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第14話:口封じの襲撃

ターンエンド!!


 鼓膜を劈くような乾いた発砲音が、静まり返っていたアーカイブ室に響き渡った。

 ゲイル中尉の指がトリガーを引き絞った瞬間、魔導銃の銃口からオレンジ色の閃光が噴き出す。

 音速を超えて放たれた鉛の弾丸が、私の眉間を正確に撃ち抜く――はずだった。


(素人が。殺意と目線が、銃口の向きと完全に一致してやがる)

(引き金を引く瞬間に、肩に無駄な力が入る癖。そんな分かりやすい予備動作で、歴戦の傭兵に弾を当てられるとでも思っているのか)


 心の中のおっさんは、欠伸が出そうなほどの退屈さを感じていた。

 前世の泥臭い戦場では、銃弾の雨を掻き潜ることなど日常茶飯事だ。私の異常な動体視力は、弾丸が銃身から飛び出すよりも早く、その軌道を完全に予測していた。


 私は表情を一切変えることなく、首をほんのわずかに右へと傾ける。

 ヒュンッ! という風切り音とともに、熱を帯びた鉛玉が私の銀髪を数本だけ掠め飛んでいった。

 弾丸は私の背後にある棚に激突し、保管されていた魔導水晶を粉々に砕き散らす。


「なっ……!?」

 ゲイル中尉が、間抜けな声を上げて目を見開いた。

 至近距離からの確実な一撃を、魔力ゼロの小娘が『ただ首を傾げただけ』で避けたのだ。

 彼の常識では、絶対にあり得ない光景だったのだろう。


「外れですよ、中尉殿。やはりあなたは、射撃の腕も三流のようです」

 私は可憐な声で淡々と告げながら、床を強く蹴ってカウンターの裏へと身を滑らせた。

 そして流れるような動作で、天井まで届く巨大な本棚が連なる、薄暗い保管庫の奥へと姿を消す。


「ば、馬鹿な! まぐれだ、ただのまぐれだ!!」

 ゲイル中尉がパニックに陥り、私が消えた本棚の隙間へ向けて盲目的に発砲を繰り返す。

 パンッ! パンッ! という銃声が連続して響き、木の破片や紙の束が宙に舞い上がった。

 だが、姿の見えない相手への闇雲な射撃など、ただ弾を無駄に消費しているだけだ。


(自分の目でしっかり狙いもつけずに、パニック撃ちとはな。本当に実戦経験のないお坊ちゃんだぜ)

(それに、ここはただの地下室じゃない。私が隅々まで構造を把握している、私の『庭』だ)


 私は本棚の影に身を潜め、一切の足音を立てずに素早く移動していく。

 十三歳の小柄な体は、こうした狭く入り組んだ地形で身を隠すには最適だった。

 完全に私の気配を見失ったゲイル中尉は、荒い息を吐きながら保管庫の中をうろつき始める。


「くそッ! どこへ逃げた、記録係のゴミめ!」

 彼は恐怖と焦燥で完全に冷静さを失い、当初の「魔法を使わずに始末する」という計画をあっさりと投げ捨てた。

「ええい、ちょこまかと! 魔法でこのガラクタごと、お前を消し炭にしてやる!」


 男の左手に魔力が収束し、薄暗い空間に赤々とした炎の魔法陣が浮かび上がる。彼がその炎の塊を、手当たり次第に本棚へと投げつけた。

 ボワァァッ! と激しい音を立てて炎が燃え上がり、古い羊皮紙や木製の棚が次々と火の手に包まれていく。


(……やれやれ。ホコリと紙が大量にある密閉空間で、派手に火の魔法を使うとはな)

(少しは『一酸化炭素中毒』や『粉塵爆発』の危険性ってものを考えないのか。まあ、馬鹿に頭を使えって言う方が無理な相談か)


 私は炎の熱と煙を避けるように、姿勢を低くして床すれすれを移動する。

 ゲイル中尉は自分の放った炎の煙でむせ返り、涙目になりながら咳き込んでいた。

 彼自身が作り出した煙と炎のノイズが、彼の視界と聴覚を完全に塞いでいるのだ。


「ゴホッ、ゲホッ……! 出てこい! 丸焦げになる前に、命乞いをして……うぐっ!?」

 男が叫び声を上げた瞬間、彼の足元に『分厚い魔導水晶のケース』が勢いよく滑り込んできた。

 煙で足元が見えていなかった彼は、それにモロにつまずき、無様にバランスを崩して大きくよろける。


「戦場において、周囲の状況を確認せずに喚き散らすのは、死にたいと宣言しているのと同じですよ」

 私は彼がよろけたその一瞬の隙を突き、本棚の上から音もなく彼の背後へと飛び降りた。


「なっ!? 上から――」

 ゲイル中尉が慌てて振り返ろうとするが、すでに遅い。

 私は十三歳の華奢な体の『軽さ』を活かし、落下する勢いそのままに彼の右肩へと飛び乗った。


(筋肉の量や純粋な力じゃ、大人の男には勝てねえ。だが、人間の身体なんてのはただの機械だ。関節ヒンジの構造さえ理解していれば、小さな力で簡単に破壊できる)


 私は彼の首に両脚を絡みつかせ、体重をかけて強引に後ろへと引き倒す。

 同時に、銃を握っている彼の手首を両手でガッチリと掴み、関節の可動域とは逆の方向へ、容赦なく捻り上げた。


「ぎゃあああぁぁぁッ!?」

 バキッ! という鈍い音が響き、ゲイル中尉の口から鼓膜を破るような悲鳴が上がる。

 手首の骨を外された激痛で、男の指から魔導銃がポロリと床に転げ落ちた。


「魔法に頼りきっているから、近接格闘(CQC)の基礎すら身についていないのですね」

 私は冷たく言い放ちながら、床に倒れ込んだ彼の背中を膝で冷酷に押さえつける。

 さらに、彼が反撃のために左手で魔法陣を展開しようとした瞬間、手近にあった分厚い辞書のような台帳を掴み、その顔面へと容赦なく振り下ろした。


 ゴガンッ!!

「あぐぅッ……!?」

 鼻柱を正確に叩き割られ、ゲイル中尉は鼻血を吹き出して白目を剥いた。

 魔法陣は完成する前に霧散し、彼は痛みと脳震盪で痙攣するように床でのたうち回る。


(やれやれ。たったこれだけの物理攻撃で沈むとは。本当に口だけの三流悪党だったな)

 心の中の老兵は、あまりの歯ごたえのなさに呆れ返って肩をすくめた。

 私は一切の容赦なく、持っていた台帳の角で彼の延髄のあたりを軽く殴りつけ、完全に意識を刈り取る。


 男の体がビクンと一度だけ跳ね、やがて完全に動かなくなった。

 口から血と泡を吹き、無様な姿で気絶しているエリート将校。

 私はその背中から立ち上がり、制服についたホコリを軽く手で払い落とした。


「……私の大切な仕事場を、ずいぶんと散らかしてくれましたね」

 私は燃え盛る本棚を一瞥し、備え付けの消火用魔導具(スライムの粘液が詰まったカプセル)を冷静に投げつける。

 ジュワァァッという音とともに、炎はあっという間に鎮火し、後には焦げた匂いと水浸しの床だけが残された。


「さて。これで口封じの襲撃は失敗に終わったわけですが」

 私は気絶しているゲイル中尉の両手両足を、荷造り用の頑丈なワイヤーで手早く縛り上げる。

 これで彼が目を覚ましても、魔法陣を描くことも逃げることもできない。


(やれやれ、面倒な後片付けが増えちまった。監査部の連中を呼んで、こいつを引き渡さなきゃならねえな)

 私がそう思いながら、ゲイル中尉が落とした魔導銃を足で蹴り飛ばしたときだった。

 彼の胸ポケットから、何かの金属製の部品がポロリと床に転がり落ちたのだ。


「……ん?」

 私は透き通るような青い瞳を細め、その部品を拾い上げた。

 それは、彼が横流ししていたとされる『最新型魔導ジェネレーター』のパーツの一部だった。

 だが、私の異常な記憶力と情報処理能力は、その部品の形状から、ある恐ろしい事実を瞬時に導き出していた。


(……おいおい。こいつはただのジェネレーターの部品なんかじゃないぞ)

 心の中のおっさんが、葉巻を落とすほどの衝撃を受けて目を見開く。

 手の中にある金属パーツの裏側には、王国軍の規格とは全く違う、隣国軍の特殊な術式パターンが刻み込まれていたのだ。


「これは……魔力を『物理的な運動エネルギー』に強制変換するための、特殊なコアパーツ……?」

 私は可憐な少女の声を、わずかに震わせて呟いた。


 魔法至上主義のこの世界において、魔法を物理的な力に変換するなどという技術は、完全に異端だ。

 それはまるで、私が乗っているあのアナログ機体のように、魔法の詠唱を必要とせずに物理的な破壊をもたらす『新たな兵器』の存在を暗示していた。


(ゲイルの野郎、ただの横流しじゃなかったのか。隣国はすでに、王国の技術を盗んで『魔法を使わない不気味な兵器』を開発しちまってるってことだ)

(そして、その技術の根本にあるのは……前世の俺たちが戦っていた、あの泥臭い兵器の理論そのものじゃねえか)


 背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。

 ただの小悪党の汚職事件だと思っていた事態が、ここに来て急激にきな臭い方向へと転がり始めている。

 私は手の中のコアパーツを強く握りしめ、薄暗い地下室の天井を睨みつけた。


「……どうやら、探偵の出番はまだまだ終わりそうにありませんね」


 魔力ゼロのポンコツ美少女が暴き出したのは、単なる横流し事件の真実ではなかった。

 それは、この魔法世界の常識を根本から覆す、新たな戦争の始まりを告げる足音だったのだ。

 

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


本作を応援してくださる方は、ぜひブックマークや下の評価【★★★★★】をいただけますと幸いです。


次回お楽しみに。

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