見た瞬間。

 私は思わず、可憐な少女の顔から無表情の仮面を剥がし、小さく息を呑んでしまった。


(……おい。嘘だろ)


(あのフェイントは……『左肩を落として相手の意識を下段に誘導し、その反動で右の死角へ滑り込む』……)


 心の中の老兵が、信じられないものを見たように声を震わせる。

 ズガァァァンッ!!

 映像の中の亡霊は、私の予想した通り、炎の波が到達するコンマ一秒前にその変態的なステップを踏んだ。


 魔法の炎は亡霊の残像だけを焼き焦がし、本体はすでにカメラ搭載機の『右側面の完全な死角』へと回り込んでいた。

 そして、一切の躊躇なく、その分厚い鉄拳がカメラに向かって振り下ろされる。


 ガシャンッ!!!

 という凄まじい破壊音とともに、ホログラムの映像は激しいノイズに包まれ、プツリと途絶えた。

 最後の一機が破壊され、ドラレコの記録が終了したのだ。


 アーカイブ室に、再び重苦しい静寂が降りてきた。

 ルーク監査官も、エリート騎士たちも、その圧倒的な蹂躙劇を前に、ただ呆然と立ち尽くしている。


「……レイ管理官。君の目から見て、この『亡霊』の機動はどうだった?」

 ルークが、震える手で眼鏡を押し上げながら静かに問いかけてきた。

「監査部としては、敵国にこれほどの技量を持つエースパイロットが存在していたという事実に、底知れぬ恐怖を感じている。君の分析を聞かせてほしい」


 私はゆっくりとパイプ椅子に深く腰掛け直し、前髪の影でサファイアの瞳を隠した。

 彼らの目には、ただの恐ろしい未知の敵に映っただろう。

 だが、私の目には全く違って見えていた。


「……驚異的な戦術です。無駄がなく、泥臭く、そして極めて合理的」

 私は可憐な声を、できる限り平坦に保ちながら答える。


(ただの偶然じゃない。あのステップ、あの射撃のタイミング、あの無慈悲な関節狙い)

(前世の俺が、油にまみれながら戦場で編み出し、完成させた『俺だけの戦術オリジナル』そのものだ)


 心臓が、早鐘のように打ち鳴らされている。

 敵国が物理特化の機体を開発しただけではない。

 その機体を操っている『中身ソフト』は、明らかに私の前世の記憶とリンクしている。


「監査官殿。この敵機……『亡霊』について、さらに詳しいデータはありますか?」

 私は顔を上げ、冷たい瞳でルークを真っ直ぐに見つめた。

「この戦術は、ただ訓練で身につくようなものではありません。何らかの『モデル』が存在するはずです」


「……さすが見立てが早いな。実は、私もその点に疑問を持ち、軍の過去の機密記録を少しばかり漁ってみたんだ」

 ルークは白衣のポケットから、古びた一枚の書類を取り出した。


「魔法世界のセオリーを無視した、実弾と装甲の悪魔。……これが、ただの亡霊ではなく、過去に存在した『本物』のコピーだとしたら?」

 彼が提示したその書類のタイトルを見て、私は再び息を呑むことになった。


 そこに記されていたのは、私自身が最も恐れていた事態。

 魔法至上主義の世界に、私の『前世』の影が忍び寄っている決定的な証拠だったのだ。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


本作を応援してくださる方は、ぜひブックマークや下の評価【★★★★★】をいただけますと幸いです。


次回お楽しみに。

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