第13話:安楽椅子探偵の追い込み
ここからも私のターン!
「これでもまだ、ただの機材不良だと言い張りますか? それとも――」
私の静かな、しかし絶対的な死刑宣告とも言える問いかけが、地下室に響き渡った。
薄暗いアーカイブ室の空気は完全に凍りつき、圧倒的な静寂が場を支配している。カウンター越しに対峙するゲイル中尉の顔からは、先ほどまでの爽やかな笑みは完全に消え失せていた。
「……ま、待て。待ってくれ、レイ管理官」
エリート将校としての余裕のある面影は、もはや微塵も残っていない。
彼の額からは滝のような脂汗が流れ落ち、呼吸はひどく浅く乱れていた。
自分の完璧なはずの犯罪計画が、魔力ゼロの小娘によって根底から崩れ去った事実を、彼の脳が処理しきれていないのだ。
「監査部に報告するのは、少し待ってくれないか。……そうだ、金か? 君は金が欲しいんだろう?」
ゲイル中尉は震える手で懐を探り、焦ったように言葉を早口で紡ぎ出した。
「こんなホコリまみれの地下室に左遷されて、給料もまともに出ていないはずだ。私の横流し……いや、その、ビジネスに協力してくれれば、一生遊んで暮らせるだけの額を君に払おう!」
(……やれやれ。追い詰められた悪党ってのは、どいつもこいつも判で押したように同じセリフを吐きやがるな)
心の中のおっさんは、そのあまりにもテンプレすぎる命乞いに呆れ果てていた。
金で解決できると本気で思っているあたり、戦場の裏の掟というものを全く理解していない素人である。
「お断りします。私はこの薄暗いアーカイブ室の環境を、それなりに気に入っていますので」
私は可憐な少女の声を一切揺らさず、絶対零度の冷たさで言い放った。
「それに、国を売るような三流のコソ泥から小銭を恵んでもらう趣味はありません」
「こ、コソ泥だと……!? 私を誰だと思っている! 誇り高き王国軍の中尉だぞ!」
プライドを激しく抉られたゲイル中尉が、顔を真っ赤にして怒鳴り声を上げる。だが、その声の震えが、彼の抱えている圧倒的な恐怖と焦燥を如実に物語っていた。
「誇り高き中尉殿が、ずいぶんと安いプライドをお持ちですね」
私はカウンターの上に広げたままの広域マップを、冷ややかなサファイアの瞳で見下ろした。
「ところで、あなたが横流ししている『最新型魔導ジェネレーターの部品』ですが……。あれを受け取っているのは、国内のただの闇商人ではありませんよね?」
「なっ……!?」
ゲイル中尉の心臓が、早鐘のように打ち鳴らされる音が聞こえてきそうだった。
彼は目を見開き、信じられないものを見るように私を凝視している。
「D-4セクターの死角の先にあるのは、険しい山岳を越えた隣国との国境地帯です」
私はマップ上の国境線を、白い指先でツツーッと軽くなぞってみせた。
「あんな人里離れた場所で、重量のある軍の機密部品を回収し、足跡を残さずに運び出せる巨大な組織など、一つしか考えられません」
「や、やめろ……それ以上は言うな……!」
「隣国の『特務諜報部隊』。……あなたは、単なる横流しではなく、敵国への『軍事機密の売却』を行っている」
「ひぃッ……!!」
完全に図星を突かれたゲイル中尉は、短い悲鳴を上げてその場にへたり込んだ。
彼の足はガクガクと震え、もはや自力で立つことすらできない状態だ。
(軍の部品を横流しするだけでも重罪だが、敵国に売り渡したとなれば完全に『反逆罪』だ)
(捕まれば間違いなく極刑、よくて一生光の当たらない地下牢行きだな。自分の欲のために国を売るようなクズは、戦場じゃ味方の背中から撃たれても文句は言えねえんだよ)
心の中の老兵は、葉巻を噛みちぎるように獰猛な笑みを浮かべていた。
前線の兵士たちが命を懸けて戦っている裏で、安全な場所から敵に塩を送るような真似をする輩は、私の最も嫌いな人種だ。
同情の余地など、一ミリも存在しない。
「横流しの証拠となる、映像データの物理的な矛盾。そして、あなたの過去三ヶ月にわたる不自然な貸出履歴の記録」
私はカウンターの上に積まれた台帳と水晶を、ポンポンと軽く叩いた。
「これだけ状況証拠が揃っていれば、監査部の変人たちも喜んで飛びつくでしょうね。彼らは魔法の権威よりも、確実なデータを好みますから」
「お、終わりだ……。私の輝かしい軍のキャリアが……こんな、こんな記録係の小娘のせいで……!」
ゲイル中尉は床に手をつき、ぶつぶつと譫言のように呟き始めた。
明日の朝には部隊の倉庫に強制捜査が入り、自分の人生が完全に終わる光景を想像しているのだろう。
その顔は恐怖と絶望で歪み、精神が崩壊しかかっているように見える。
「自業自得ですよ、中尉殿。あなたが自分の悪事を隠し通せるほど、賢くなかっただけの話です」
私は十三歳の美少女らしからぬ、どこまでも冷酷で残酷な言葉を彼に投げつける。
「今から監査部に出頭して自首すれば、少しは刑が軽くなるかもしれませんよ? ……まあ、死刑が終身刑に変わる程度でしょうが」
「……ふ、ふざけるな」
うつむいていたゲイル中尉の口から、低く、ドス黒い殺意の籠もった声が漏れた。
「誰が出頭などするものか。私の人生は完璧だったんだ。こんなところで終わらせてたまるか……!」
(……おっと。どうやら、少しばかり追い詰めすぎちまったか。
ネズミってのは、逃げ場がなくなると死に物狂いで猫を噛みにくるって言うからな)
心の中のおっさんが、ピリッとした緊張感とともに感覚を研ぎ澄ませる。
床にへたり込んでいた男の身体から、先ほどまでの情けない怯えとは全く違う、明確な『暴力の気配』が膨れ上がってくるのが分かった。
ゆっくりと立ち上がったゲイル中尉の顔には、もはや爽やかさも絶望もなかった。
あるのはただ、自分の保身のためなら平気で他人の命を奪える、醜悪なエゴイストの素顔だけだ。
彼の右手が、腰に提げた軍用の魔導銃のホルダーへとゆっくりと伸びていく。
「……よく考えれば、簡単なことじゃないか。この地下室には、今、君と私の二人きりだ」
ゲイル中尉の目が、血走った異様な光を帯びて私を睨みつける。
「監査部に報告される前に、その生意気な口を永遠に塞いでしまえばいい。そうだ、そうすれば何の問題もない!」
「私を殺して、証拠を隠滅するおつもりですか?」
私は全く動じることなく、無表情のまま冷たい声で事実を確認する。
「記録係が一人行方不明になれば、すぐに調査が入りますよ。それに、魔力を使えば特有の残滓が残って、すぐに足がつきます」
「はっはっは! 魔力ゼロの君を始末するのに、わざわざ魔法など使うものか!」
ゲイル中尉は狂ったように笑いながら、腰の魔導銃を引き抜いた。
「この銃の『物理弾(ただの鉛玉)』で君の頭を吹き飛ばし、死体は地下の廃棄ブロックにでも放り込んでおくさ! 誰も、こんな埃まみれの場所で消えたポンコツのことなど気にしない!」
銃口が、真っ直ぐに私の眉間へと向けられる。
魔法による防御手段を持たない十三歳の華奢な少女にとって、それは絶対的な死を意味する光景だ。
普通の子供なら、恐怖で泣き叫び、その場にへたり込んで命乞いをしていただろう。
(……馬鹿だ。本当に救いようのない馬鹿だぜ、こいつは)
(銃を抜くなら、ベラベラと口上を垂れる前にさっさとトリガーを引け。人を殺す覚悟もねえくせに、武器をチラつかせて脅せば相手が屈すると思っている)
心の中の老兵は、もはや呆れを通り越して深い哀れみすら抱いていた。
前世の泥臭い戦場では、銃口を向けられた瞬間に相手の目を潰し、喉笛を掻き切るのが常識だ。
こんなお上品な脅し文句を並べている時点で、彼には人殺しの才能が絶望的に欠けている。
「……本当に、どうしようもない三流ですね、あなたは」
私は向けられた銃口を前にして、心底つまらなそうに深々とため息をついた。
「横流しの手口も三流なら、口封じの手際も三流以下。……こんな男の相手をするのは、時間の無駄です」
「な、なにを強がっている! 命乞いをしろ! 泣いて許しを請え!」
ゲイル中尉が、全く恐怖を見せない私に対して逆に焦りを感じ、怒鳴り声を上げる。
「その生意気な余裕顔を、恐怖で歪ませてから殺してやる! 死ねぇッ、記録係のゴミめ!!」
男の指が、魔導銃のトリガーを力任せに引き絞る。
銃口から、致命的な速度で鉛の弾丸が放たれる、まさにそのコンマ一秒前。
「探偵の真似事は、これでおしまいのようですね」
可憐な少女の姿をした伝説の傭兵は、無表情のまま静かに呟いた。
「やはり私には、泥臭い『物理(荒事)』の方が性に合っている」
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次回お楽しみに。




