第1話 魔力ゼロの記録保管係
新作です!
性癖全部入れてみました。
誰かに刺されば幸いです。
「君のような魔力ゼロのポンコツは、地下のホコリでも吸っていなさい」
士官学校の教官が鼻で笑いながら放ったその言葉が、私に向けられた最後の評価だった。
魔法至上主義であるこの王国において、生まれつき魔力を持たない人間は、文字通り「無能」の烙印を押される。結果として、私が配属されたのは日の光すら届かない地下の最下層だった。
王国軍・第8魔導記録保管庫。
通称「アーカイブ室」と呼ばれるそこは、前線から持ち込まれる記録を保管するためだけの、閑古鳥が鳴く薄暗い倉庫である。カビと埃の入り混じった、地下特有の淀んだ空気が鼻を突いた。
(……やれやれ。埃くさいのは嫌いじゃないが、硝煙の匂いがしない戦場ってのはどうも落ち着かねえな)
誰もいない静寂の空間で、私は心の中で深々とぼやいた。
ひんやりとした石造りの壁に寄りかかり、小さく息を吐き出す。
周囲には天井まで届く巨大な棚がいくつも並んでおり、そこには数え切れないほどの「魔導水晶」が無造作に詰め込まれていた。
とてもではないが、花の十代の少女が一日中過ごすような場所ではない。
ふと備え付けの小さな姿見に目を向けると、そこには透き通るような銀髪の少女がぽつんと立っていた。感情の抜け落ちた、サファイアのような青い瞳が私を見つめ返してくる。
栄養状態が悪かったのか、十三歳という年齢の割にはひどく小柄で華奢な体つきだ。前世の俺なら、片手でひょいと持ち上げちまうくらいに軽いだろう。支給された軍服はサイズが合わず、肩のあたりが不格好にダボついている。
誰が見ても「庇護欲をそそる、可憐でポンコツな美少女」にしか見えないだろう。だが、この見かけに騙されてはいけない。私、レイ・アルジェントの頭の中には、全く別の記憶がどっかりと居座っているからだ。
泥と血に塗れた戦場を這いずり回り、実弾と硝煙の匂いに包まれて生きてきた、前世の記憶。魔法なんていう、ファンタジーで便利なものは存在しない世界。
頼れるのは分厚い装甲と、己の身体に染み込ませた技術だけだった。
完全手動操作の操縦桿を握り潰す勢いで握り、最新のAIアシストすら「機械の予測なんざ信用できるか」と切り捨ててきた。油まみれの旧式機体を相棒に、最前線を渡り歩いた歴戦の老練な傭兵。
それが、私の前世だった。
(酒も葉巻もねえ。おまけに頼みの綱のコーヒーは、泥水みたいに薄くて不味いときた。最悪の環境だな)
可愛い顔立ちの奥底で、心の中のおっさんは盛大に舌打ちをする。前世で死に、気付けばこの異世界でレイという少女として生を受けていた。魔力がすべてのこの世界で、魔力ゼロの私は当然のように虐げられてきたわけだが。
「……はあ。そろそろ仕事を始めますか」
私は無表情のまま、淡々とした声で呟く。
口から出るのは、鈴を転がすような高く可愛らしい少女の声だ。この可憐すぎる声と外見のギャップには、いまだに自分でも慣れない。
(まあ、最前線でろくに索敵もできないお坊ちゃん達に背中を預けるよりはマシだ。このホコリまみれの地下室の方が、生存率は何倍も高いからな)
私はギシギシと鳴るパイプ椅子から立ち上がり、今日の業務に取り掛かることにした。カウンターの奥には、無数の魔導水晶が棚にずらりと並べられている。
これらはすべて、前線から持ち込まれた機体の戦闘記録だ。
いわゆる、前世で言うところのドライブレコーダーのようなものである。
パイロットの視界、機体のマナ残量、魔法陣の展開速度、そして敵の動き。それらすべてが、この水晶の中に映像データとして保存されている。
私の仕事は、これらを再生して内容を確認し、目録を作って保管することだ。
文字にすれば単純な、魔力を持たない欠陥品に押し付けられた底辺の雑用である。だが、情報というものは戦場において、命の次に重い価値を持つ。
「さて。今日の『お遊戯会』の映像でも見せてもらいますかね」
手近な水晶を一つ手に取り、再生用の魔導具にセットする。
カチリと小気味良い音がして魔導具が起動し、空中に淡い光が浮かび上がった。ホログラムのような立体映像が、薄暗い部屋に鮮明に展開される。
映し出されたのは、王国軍の若手エリート騎士が搭乗する、煌びやかな最新鋭魔導機の視界。無駄に装飾が施された、実戦向きとは思えない派手な機体だ。対峙しているのは、隣国が運用する無骨で泥臭い量産型機体である。
『見よ! 我が華麗なる炎の恩寵を!』
通信記録から、エリート騎士の自信に満ちた声が響く。いや、自信というより、自分の力に酔いしれた過剰なまでに傲慢な声だ。戦場でこんな大声を張り上げていれば、真っ先に狙撃兵の的になるだけなのだが。
映像の中の魔導機が、優雅な動作で右腕を空高く掲げる。
空中に複雑な幾何学模様の魔法陣が、三層に渡って展開された。周囲のマナを急激に収束していく、眩い光のエフェクトが画面を派手に舞い踊る。
(……遅い。そして、無駄に目立ちすぎるな)
私は心の中で、即座に冷酷なダメ出しをした。
(魔法陣を展開して、狙いをつけて、発射するまでに約三秒。実戦でそんな特大の隙を晒してどうするつもりだ。案山子でも相手にしているのか?)
(私なら、その三秒の間に泥臭いステップでゼロ距離まで肉薄している。そして、無防備なコクピットに徹甲弾を三発は叩き込んでいるぞ。遅すぎてあくびが出るぜ)
魔法使い特有の、美しくも無駄な動作。
あんなにピカピカと光らせていたら、「ここを撃ってください」と自分から標的になっているようなものだ。だが、映像の中の敵機は、律儀にもその魔法が完成するのを待っていた。
やがて放たれた巨大な炎の塊が、敵機に向かって一直線に飛んでいく。そして目標に直撃し、派手な爆発と土煙を巻き起こした。画面全体がオレンジ色の光に包まれ、センサーが一時的に麻痺する。
『はっはっは! 見たか、我が魔力の前に敵など塵に等しい!』
エリート騎士の下品な高笑いが響き、映像はそこで終わる。
水晶に添付された記録簿には、達筆で誇らしげな文字が踊っていた。
「敵機一機撃破。我が部隊の完全勝利」と。
「……バカバカしいですね。本当に誰も気づいていないのでしょうか」
私は無表情のまま、水晶の表面を指でなぞる。映像を数秒だけ巻き戻し、爆発が起きる瞬間の映像を止めた。
そして、システムを操作してコンマ一秒単位のコマ送りに切り替える。
私の前世で培われた、異常なまでの動体視力と空間把握能力。それは、この可憐な少女の濁りのない眼球を通して、さらに鋭さを増している。
魔法のエフェクトに誤魔化されることなく、私は真実だけを抽出した。
(ほら見ろ。炎が着弾するコンマ二秒前だ。敵機は自身の外部装甲を、意図的にパージ(切り離し)している)
コマ送りの映像を、サファイアの瞳を細めて睨みつける。
爆発したのは機体そのものではなく、その切り離された装甲の表面だけだ。派手な炎は、ただの目眩しに過ぎない。
(爆発の煙に紛れて、素早く後方へと飛び退く敵機の本体が、画面の隅にわずかに映り込んでいるじゃねえか。これを見逃すなんて、節穴どもめ)
敵は倒されたのではない。
わざと派手な魔法を撃たせて、自分の装甲を囮にして無傷で生き延びただけだ。しかも、それだけではない。私はさらに映像の細部を容赦なく分析する。
敵機が後退したルート。
地面に残された足跡の深さと、飛び退いた際のスラスターの吹かし方。さらには、周囲の地形データと照らし合わせる。
(機体の重心が、不自然なほど後ろに偏っている。あらかじめ後ろに下がる前提の機動だ。咄嗟の回避じゃない、完全に計算されている動きだ)
こいつら、自分たちが「魔法の威力に押されている」ように見せかけているだけだ。そして、調子に乗った王国軍のエリート部隊を、特定のルートに誘い込もうとしている。後退しながら、確実に相手の戦力を削るための布石。
完全な戦術的撤退。
その先にあるのは間違いなく、徹底的に計算されたキルゾーン(伏兵の罠)だ。谷間か、あるいは市街地の廃墟か。どちらにせよ十字砲火を浴びる地形だろう。
(やれやれ。魔力だの血統だのと威張っているくせに、実弾の弾道計算一つできない連中ばかりだ。基礎的な戦術すら忘れてやがる)
私は深くため息をつき、水晶を乱暴にケースに放り込んだ。
カツンと乾いた音が、静かな地下室に虚しく響く。
このままいけば、このエリート気取りの部隊はどうなるか。
数日後の出撃で、間違いなく全滅するだろう。
罠に誘い込まれ、自慢の魔法を撃つ暇も与えられないまま、四方からの集中砲火を浴びる。そして、あの煌びやかな機体は、ただの鉄クズと肉片に変わるのだ。
(まあ、私には関係のないことだ。忠告したところで、魔力ゼロの欠陥品の言葉なんて誰も信じないだろうしな)
私がそう思いながら、次の水晶に手を伸ばそうとした。
その時だった。
カツン、カツン。
地下へと続く石階段から、わざとらしいほど大きな足音が響いてきた。軍靴の踵を意図的に鳴らす、他者への威圧を目的とした下品な歩き方だ。
「おい! 記録係の無能はいるか!」
鼓膜を突くような、ひどく傲慢で甲高い声。
階段を下りてきたのは、磨き上げられた純白の軍服に身を包んだ若い男だった。無駄に整った顔立ちには、隠しきれない特権意識がへばりついている。
胸にはジャラジャラと、実戦の役には立たない勲章をぶら下げている。先ほど私が映像で見ていた、あの「華麗な炎」を撃っていたエリート騎士だ。
わざわざこんな地下まで、何のご用件だろうか。
「全く。なぜ俺のような最前線の英雄が、こんなカビ臭い地下まで足を運ばねばならないのだ」
男は私のことなど、路傍の石ころ程度にしか視界に入れていない様子だ。苛立たしげにカウンターをバンバンと叩き、甲高い声で喚き散らす。
「お前みたいな魔力ゼロのゴミと同じ空気を吸うだけで、吐き気がする。さっさと俺の今日の輝かしい戦闘記録を出せ」
男は私の顔をねめつけ、見下すように鼻で笑った。
「大広間のスクリーンで、他の連中に俺の圧倒的な魔法を見せつけてやるのだからな!」
私は心の中で、深く、深くため息をついた。
(……ちょうどいい。死体になる前のツラを、よく拝ませてもらおうじゃねえか)
心の中のおっさんは、シニカルな笑みを浮かべて存在しない葉巻をふかしている。しかし、現実の私は可憐な表情筋を一切動かさない。
ただ淡々とした、人形のような完璧な敬語で口を開いた。
「いらっしゃいませ。アーカイブ室へようこそ」
透き通るような青い瞳で、エリート騎士の顔を真っ直ぐに見つめる。そして、カウンターの上に先ほどの魔導水晶をコトリと置いた。
「あなたの輝かしい戦闘記録ですね。ええ、もちろんご用意しておりますよ」
相手の傲慢な態度を涼しい顔で受け流す。
私の従順な言葉に、エリート騎士は満足そうに顎を反らした。私は水晶に手を添えたまま、一切の感情を込めずに言葉を続ける。
「――あなたが次に死ぬ予定の、その場所の記録とともに」
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次回お楽しみに。




