第11話:常連客と、不審な貸出履歴
2章開始です!
日の光すら届かない、王国軍の地下最下層。
第8魔導記録保管庫、通称「アーカイブ室」は、長らく閑古鳥が鳴くカビ臭い左遷部屋だった。
だが、あの単機での防衛戦から数日が経過した現在、この場所の空気は劇的に変化している。
「……くそッ、このすり鉢状の地形で敵の砲撃を避けるには、どうすればいいんだ!?」
「隊長、シールドの展開を最小限にして、ここの岩陰のルートをスラスター移動で抜けるしかありません!」
「馬鹿者、それだと側面に死角ができるだろうが! レイ管理官、この場合の最適解はなんだ!?」
静寂に包まれていたはずの地下室に、むさ苦しい男たちの怒号と議論の声が響き渡っている。
声の主は、かつて私を「魔力ゼロの欠陥品」と見下していた、あの若手エリート騎士とその部下たちだ。彼らは今や、暇さえあればこのアーカイブ室に入り浸り、過去の戦闘記録と地形図を睨みつける『常連客』と化していた。
(やれやれ。埃くさい地下室が、すっかり暑苦しい体育会系の部室になっちまったな)
心の中のおっさんは、むさ苦しい連中の熱気に辟易して深くため息をつく。
魔法の威力だけでゴリ押しする戦術が通用しないと骨の髄まで思い知らされた彼らは、心を入れ替えて基礎戦術を一から学び直しているのだ。プライドをへし折られたエリートというのは、一度自分の弱さを認めると驚くほど素直で吸収が早い。
「最適解などありませんよ。戦場は常に流動的です」
私は冷めきった不味いコーヒーをすすりながら、カウンター越しに淡々と告げる。
「ですが、強いて言うなら『その岩陰に入る前に、牽制の榴弾を二発だけ稜線に撃ち込んでおく』ことですね。土煙で敵の視界を三秒間だけ奪えます」
「な、なるほど……! 魔法の目眩ましではなく、物理的な土煙で視界を塞ぐのか!」
「すげえ、それなら魔力も消費しないし、詠唱の隙もない! おい、今のレイ管理官の言葉を一字一句メモしておけ!」
私の何気ない、傭兵時代なら新兵でも知っているような基礎的な助言。それだけで、エリート騎士たちは感極まったように羊皮紙に猛烈な勢いでペンを走らせる。
少し前まで私をゴミを見るような目で見ていた連中が、今や私の言葉を神の啓示か何かのように崇めているのだから、滑稽なものだ。
「……さて。本日の教練(お遊戯会)はそこまでです。私は溜まった事務仕事片付けなければならないので」
「は、はいッ! 長居して申し訳ありませんでした、レイ管理官!」
私が冷たく退出を促すと、エリート騎士たちは慌てて居住まいを正し、深く一礼した。
「俺たちはこれから訓練場に戻り、今の『回避機動』を徹底的に体に叩き込んできます!」
「ええ。せいぜい、次の出撃で私の仕事(死体の回収)を増やさないようにしてくださいね」
私の皮肉めいた激励に、彼らは「もちろんです!」と力強く頷き、足早に石階段を駆け上がっていった。
ドタバタとした足音が遠ざかり、アーカイブ室にようやく元の静寂が戻ってくる。
(ふぅ。やれやれ、手のかかる坊やたちだぜ。だがまあ、少しは『軍隊』らしい顔つきになってきたじゃねえか)
心の中のおっさんが、どこか満足げに存在しない葉巻をふかす。
彼らの魔力と、私が叩き込む泥臭い物理戦術が融合すれば、いずれはそれなりに骨のある部隊に育つだろう。だが、今の私の関心事は彼らの成長ではなかった。
「……さてと。真面目な常連客の相手は終わりましたし、そろそろ『不真面目な常連客』の査定に入りますか」
私はパイプ椅子に深く腰掛け直し、カウンターの上に積まれた分厚い「貸出台帳」を引き寄せた。
この世界は魔法が発達している割に、記録の管理は紙とペンというアナログな手法が残っている。
だが、改ざんの痕跡や筆圧の乱れから人間の心理を読み取るには、この古臭い紙の台帳の方が都合が良かった。
私の視線は、数日前から気になっていた特定のページ、ある一人の人物の貸出履歴に釘付けになっていた。
(第十三輸送護衛部隊、ゲイル中尉……。こいつの履歴、どうにもきな臭えんだよな)
透き通るような青い瞳を細め、台帳に記された文字の羅列を異常な情報処理能力で脳内にスキャンしていく。
このゲイル中尉という男も、最近になって頻繁にアーカイブ室を訪れるようになった常連客の一人だ。いつも愛想の良い笑みを浮かべ、熱心に過去の記録を借りていく中堅のパイロットである。
一見すれば、先ほどのエリート騎士たちと同じように、自身の戦術を磨くために勉強している熱心な軍人に見えるだろう。
だが、彼が借りていく魔導水晶の『中身』が問題だった。
「……借りているのは、すべて『北部山岳地帯・第三輸送ルート』の定期パトロールの記録ばかり。しかも、過去三ヶ月分を部隊ごとに網羅している」
私はポツリと呟き、引き出しからそのルートの広域マップを取り出して広げた。
前線での激しい戦闘記録でもなく、特級機の華麗な魔法の記録でもない。
ただひたすらに、物資を運ぶための安全な後方ルートを、のんびりと見回っているだけの退屈な映像だ。
(普通、戦術を学ぶためにこんな何の変化もないパトロール映像なんて見ねえ。戦闘のノウハウなんか一ミリも詰まっちゃいないからな)
心の中の老練な傭兵が、危険を知らせる警鐘をガンガンと鳴らしている。
前世の泥臭い戦場において、補給線は部隊の命綱だった。そして同時に、その命綱に群がる「ハイエナ」や、内部から甘い汁を吸おうとする「ネズミ」が最も湧きやすい場所でもある。
「……戦闘を学ぶためではないとすれば、目的は一つしかありませんね」
私は独り言をこぼしながら、マップ上の特定のポイントに赤ペンで印をつけていく。
彼が借りた映像記録の部隊の進行ルート。そのカメラ(魔導水晶)が向いている方角と、映像の死角。
さらには、パトロール部隊がその地点を通過する「時間帯」と「周期」。
(こいつは、警備の穴を探している。魔導水晶の記録範囲から外れる『空白の数分間』がどこにあるかを、過去のデータから割り出そうとしているんだ)
点と点が繋がり、一つの明確な悪意の線が浮かび上がった。
ゲイル中尉は、自身の所属する輸送部隊が運ぶ物資を、特定のポイントで横流ししようと企んでいるのだ。それも、パトロール部隊の監視カメラに絶対に映らない、完璧なタイミングと死角を利用して。
「前線の兵士が命を懸けている時に、安全な後方でコソ泥の真似事ですか。……軍人の風上にも置けないクズですね」
私は可憐な少女の顔に、絶対零度の冷酷な笑みを浮かべた。
魔法使いどもは、証拠隠滅の魔法や隠蔽工作の術式を使えば、完全犯罪が成立すると高を括っている。だが、映像に記録された物理的なデータや、こうして台帳に残されたアナログな人間の行動痕跡は、決して嘘をつかない。
(戦場のネズミは、見つけ次第駆除するのが鉄則だ。放置しておけば、いずれ部隊全体の屋台骨を食い破りやがるからな)
私がゲイル中尉をどう料理してやろうかと、えげつない論破のシナリオを組み立てていた、まさにその時だった。
カツン、カツン。
地下へと続く石階段から、規則正しい軍靴の足音が響いてきた。
先ほどのエリート騎士たちのような慌ただしい足音ではない。自分の立場を弁えた、余裕のある大人の歩き方だ。
「やあ、レイ管理官。今日も薄暗い地下でのお仕事、ご苦労様です」
扉を開けて入ってきたのは、人当たりの良さそうな笑みを浮かべた中肉中背の男だった。
整った制服に、中尉の階級章。
まさに今、私が台帳で洗い出していた『ネズミ』の容疑者、ゲイル中尉その人である。
「お疲れ様です、ゲイル中尉。本日は水晶の返却ですか?」
私は内心の獰猛な笑みを完璧な無表情の奥底に隠し、透き通るような青い瞳で彼を真っ直ぐに見つめた。
鈴を転がすような可憐な声で、普段通りに淡々と応対する。
「ええ。借りていた第三ルートのパトロール記録、とても参考になりましたよ。おかげで次回の輸送任務も、完璧な警備ができそうです」
ゲイル中尉は爽やかな笑顔のまま、五つの魔導水晶をカウンターの上にコトリと置いた。
いかにも『部下思いの熱心な上官』を演じきっている、見事な作り笑いだ。
彼からすれば、目の前にいるのは魔力ゼロで左遷された、ただの無害な記録係の小娘に過ぎないのだろう。
「それは何よりです。……ですが、本当に『警備』の参考になったのでしょうか?」
私は水晶を受け取るふりをして、ピタリと動きを止めた。
そして、わざとらしく小首を傾げ、純真無垢な少女のような声色で問いかける。
「え……? どういう意味かな、レイ管理官?」
「いえ。あなたが借りた五つの記録、すべて『D-4セクター』の同じ岩陰の映像が、不自然なほど念入りに再生されていた痕跡(魔力残滓)があったものですから」
私の言葉に、ゲイル中尉の爽やかな笑顔が、ほんの一瞬だけピクリと引きつった。
「その岩陰は、パトロール部隊の視界からちょうど『三分間』だけ完全に外れる、見事な死角になっていますよね」
私は引き出しから、先ほど赤ペンで印をつけた広域マップをゆっくりと取り出し、カウンターの上に広げた。
その印は正確に、彼が目を付けていた『D-4セクターの岩陰』を指し示している。
「まるで、そこで何かを『見落としてほしい』と言わんばかりの熱心な調べ方ですね。……違いますか、中尉殿?」
静寂に包まれた地下室の空気が、急激に冷たく、重たいものへと変わっていく。
私は可憐な少女の姿のまま、歴戦の傭兵の威圧感を乗せて、カウンター越しのネズミを静かに追い詰め始めた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
本作を応援してくださる方は、ぜひブックマークや下の評価【★★★★★】をいただけますと幸いです。
次回お楽しみに。




