第15話:横流し品の正体と、不気味な影
薄暗いアーカイブ室の床に、荷造り用の頑丈なワイヤーで簀巻きにされたゲイル中尉が転がっている。
鼻柱を叩き割られて気絶したエリート将校は、時折ビクンと痙攣しながら、血と鼻水にまみれた無様な寝顔を晒していた。
私はその横でパイプ椅子に腰掛け、彼が落とした金属製の『コアパーツ』をランプの光にかざして、じっと睨みつけている。
(……見れば見るほど、えげつない設計思想だ。魔法使いどもが好む、美しさや優雅さなんて欠片もねえ)
心の中の老兵は、油まみれの指で部品をいじり回すような感覚で、その構造を頭の中で分解し、解析していく。
この世界における魔導ジェネレーターのコアといえば、通常はマナを抽出して魔法陣を展開するための、一種の『魔法の杖の増幅器』として機能する。
だが、私の手の中にあるこの特殊なパーツの術式回路は、全く別の目的で刻み込まれていた。
「マナを魔法陣の構築に回さず、強制的に『内燃機関の爆発力』や『シリンダーの油圧』へと直接変換するための回路……」
私はサファイアの瞳を細め、可憐な少女の声をわずかに震わせて呟いた。
「つまり、魔法を撃つためではなく、機体の『物理的な出力』と『実弾の射出』だけを極限まで高めるためのパーツです」
(詠唱なんていう悠長なプロセスをすっ飛ばして、マナを純粋な物理エネルギーの燃料として燃やす。それってのはつまり……)
背筋に冷たいものが走るのを感じた。
それはつまり、私が乗っているあのアナログ機体と同じ、『コンマ一秒の物理の暴力』を最新鋭の技術で再現しようとしているということだ。
魔法のクールタイムを気にすることなく、ただ圧倒的なスピードと質量で敵を粉砕する、魔法使いの天敵。
隣国軍は、すでに魔法至上主義の限界に気づき、この王国軍を物理的にすり潰すための『新兵器』を開発している。
そしてゲイル中尉は、その完成に不可欠な王国の最新技術を、小銭欲しさに売り渡していたのだ。
「……う、うぅん……」
足元でくぐもった呻き声が上がり、ゲイル中尉がゆっくりと目を覚ました。
彼は焦点の合わない目で周囲を見回し、自分がワイヤーで芋虫のように縛り上げられている事実に気づくと、顔面を蒼白にさせた。
「な、なんだこれは!? 外せ! 私を誰だと思っている、私は誇り高き中尉だぞ!!」
状況を理解できていないのか、彼は床の上でのたうち回りながら怒鳴り声を上げる。
「おはようございます、中尉殿。よく眠れましたか?」
私は一切の感情を込めずに、冷たく見下ろした。
「残念ながら、あなたの誇りもキャリアも、先ほどの襲撃と一緒に完全に終了しましたよ。証拠隠滅は失敗です」
「き、貴様……魔力ゼロのゴミのくせに、よくもこんな真似を……! ただで済むと思うなよ!」
ゲイル中尉が血走った目で私を睨みつけるが、その脅し文句はあまりにも空虚だった。
私は手の中にあるコアパーツを、彼の目の前にチャリンと放り投げた。
「……ひぃッ!?」
「あなたが小銭のために売り渡していた部品の『本当の使い道』を知っていますか?」
私は彼が何かを言い返すよりも早く、絶対零度の声で事実を突きつける。
「これは、王国軍の魔法防壁を物理的にぶち抜くための、新型実弾機体のコアパーツです」
「な、なにを言っている……? ただの旧型のジェネレーター部品だと言われて……」
「敵の口車に乗せられたのですね。本当に救いようのない馬鹿だ」
私は彼を憐れむように、しかし氷のように冷たい視線を投げかけた。
「あなたが横流ししたその部品のせいで、遠からず前線の兵士たちは、魔法が通じない物理の悪魔に蹂躙されることになります。自国の軍隊を壊滅させるための設計図を、自らの手で売り渡した気分はいかがですか?」
「ち、違う! 私はそんなつもりじゃ……! ただ、少しばかり小遣い稼ぎをしようと思っただけで……!」
自分がどれほど取り返しのつかない大罪を犯したのかをようやく理解したのか、ゲイル中尉の目からボロボロと大粒の涙が溢れ出した。
だが、戦場において「そんなつもりじゃなかった」という言い訳ほど、無価値で反吐の出る言葉はない。
(前線で血を流してる連中を売って私腹を肥やす。挙句の果てに、敵の兵器開発に加担するとはな)
(こいつはもう、軍法会議にかけるまでもなく、俺がこの場で息の根を止めてやってもいいくらいだぜ)
心の中の老兵が、本気の殺意を孕んだ重圧を放つ。
ゲイル中尉は私の冷酷な瞳に見つめられ、ヒッ、と短い悲鳴を上げてガタガタと震え始めた。
私が彼にトドメの絶望を叩き込もうと口を開きかけた、まさにその時だった。
バンッ!!
アーカイブ室の重い扉が、勢いよく蹴り開けられた。
「おいおい、なんだか随分と焦げ臭いと思ったら……一体ここで何が起きているんだ?」
呆れたような、しかしどこか飄々とした声とともに現れたのは、ボサボサの黒髪に度の強い眼鏡をかけた、猫背の青年だった。ヨレヨレの軍服の上に、白衣のような薄汚れたコートを羽織っている。
一見すると軍人には見えない風貌だが、その襟元には王国軍『監査部』の特級バッジが鈍く光っていた。
「やあ、君が新任のレイ管理官だね。私は監査部のルーク。このフロアで異常な魔力反応と発砲音が検知されたから、慌てて飛んできたんだが……」
ルークと名乗った監査官は、言葉の途中でピタリと口を閉ざした。
彼の眼鏡の奥の瞳が、床に転がる焦げた本棚の残骸、砕け散った魔導水晶、そして――。
「……えっと。そこのワイヤーで美しく縛り上げられて、血と鼻水で顔をドロドロにしているのは、あのエリートで名高いゲイル中尉……で合っているかな?」
「はい。いらっしゃいませ、監査官殿。ちょうどあなた方をお呼びしようと思っていたところです」
私は立ち上がり、可憐な少女の姿で完璧な敬礼をして見せた。
ルーク監査官は、十三歳の華奢で無表情な美少女と、彼女にボコボコにされて床に転がる屈強なエリート将校という、あまりにもシュールな光景に完全に思考を停止させている。
「ま、待て待て。君は魔力ゼロだと記録にはあったはずだが……彼をたった一人で制圧したのか?」
「ええ。彼は射撃の腕が三流でしたので。それより、こちらをご覧ください」
私は監査官の戸惑いを完全に無視して、カウンターの上に広げたままの広域マップと、問題の魔導水晶、そして彼が落としたコアパーツを並べた。
「ゲイル中尉による、軍用物資の横流し、および敵国への機密売却の証拠一式です。映像のノイズ波形から割り出した物理データの矛盾も、すべてこちらの台帳にまとめてあります」
「……は?」
ルーク監査官は間抜けな声を出して、カウンターの上に並べられた完璧な『証拠の山』を見つめた。
彼は慌てて眼鏡を押し上げ、私がまとめたレポートと映像のノイズ波形グラフを食い入るように確認し始める。
「……信じられない。意図的なジャミングによるカメラの欺瞞と、スラスターの出力値から計算された重量の消失。完璧な物理演算だ」
ルークの表情から、先ほどまでの飄々とした態度は完全に消え失せていた。
「魔法の痕跡ではなく、コンマ一秒の物理データのズレから、この巧妙な完全犯罪を暴き出したというのか……。君は、一体何者なんだ?」
「ただの記録係ですよ。過去の記録を整理し、矛盾を正すのが私の仕事ですから」
私は表情を変えずに、淡々と答える。
「それに、問題は彼の汚職だけではありません。そのコアパーツの構造を見てください」
私が指差した金属部品を手に取り、ルーク監査官はさらに顔色を青ざめさせた。
監査部で技術解析も担当している彼には、その特殊な術式回路が何を意味しているのか、一瞬で理解できたのだろう。
「魔力を物理エネルギーに強制変換する回路……。馬鹿な、魔法の威力を捨てて、純粋な運動エネルギー(トルク)だけで機体を動かそうというのか?」
「ええ。魔法の詠唱アシストなど必要としない、実弾と装甲だけで戦場を蹂躙する『物理の化け物』の設計図です」
私の言葉に、ルーク監査官はゴクリと生唾を飲み込んだ。
そして、周囲に誰もいないことを確認するように声を潜め、ひどく深刻な表情で私に向き直った。
「……レイ管理官。実は、ここ数日の間に、最前線のパトロール部隊から『奇妙な報告』が相次いで上がってきているんだ」
「奇妙な報告、ですか?」
「ああ。国境付近の小競り合いで、隣国軍の機体の中に、魔法を一切使わない『不気味な敵機』が混ざっているという報告だ」
ルーク監査官の言葉に、私の心臓がドクリと不快な音を立てた。
「そいつは魔法陣を展開せず、ただ無駄のない泥臭いステップで味方の魔法を回避し、ゼロ距離からの実弾射撃で、こちらの最新鋭機を次々とスクラップにしているらしい」
「……!」
(おいおい、冗談じゃねえぞ。その機動、その戦術のセオリーは……)
心の中のおっさんが、かつてないほどの激しい動揺を見せていた。
魔法を捨て、物理のステップとゼロ距離射撃で魔法使いを狩る。
それは他でもない、前世の私自身が最も得意とし、この世界でアナログイン機体に乗って体現した『傭兵の戦術』そのものではないか。
「生き残った兵士たちは、その敵機を恐怖を込めて『亡霊』と呼んでいるそうだ。まるで、実弾が支配していた過去の戦場から蘇ってきた悪魔のようだと」
ルーク監査官が、眼鏡の奥で冷や汗を流しながら語る。
私は可憐な少女の顔を伏せ、サファイアの瞳に暗く、底知れない光を宿した。
敵国が開発している新兵器。そして、前線に現れた『亡霊』と呼ばれる不気味な敵機。
偶然にしては、あまりにも出来過ぎている。
(なぜだ。なぜ、この魔法至上主義の世界に、俺の『前世の戦い方』を完全にトレースしたような敵が存在しているんだ?)
冷たい地下室の空気が、さらに一段階温度を下げたように感じられた。
安楽椅子探偵の真似事で終わるはずだった事件は、私自身の『過去』と深く結びつく、最悪のシナリオへと繋がり始めていた。
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次回お楽しみに。




