第五話 焼きそば。
放課後だった。
少女は、いつもの帰り道を外れ、細い路地に入り込んでいた。
理由は特にない。
ただ、今日は家に帰りたくなかった。
スマホを見ても、通知はない。
誰にも、待たれていない。
――別に、いいけど。
そう思おうとして、できなかった。
ふと、顔を上げる。
そこに、灯りのある店があった。
看板はない。
だが、なぜか「入っていい気がした」。
ドアを開けると、カウンターと、黒猫が一匹。
「……あ」
思わず声が漏れる。
猫は何も言わず、こちらを見る。
少女はランドセルを足元に置き、カウンターに座る。
少し背伸びをしないと、足が床に届かない。
店内には、静かな音楽が流れていた。
知らない曲なのに、落ち着く。
キッチンから、鉄板の音がする。
黒猫が、そこにいた。
ジュウ、という音。
立ち上るソースの匂い。
目の前に置かれたのは、焼きそばだった。
青のりがかかり、紅しょうがが端に添えられている。
「……いいの?」
猫は答えない。
ただ、尻尾がゆらりと動いた。
少女は箸を取り、一口食べる。
熱い。
思わず、息を吸う。
次の瞬間、胸の奥が、少しだけ軽くなった。
今日、友だちと喧嘩したこと。
先生に当てられて答えられなかったこと。
どうしてか、全部、大したことじゃない気がした。
「……逃げちゃ、だめかな」
誰に向けた言葉でもない。
でも、言葉にしたかった。
猫は、黙っている。
焼きそばを食べ終える頃、
少女はランドセルを抱きしめていた。
「ごちそうさまでした」
財布はない。
代わりに、ポケットから小銭を数枚出し、カウンターに置く。
足りているかどうか、分からない。
立ち上がり、ドアの前で振り返る。
「……また、来てもいい?」
猫は答えない。
ただ、目を細めたように見えた。
外に出ると、空はまだ明るい。
振り返ると、店はもうなかった。
でも、少女は慌てなかった。
「……大丈夫かも」
そう呟き、
少しだけ背筋を伸ばして歩き出す。




