異界トラック
遥か昔に書き殴ったもの
とあるパーキングのトラックの運転席、大きなアラームの音に身体をビクつかせ、ゆっくりと男は身体を起こす。
アラームを消し、トラックから降りると深呼吸を2、3度繰り返し大きく背伸びをする。
現在の時刻は午前4時半過ぎ、5月になりだいぶ暖かくなってきてはいるが朝方はまだ肌寒く、男は体を震わせながら自販機の方へ歩き出す。
この男の名前は八瀬賢治、運送会社でトラック運転手をしている。昨日県外へ荷物を運搬し、今は帰る途中にパーキングで仮眠をとりつつ夜を明かしていた。
こういった一日以上かけて運搬することはザラでこのパーキングも八瀬がよく利用している場所の一つである。
八瀬は自販機の前に立つと自然な流れでいつもの缶コーヒーを購入した。
「はぁ、うめぇ...」
思わず口からため息と共に言葉を溢し、そのままコーヒを片手に紙タバコで一服する。休憩中や寝起きの時には必ずこの一連のルーティーンを八瀬は行う。
これは八瀬が大切にしているジンクスの一つであり、彼曰く、眠さ対策兼事故を起こさないためのものらしい。
彼に限らず、トラック運転手はこのように事故防止のためにジンクスを大事にしていることが多い。
「..っし!頑張りますか!」
いつものルーティーンを終え、再度大きく背伸びをしながら彼はトラックの運転席に戻って行く。いつの間にか、薄暗かった空には日が昇り、明るくなっていた。
***
「出向ですか、俺が?」
「そうです、急で申し訳ないですがお願いできないでしょうか?」
八瀬が会社に戻ると事務の上林に呼び出され、急に出向を伝えられた。帰ってきたばかりなのと、本当に急な連絡だったため八瀬は思考が追いつかずに、しばしぽかんとしていた。
しかしそれも上林の声によりすぐに現実に引き戻される。
「八瀬さん、聞いてますか?」
「ああ、ごめん。ちょっと急な話で驚いて」
「まあ、しょうがないですよね。帰っていきなりですし、もう一度最初から説明しますね」
上林の説明によると、別部署のドライバーが立て続けに退職やらなんやらで、人数が足らなくなって荷物の配達が滞ってしまっているらしい。
そのため、別部署から新たに人員を補填するまでの間、代わりのドライバーを派遣することになったというわけだ。ただでさえきつい仕事であるトラック運転手業界では退職や身体を壊してしまうなんてことは珍しくない。
職業柄これは仕方がないと思いつつも、八瀬は長時間の運転でくたびれた身体がさらに重くなるように感じた。
「しかし、なんで俺なんです? 他の人じゃダメなんですか?」
「その出向先がDなんだよね〜、ほら、八瀬さんAの前はDにいたから仕事も覚えてるだろうし即戦力になるだろって上の方から言われちゃって」
「ああ、そゆことね。納得だわ」
Dは八瀬が今の部署「A」の前に所属していた部署であった。元々は入社時からDの所属であったが、大型トラックのドライバーの方が稼ぎがいいのと、当時たまたま空きができたため2、3年前に異動したのだ。
なぜ自分なのか腑に落ちた八瀬はふうとため息を吐きつつも、出向先が古巣だと知り、少しだけ身体が軽くなるように感じた。
***
Dへの出向を命じられて翌日、八瀬は懐かしの古巣へと赴いていた。
「ここにくるのも久しぶりだな」
倉庫にはドラッグストアなどに搬入する用の日用品などが山のように積み上げられていた。
Dは主に県内のショップへの運搬を中心に行う事務所である。馴染みのある久しぶりの光景に思わず笑みをこぼしていると、八瀬にとって懐かしい顔の人物が近づいてきた。
「八瀬くん久しぶりだね!」
「黒須さん! 本当に久しぶりですね!」
「八瀬くんがAに異動になって以来だから3年ぶりくらいじゃないかな、しかし、見ないうちにまたゴツくなったんじゃない?」
「あはは、そりゃ毎日のように重い荷物運んでますからね。黒須さんこそまた丸くなりました?」
「いやぁ、医者にこれ以上太ると精密検査必要になりますよってこの前言われたばかりだよ。家内も禁酒しろって最近口煩くて大変だよ」
そういって狸のように丸く出張ったお腹を揺らしながら笑う黒須と呼ばれた中年男は八瀬と同じドライバー仲間の一人だ。八瀬がDに昔いた頃からの中で新人の頃から何かとよくしてくれた人物でもある。
「しかし、八瀬くんが来てくれるなんてほんと助かったよ! 知っての通り人手が足りなくてね、かなり困っていたんだよね」
「話は大体聞いてますよ、大変だったみたいですね」
「そうなんだよ、おかげでこっちにまで皺寄せが来ちゃって。ここんとこかなり忙しくてさぁ」
「とりあえず、新しい人が見つかるまでは僕が代わりに頑張りますんでまたよろしくお願いしますね」
「ああ、よろしくね! 今夜辺り久しぶりに一杯いっとく? 他の連中も交えてさ」
「禁酒しろって言われてるんじゃなかったんですか? また奥さんにどやされますよ」
「ちょっとにするから大丈夫だよ〜、最近周りがうるさくて全然飲めてないだ」
仕方ないですねと八瀬は苦笑しながら黒須と今夜の約束を交わし、久しぶりの再会にしばらくの間談笑をしていると、続々と人が集まり、また顔馴染みを見つけて久しぶりの旧友たちとの再会に八瀬は心を踊らせてた。
しばらくすると、倉庫の担当者と思われる人物が今日の仕事内容が書かれているであろうファイルを片手につかつかと歩いてきた。
この担当者は八瀬には覚えがないため、おそらく八瀬が異動した後に来た人物だろう。髪の毛は七三分けでしかセットし、目を開けているのかわからないほどの猫目で銀縁のメガネをかけている、いかにも真面目そうな人物であることが窺えた。
彼は全員を一瞥し、人数を確認すると書類に目を通しながら本日の業務内容について説明を始めた。
「以上が本日の振り分けになります。最後に今日からヘルプで出向されてきた皆さんの運転するトラックなのですが〇〇さんは3番、〇〇さんは... 、最後に八瀬さんは9番でお願いします。では本日もよろしくお願いします」
言い終えると、猫目の担当は何か逃げるようにいた道を早歩きで戻っていった。八瀬はその後ろ姿に何か違和感を感じながら見ていると、自分の周りが何やら騒がしいことに気づいた。
一体どうしたのかと周りを見ようとすると、黒須が後ろから肩を叩いてきた。腹は出ていても、だてに長年ドライバーをしているだけあって腕の筋肉は丸太のようになっている。
そのため黒須本人は軽く叩いているつもりでもかなり痛い。
「まあなんだ、あんまり噂なんか気にすんなよ。なんかあったら相談になるからさ」
いきなりかけられた不穏な言葉に、なんのことだと八瀬は疑問に感じた。
「それって一体どう..」
「そうだぜ、八瀬! 俺らもなんかったら相談のるぜ!」
「おう、あんま気にすんなよ!」
八瀬の言葉は他の仲間たちの謎の励ましによって遮られる、そして再度質問する暇もなくそそくさと彼らはさあ仕事だと言わんばかりに散ってしまった。
八瀬は担当者や仲間たちの急な態度に驚きを隠せず立ち尽くしていたが、仕事に遅れてはならないとハッとし、自分も動き出す。
9番車へ向かい、荷積みを済ませ運転席へ乗り込む。
車内を見回すが、これといっておかしな点は見当たらない。
車の外装もごく普通の他のトラックと遜色ない。
八瀬は何かあるのかと思いつつ、考えすぎだと頭を左右に揺らしエンジンをかけた。
一抹の不安を抱きつつ八瀬は久しぶりの仕事をこなそうと気持ちを切り替えた。
Dの人手不足の原因がこの9番車だということは知らずに...
そして9番車は動き出す。




