祝宴に立つ異物
数日が過ぎた。
婚約発表パーティーは華やかに開かれ、
城の大広間は光と音と祝辞で満ちていた。
イリスは微笑んでいた。
その微笑みは、誰とも衝突せず、誰にも触れさせないための完璧な仮面。
「おめでとうございますわ、イリス様」
「次期王妃にふさわしいお方ですな」
「これで王家も安泰でしょう!」
耳に届く言葉は祝福ばかりなのに、
胸の奥には冷たい水滴が落ちていくようだった。
(……いた。)
その瞬間、心臓の奥でひやりと電流が走った。
大広間の喧騒から切り離された、暗がりの階段。
そこに――ルカと同じアクアマリンの瞳を持つ男が立っていた。
銀に近い灰色の髪。
涼やかな顔立ち。
そして、笑っているのか見下しているのか分からない、薄い唇。
(見つけた。
……違う。ずっと“見られていた”のよね。)
イリスはドレスの裾を揺らし、ゆっくりと歩み寄る。
近づくほどに、パーティーの音が遠のいていく。
その男だけが、祝宴に混じってはいけない“異物”だった。
まるで満場の賛辞の中、ひとりだけ血の匂いを纏った獣が紛れ込んでいるみたいに。
イリスが一礼すると、男は淡く微笑んだ。
だがそれは、温度のない氷がひび割れただけの表情だった。
「ご挨拶が遅れましたわ。
王家のご親族でいらっしゃるのかしら?」
アクアマリンの瞳が、わずかに細められた。
その色はルイと同じはずなのに、
どこまでも深く、底が凍るように冷たい。
「ええ。
あなたとは初めまして――ということにしておきましょう」
「……?」
その含みを読もうとした瞬間、男は胸に手を当て、一礼した。
声は低く、澄んでいて、どこか禍々しさが混じっていた。
「王弟。
ヴァルト・グレイ=オルディア」
イリスの心臓がひとつ跳ねた。
――グレイ(灰)。
王族でありながら、王家の金でも王太子の青でもない。
曖昧で、不吉で、どこにも属さない色。
それはまるで、
“王宮に潜むもう一つの権力”
その象徴のように響いた。
ヴァルトはイリスを見つめ、薄く笑んだ。
「イリス・グランディア公爵令嬢。
あなたが――どこまで知ってしまったのか」
イリスは喉が乾くのを感じながら、細く息を吸った。
(……気づかれてる。)
男の瞳が揺れる。
アクアマリンの底で、巨大な渦がゆっくりと息をしていた。
「興味があるのです。
あなたが見た“真実”にね」
祝宴の音が完全に遠のく。
敵か味方か――そんな単純な言葉では括れない。
その立ち姿だけで、この男が
“この国の均衡を揺るがす存在そのもの”
だと理解できてしまう。
イリスの背筋を、冷たいものがするりと撫でていった。




