第10話:エピローグ:英雄の正体を探れ
2章へ繋がるエピソードです
基地の上層階は、蜂の巣をつついたような大騒ぎになっていた。
無理もない。魔法が絶対の戦場において、魔力反応ゼロの謎の鉄塊が単機で現れ、敵の精鋭部隊を跡形もなくすり潰していったのだ。
あの極太の徹甲弾と、防壁ごと特級機を粉砕した悪魔的なまでの蹂躙劇は、彼らの常識を完全に破壊してしまったらしい。
(俺の耳にも、上の連中が『謎の援軍だ!』『いや、軍が秘密裏に開発した極秘兵器に違いない!』と喚き散らしているのが聞こえてくるぜ)
心の中のおっさんは、その的外れな推測の数々に呆れ果てて鼻で笑った。
現実の私はといえば、薄暗いアーカイブ室のカウンターに座り、いつも通り魔導水晶の整理作業を淡々とこなしている。ただ、十三歳の華奢な身体のあちこちが、重装甲機体を無理やり完全手動操作した反動でミシミシと軋みを上げていた。
(やれやれ。魔力アシストがない機動ってのは、この栄養失調気味の体には少しばかり刺激が強すぎたな)
(これじゃあ、明日にはひどい筋肉痛でベッドから起き上がれないかもしれねえぜ)
可愛い顔立ちの奥底で、老練な傭兵は湿布と葉巻を欲して盛大に舌打ちをする。とはいえ、基地が制圧されて自分が死体になるよりは何万倍もマシな結果だ。
私は無表情のまま、すっかり冷めきった泥水のような不味いコーヒーを喉に流し込んだ。
そんな平穏な地下室の空気を切り裂くように、バタンッ! と乱暴な音を立てて扉が開け放たれた。
息を切らして立っていたのは、数時間前まで私を「魔力ゼロの欠陥品」と見下していた若手のエリート騎士だった。
磨き上げられていた純白の軍服は泥と煤で汚れ、無駄にジャラジャラと下げていた勲章もひしゃげている。
だが、一番変わったのはその『目』だ。
傲慢さと特権意識にまみれていた瞳からはすっかり毒が抜け、代わりに何かにすがるような、熱を帯びた必死な光が宿っていた。
「……いらっしゃいませ。アーカイブ室へようこそ」
私は作業の手を止めず、透き通るような青い瞳で彼を見つめ返す。
「本日はどのような記録をお探しでしょうか。それとも、またご自身の『華麗な炎』の映像を鑑賞しに来られたのですか?」
わざとらしく、冷ややかな皮肉を込めて問いかける。
だが、エリート騎士は顔を真っ赤にして怒り出すこともなく、ただ震える唇を噛み締めていた。
そして次の瞬間、彼は信じられない行動に出た。
ガシャンッ! と重い音を立てて、大理石の床に両膝をついたのだ。そのまま頭を深く垂れ、軍の誇り高き魔法エリートが、魔力を持たない記録係の少女に向かって土下座の姿勢をとった。
「……教えてくれ」
床に額を擦りつけるような姿勢のまま、エリート騎士が絞り出すように声を震わせる。
「あの鉄の巨人を動かしていたのは、お前なんだろう……!? 声を聞いたんだ! 通信越しに、お前のあの冷たい声が……俺たちに的確な指示を出していた!!」
彼は顔を上げ、血走った目で私を見つめてきた。
「俺の華麗な魔法は、敵の泥臭い戦術の前に手も足も出なかった! 死を覚悟した俺たちを救ったのは……魔法陣一つ描けない、あの物理の暴力だったんだ!」
その言葉には、彼が信じて疑わなかった『魔法至上主義』という価値観が完全に粉砕された絶望と、新たな強者に対する圧倒的な畏怖が入り混じっていた。
「俺は思い知った! 自分が井の中の蛙だったということを! 魔法の威力に頼りきって、戦場の基本すら分かっていなかったただの馬鹿だったと!!」
「だから、頼む……! 俺に、俺たちに教えてくれ! お前がいったい何者なのか! どうすれば、あんな風に戦場を支配できるのかを!!」
なりふり構わず教えを乞う姿は少しばかり滑稽で、しかし同時に前線で命を張る者としての最低限の『生存本能』を取り戻したようにも見えた。
(……チッ。プライドをへし折られて泣きついてくるとは、随分と素直な坊やに成り下がったじゃねえか)
(だが、前線で背中を預けるなら、自分の弱さを知った奴の方がまだ使い道があるってのも事実だ)
心の中のおっさんは、口の端を吊り上げてニヤリと笑う。
しかし現実の私は、一切の表情を崩すことなく、ただ冷淡に彼を見下ろした。
「……人違いではありませんか? 私はただの魔力ゼロの欠陥品。地下でホコリを吸っているだけの、無能な記録係ですよ」
私はあえて、彼が私に投げつけた言葉をそっくりそのままお返ししてやる。
エリート騎士の顔が屈辱と羞恥で歪むが、それでも彼は引き下がらなかった。
「俺が間違っていた!! 魔力がないから無能だなんて、ただの驕りだった! 頼む、この通りだ! 俺を、いや俺たちをお前の『部下』にしてくれ!!
戦術でも、あの変態的な回避機動でもなんでもいい! 生き残るための術を叩き込んでくれ!!」
土下座の勢いで懇願する彼を、私は数秒間だけ無言で見下ろした。
やがて、小さく、本当に小さく息を吐き出す。
「……ここは軍の教練場ではありません。過去の記録を保管し、貸し出すためのアーカイブ室です」
私はカウンターの下から一枚の古びた羊皮紙を取り出し、彼の手元へと滑らせた。
「私から何かを学びたい、過去の戦術から生き残る術を得たいと言うのなら……まずはその紙に名前を書きなさい」
エリート騎士が顔を上げ、その紙を呆然と見つめる。
「こ、これは……?」
「貸出カードの登録用紙です。ここは記録係のカウンターですからね」
私が淡々とそう告げると、彼はハッとした顔になり、震える手で羽根ペンを握りしめた。
「書く! 書かせてくれ! 俺の部下全員の分も作らせてくれ!!」
必死になって用紙に名前を書き殴る彼を見下ろしながら、私は内心で悪びれた笑みを浮かべる。
(やれやれ。これでうるさい常連客が増えちまったな。まあ、あのポンコツ部隊を基礎から鍛え直すのも、老兵の暇つぶしには悪くないが)
男が急いで書き終えた登録用紙を受け取り、私は事務的な手つきでスタンプを押した。
「登録完了です。では、初心者向けの『実弾回避における基礎地形学』の記録水晶から貸し出しましょう。延滞は許しませんよ」
「は、はいッ! ありがとうございます、レイ管理官!!」
彼が水晶を抱えて逃げるように、しかしどこか嬉しそうに階段を駆け上がっていくのを見送る。
再び静寂を取り戻した地下室で、私は一人になった。
これで面倒な戦闘はしばらくお預けだ。元の平穏なカウンター業務に戻れる。そう思っていた。
だが、私は登録用紙をファイルに挟み込もうとした際、ふと別の『貸出履歴』の束に目が止まった。
「……ん?」
私の異常なまでの記憶力と情報処理能力が、ある一つの違和感を弾き出した。
ここ数週間の貸出履歴。
あのエリート部隊とは全く別の、とある輸送部隊のパイロットが、不自然な頻度で特定の『輸送ルートの警備記録』ばかりを借りていっているのだ。
(なんだ、この偏った履歴は。まるで、警備の『死角』を探り当てようとしているみたいじゃねえか)
心の中のおっさんが、葉巻を噛みちぎるように目を細める。
単なる勉強熱心なパイロット? いや、歴戦の傭兵の勘が、それは違うと激しく警鐘を鳴らしていた。
映像記録の貸出履歴から浮かび上がる、意図的な情報の抜き取り。これは間違いなく、軍内部の『横流し』か何かを企んでいる匂いだ。
「……やれやれ。泥臭いドンパチの次は、探偵の真似事ですか」
私は不審なパイロットの名前が記された貸出カードを指先で弾き、サファイアの瞳に冷ややかな光を宿した。
魔法使いどもは、証拠隠滅の魔法でも使えば完全に足がつくことはないと高を括っているのだろう。だが、映像に記録された物理的な矛盾は、私のこの目からは絶対に逃れられない。
「次の常連客には、少しばかり厳しい『査定』が必要になりそうですね」
薄暗い地下のアーカイブ室で、銀髪の美少女が獰猛な笑みを浮かべる。
魔力ゼロのポンコツ美少女と、その中身である伝説の老練傭兵の物語は、まだ始まったばかりだった。
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次回お楽しみに。




