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第12話:映像のノイズに隠された裏切り

犯人はお前だー(指どーん


「まるで、そこで何かを『見落としてほしい』と言わんばかりの熱心な調べ方ですね。……違いますか、中尉殿?」


 私の言葉に、薄暗いアーカイブ室の空気が一瞬にして凍りついた。

 ゲイル中尉の顔に貼り付いていた爽やかな笑顔が、ほんのわずかに引きつるのを私の動体視力は見逃さない。


「ははは……レイ管理官、君は冗談がキツイな」

 彼は数秒の沈黙の後、わざとらしく明るい声を上げて肩をすくめた。

「そのD-4セクターの岩陰は、確かに死角になりやすい。だからこそ、パトロール部隊が念入りに確認する必要があるんだ。私は警備の責任者として、部下たちにその重要性を説くために記録を見ていたに過ぎないよ」


「なるほど。部下思いの素晴らしい上官ですね」

 私は一切の感情を込めずに、可憐な声で相槌を打つ。

「ですが、あなたの部隊が護衛している物資の輸送ルートと、このパトロールの死角が重なる時間は、一日のうちにたったの『三分間』しかありません」


 私はカウンターの上の広域マップを、トントンと指先で叩いた。

「しかも、過去三ヶ月の記録を見る限り、その三分間の間に必ずと言っていいほど、パトロール部隊の映像記録に『奇妙な不具合』が発生しているのですが」


「……奇妙な不具合、だと?」

 ゲイル中尉の額に、じわりと嫌な汗が滲み出たのが見えた。

彼は余裕を装っているつもりだろうが、その手は無意識のうちにカウンターの端を強く握りしめている。


(やれやれ。図星を突かれて冷や汗をかくなんて、悪党としての肝の据わり方が足りねえな)

(魔法使いってのは、自分の術式が完璧だと思い込んでいるから、物理的な矛盾を突かれるとすぐにボロを出しやがる)


 心の中のおっさんが、シニカルな笑みを浮かべて存在しない葉巻の煙を吐き出す。

 私は彼が返却した魔導水晶の中から一つを拾い上げ、手元の再生用魔導具にカチリとセットした。


「論より証拠です。ご自身の目で確認してみましょうか」

 私がスイッチを入れると、空中にホログラムの立体映像が浮かび上がった。

 映し出されたのは、D-4セクターの険しい岩肌を飛行するパトロール部隊の視界だ。


 彼らが問題の『死角』である巨大な岩陰に差し掛かった、まさにその瞬間だった。

 ブツッ、という不快な音とともに、ホログラムの映像が激しく乱れ始めた。

 無数の砂嵐のようなノイズが画面を覆い尽くし、パイロットの視界はおろか、計器の数値すらも数秒間だけ完全に判別不能になる。


「ああ、これのことか」

 ゲイル中尉はわざとらしく安堵したような息を吐き、得意げな顔で口を開いた。

「レイ管理官、君はまだ軍に入ったばかりで知らないようだが、この山岳地帯は魔力磁場が非常に不安定なんだ。だから、こうして魔導水晶の記録にノイズが走るのは日常茶飯事なんだよ。ただの機材不良さ」


「ただの機材不良、ですか。魔法世界ならではの便利な言い訳ですね」

 私は表情を変えないまま、手元の端末を操作して映像を一時停止させた。

「確かに、魔力磁場の乱れで映像が飛ぶことはあります。ですが、自然現象であるならば、そのノイズの波形は完全に『ランダム』になるはずですよね」


「な、なにが言いたいんだ?」

「私はこの数秒間のノイズを、コンマ一秒単位でコマ送りにして解析してみました」


 私はシステムを叩き、ノイズの波形をグラフ化して空中に表示させる。複雑な波の形がいくつも重なり合っているが、そのピークと谷の周期は、恐ろしいほどに規則正しく並んでいた。


「見てください。このノイズの波形は、完全に一定の周期を保っています。自然発生した磁気嵐で、こんな綺麗なグラフが描けるはずがありません」

「そ、それは……たまたまそういう波長だっただけで……!」

「いいえ。これは特定の魔力波長をピンポイントでぶつけて引き起こされた、『人為的なジャミング(妨害電波)』です」


 私の決定的な一言に、ゲイル中尉の顔からサッと血の気が引いた。


(電子戦(ECM)の基礎中の基礎だ。カメラの視界を奪うために、わざと強い電波……この世界で言うところの魔力を照射して目眩ましをしているんだよ)

(だが、やり方が甘すぎる。不自然なノイズを残したまま『機材の不良です』なんて言い訳が、歴戦の傭兵の目に通用するわけがねえだろうが)


 心の中のおっさんが、素人の浅知恵を鼻で笑い飛ばす。

 前世の実弾が飛び交う戦場では、敵の通信を妨害し、センサーを欺瞞する電子戦は日常茶飯事だった。

 こんな分かりやすいジャミングの痕跡など、私からすれば「ここで悪いことをしていますよ」という看板を掲げているようなものだ。


「誰かが意図的にパトロール機のカメラを狂わせている。それも、死角に入る『三分間』のうちの、ほんの数秒間だけ」

 私はサファイアの瞳を細め、ゲイル中尉を射抜くように見つめた。

「不思議な話だと思いませんか? わざわざそんな手間をかけてまで、一体何を隠したかったのでしょうか」


「……くだらない。ただの偶然の重なりを、無理やりこじつけているだけじゃないか!」

 ゲイル中尉は声を荒げ、カウンターをドンッと叩いた。

「魔力ゼロの君には分からないだろうが、魔法の干渉というのは複雑なんだ! そんな波形グラフ一つで、人為的だと断定できるはずがない!」


 必死に言い逃れをしようとする彼の姿は、もはや哀れですらあった。魔法の専門知識を盾にして、私を素人扱いして煙に巻こうとしているのだ。

 だが、彼は致命的なミスを犯している。私が着目しているのは、魔法の術式などではない。


「ええ、私は魔法のことはよく分かりません。ですが、物理法則は嘘をつきませんよ」

「ふんっ! 物理法則だと? 魔力を持たない無能が、知ったような口を……!」

「では、もう一つ面白いデータをお見せしましょう」


 私は彼を完全に無視して、再び端末を操作した。

 

 今度はノイズが発生する直前の映像と、ノイズが晴れた直後の映像を、画面の左右に並べて表示させる。


「魔法で映像は誤魔化せても、質量保存の法則までは誤魔化せなかったようですね」

「な、なんだと……?」

「この魔導機の『スラスターの出力』と『機体の浮上高度』の数値に注目してください」


 私は左右のホログラム映像の端に表示されている、小さなアナログメーターの数値を指差した。

 現代の魔導機は、魔法陣のアシストによって空中に浮遊している。だが、その浮遊を支えるための推力と、機体そのものの重量のバランスは、厳密な物理演算によって制御されているのだ。


「左がノイズ発生前。右がノイズ発生後です。スラスターの出力値(魔力消費量)は、左右でまったく変わっていません」

「それがどうした! 一定の速度で飛んでいるのだから、出力が変わらないのは当然だろう!」

「ええ、当然です。ですが……機体の浮上高度を見てください。ノイズが晴れた直後、機体の高度が数センチだけ『上がって』いるんです」


 その言葉を聞いた瞬間、ゲイル中尉の喉がヒュッと鳴った。

 彼の目は大きく見開かれ、左右の数値を信じられないというように何度も見比べている。


「スラスターの出力が同じなのに、機体の高度が上がる。これが意味する物理的な事象は、ただ一つしかありません」

 私は無表情のまま、トドメの言葉を冷酷に突きつけた。

「このノイズが発生していた数秒の間に、機体に積まれていた『何らかの重い物資』が消失したということです。機体が軽くなったからこそ、同じ出力でも高く浮き上がってしまった」


 沈黙が、地下室を完全に支配した。

 

 カビと埃の匂いが混じる空気の中で、ゲイル中尉の荒い呼吸音だけがやけに大きく響いている。


(機体のサスペンションや浮遊制御のデータまで改ざんする頭はなかったようだな。映像だけ誤魔化せば完全犯罪のつもりだったんだろうが、ツメが甘すぎるぜ)

(積荷の重量が変われば、機体の挙動は必ず変化する。そんな初歩的な物理のセオリーすら計算に入れていなかったのが、お前の敗因だ)


 心の中の老兵は、獲物を完全に罠にハメた狩人のように、獰猛な笑みを深めていた。

 ゲイル中尉の顔色は、もはや土気色を超えて真っ白に染まっている。爽やかなイケメン将校の面影は消え失せ、追い詰められた小悪党の惨めな顔だけがそこにあった。


「……D-4セクターの死角。意図的なジャミングによるカメラの目眩まし。そして、その数秒間に発生した物資の消失」

 私は可憐な少女の声を、絶対零度の氷のように冷たく響かせる。


「パトロール機の目を盗み、死角に入った瞬間に輸送中の物資を空中に投棄パージしている。そして、地上で待機している何者かがそれを回収する……。実に見事な『横流し』の手口ですね」


「ち、違う……! それは……!」

「ちなみに、この物資が軽くなった重量データと、あなた方が運搬している『最新型魔導ジェネレーターの部品』の重量は、完全に一致しています」


 私は彼の言い訳を許さず、完全に逃げ道を塞いだ。

 ただの食料や弾薬の横流しではない。軍の最高機密である最新鋭機体のコアパーツを、外部へと意図的に流出させているのだ。

 これは単なる窃盗罪ではなく、国家反逆罪に等しい重罪である。


「た、たかが機材の不具合と数値の誤差だ! そんな憶測だけで、私を罪に問えると思っているのか!」

 ゲイル中尉は最後の抵抗とばかりに、血走った目で私を睨みつけながら吠えた。

「私はエリート部隊の将校だぞ! こんな地下室で埃を吸っている無能な小娘の戯言など、上層部の誰が信じるというのだ!」


 彼は自分の権力と階級を盾にして、事実を力技で握り潰そうとしている。だが、その程度の反論は、安楽椅子探偵のシナリオにはすでに組み込み済みだった。


「ええ、誰も信じないでしょうね。魔力ゼロの私の言葉など」

 私はふっと、少女らしい可憐な微笑みを浮かべてみせた。

 だが、その瞳の奥には、敵を完全に蹂躙するための冷徹な光が宿っている。


「ですが、この私が抽出した物理データと映像解析のレポートを、軍の『監査部』に直接提出した場合はどうなるでしょうか?」

「か、監査部だと……!?」


「彼らは魔法の権威よりも、確実なデータと証拠を好む変人揃いだと聞いています。……この矛盾だらけの水晶を持ってこられれば、喜んであなたの部隊の倉庫を強制捜査するでしょうね」


 私の決定的な通告に、ゲイル中尉は完全に言葉を失い、その場にガクリと膝をつきそうになった。

 魔法で誤魔化せると思っていた完全犯罪が、魔力を持たないただの記録係によって、コンマ一秒の物理データから完全に暴き出されたのだ。

 彼の傲慢なプライドと悪事は、完全に論破され、粉々に粉砕されていた。


「さあ、言い逃れはここまでです」

 私はカウンターに両手を突き、サファイアの瞳で彼を見下ろした。

「これでもまだ、ただの機材不良だと言い張りますか? それとも――」

 

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


本作を応援してくださる方は、ぜひブックマークや下の評価【★★★★★】をいただけますと幸いです。


次回お楽しみに。

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