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処刑台から始まる、狂人令嬢の記録  作者: 脇汗ベリッシマ
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誰にも言えない涙

イリスのすぐ背後で、

ずっと状況を見ていたガルドは、

彼女の肩がかすかに震えているのを見逃さなかった。


爆音や怒号の中、

イリスだけがまるで別の世界に取り残されている。


そっと、ガルドは横へ歩み寄った。

戦場の気配に慣れた足取りでも、

“このイリス”にだけは音を立てたくなかった。


「……イリス」


返事はない。

月明かりの下。

血飛沫に濡れた地面。

その中心で、イリスはひとり、凍りついたまま立っていた。


まるで傷ついた子どもみたいに、

世界から置き去りにされたような横顔だった。


ガルドは眉を寄せ、

再度声をかけた。


「イリス……

血とかさ、拭かねーと。

せっかくの可愛い顔が台無しだぜ?

……あと、ルイ迎えに行かなきゃだろ」


たったそれだけ。

いつも通りの、少し不器用な声。


その声が、イリスを現実へ引き戻した。


振り返った彼女の瞳は、

静かにひび割れていた。


ガルドが何か言うより早く――


イリスは胸に飛び込んだ。


「……っ」


小さな衝撃に目を見開いたガルドは、

咄嗟に腕を浮かせたまま固まる。


耳元で、震える声が落ちてきた。


「ねぇ、ガルド……

ルイのことも……

さっき男から聞いたことも……

ぜんぶ……私とあなたの秘密にして。

誰にも言わないで……お願い」


あの凛とした声が、

今はどこにもない。


ただ必死で、掠れた小さな願いだけ。


ガルドは戸惑いを隠せず、喉を鳴らした。


「お、おう……

わかった。言わねぇよ。

誰にも言わねぇ」


その返事を聞いた瞬間だった。


イリスの身体から、

すべての緊張がほどけ落ちた。


糸が切れたように、

彼女の指がガルドの服を握りしめる。


そして――


ぽたり、と。


最初の涙が、ガルドの胸元に落ちた。


「……っ、ぁ……っ」


声にならない声。

震える息。

止めようとして、止められない。


涙はひとつ落ちれば次を呼び、

堰を切ったように溢れ出す。


ガルドには、理由がわからなかった。


なぜイリスがこんなに泣くのか。

誰が彼女をこんなにも傷つけたのか。

何が彼女の心を折ったのか。


わからない。


わからないのに――

抱きしめ返す腕だけは、迷わなかった。


「……イリス」


ぎこちなく、でも優しく。

彼は片腕を彼女の背に回し、

もう片方の手でそっと頭を撫でる。


荒い呼吸で濡れたイリスの肩が、

震えて震えて、止まらない。


ガルドはただ黙って受け止めた。


彼女が壊れそうなほど泣く理由を、

知れないままに。


だけど。


胸の中のイリスが残した涙の熱だけが、

“何か恐ろしく大きなものに触れてしまった”

その事実を、無言で物語っていた。


夜風が小屋の隙間を抜け、

二人の間の沈黙だけがやけに深く響いていた。


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