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処刑台から始まる、狂人令嬢の記録  作者: 脇汗ベリッシマ
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捕らわれ役は、彼女だった

茂みの向こうから、足音がこちらへ駆けてくる。

暗がりを裂いて飛び出してきたのは――

金糸の髪を乱した、ひとりの少女だった。


「助けてください!」


息を切らし、涙をにじませたその姿に、

男たちは一瞬で顔を綻ばせる。


「おぉ……どう“されました”かねぇ、お嬢ちゃん」


声の湿り方がいやらしい。

誰の目にも、下卑た笑みを隠す気がないのは明らかだ。


少女――イリスは、震える肩を抱えながら言った。


「へ、変な男に追われていて……」


「そりゃ大変だ」


男は近づくと、同情を装った手つきで少女の背に触れ、

次の瞬間――

ごつん、と 手刀を首元にひとつ叩き込んだ。


イリスの身体が、糸の切れた人形みたいに崩れ落ちる。


「こいつは上物だな」

「へへっ、これならあのガキより高く売れるぞ」

「少し味見でも――」


「馬鹿言うな。手ぇ出したら俺らの首が飛ぶ。

 とっとと馬車に放り込め」


男たちは慣れた手つきでイリスを抱え上げ、

馬車の中へと無造作に放り込んだ。

その音が静かな森に鈍く響く。


ーーその一部始終を、木陰から見ていたガルドは、

奥歯を噛みしめた。


(……本当にやりやがったな)


そして脳裏に浮かぶのは、数分前のイリスの言葉。


『中に子供たちがいるかもしれない。

 だからあの子達の前では、

 血は絶対に流しちゃダメ。

 私が潜入してくる。

 敵が全員揃う瞬間その時があなたの出番よ」


にこっと笑いながら、

まるで「お使いに行ってくるね」くらいの軽さで言うイリス。


しかし内容は、笑えない。


(なんでこの方法なんだよ……!)


ガルドは苛立ちに舌打ちした。

不安と怒りと、そして信頼が入り混じった音だった。


「……ったく。

 お前はいつも、俺の心臓だけ持ってくな」


彼は剣の柄に軽く触れ、

まるで“行く準備はできてるぞ”と伝えるように握りしめた。


闇の向こう、馬車に潜り込んだイリスへ――

その気配が届くはずもないのに。



馬車の中に、イリスの身体がどさりと投げ込まれた。

すぐさま扉が閉じられ、外側から太い閂がドスンッと下りる。


暗闇が支配する狭い空間。

土と汗と、かすかに涙の匂いが混ざっている。


イリスはうつ伏せのまま、首元をさすりながら小声で呟いた。


「……いったぁ……。

 首に仕込んだ石板、入れておいて正解ね。

 なかったら気絶どころじゃ済まなかったわ」


やがて目が闇に慣れはじめる。

薄ぼんやりと形を帯びたのは――

手錠をかけられ、壁際で身を寄せ合う十数人の子供たち。


怯えで瞳は揺れ、顔は泣き腫らし、

こちらを見る視線には“絶望”と“警戒”が混じっていた。


そんな中で、イリスは突然ひょいと身を起こし、

軽い調子で手を振った。


「こんばんはー。

 助けに来たのに、まさか捕まっちゃったわ。

 あはは、ほんと私ってツイてないわね?」


あまりにも明るすぎる声に、

子供たちは“何を言ってるのこの人”という目で固まる。


沈黙を破ったのは、

頬を腫らした小柄な少女だった。


「……あいつらからは、逃げられないよ」


その声は震えていて、

諦めが喉の奥にこびりついている。


イリスは一瞬だけ真顔になり、

すぐにふっと柔らかく微笑んだ。


「出会って二分ぐらいの私が言うのも変だけどね――

 逃げられるわよ。絶対に。」


子供たちが息を呑む。

イリスは胸に手を当て、誓うように続けた。


「私と、外に待ってる仲間が、

 あなたたちのヒーローになってみせる。

 だからこれから言うこと、ちゃんと聞いてね?」


イリスは声を低くし、周囲を見回しながら囁いた。


「……大丈夫。あなた達なら出来るわよ」


暗闇の中で、子供たちの瞳に、

かすかな光が戻っていった。




男たちがイリスを馬車へ放り込んでから少しして、

森の奥から、乾いた蹄の音が近づいてきた。


コツ、コツ、コツ――。


その音を聞いた瞬間、周囲の男たちの顔色が変わる。


「……来やがった。親玉だ」


「おい、整列しろ。

 機嫌損ねたらマジで殺されるぞ」


慌てて煙草を踏み消し、背筋を伸ばし始める部下たち。

先ほどまでニヤけていた男さえ、

まるで蛇に睨まれた蛙みたいに青ざめている。


ガルドは木陰から、小さく低く呟いた。


「……やっぱり上がいたな」


そして次の瞬間、

闇の切れ目から一騎が姿を現す。


黒馬にまたがった大柄な男。

肩には粗雑な毛皮。

腰には軍用級の剣。

ただの人買いのスケールではない。


その存在だけで、周囲の空気がずしりと沈む。


その“ボス”らしき男が馬を止め、

部下たちを鋭く見下ろした。


「……例のガキはどうした」


こじ開けるような声。

答えに詰まった部下を、冷たい目で射抜く。


「…すいやせん、まだ見つかっていなくて

…ただ代わりを捕まえたんです。

 今、馬車に――」


「代わりぃ?」


ボスはゆっくり馬車に視線を向ける。

中には、倒れたふりを続けているイリスがいる。


ガルドの背筋に、冷たいものが這い上がった。


(やべぇ。こいつ、ただの人さらいじゃねぇ)


でも、それでこそイリスの言った通りになる。


“敵が全員揃う瞬間”——

ここが、一気に叩き潰す最高のタイミング。


木陰でガルドは呼吸を整えた。


「…やるしかねぇ…」

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