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処刑台から始まる、狂人令嬢の記録  作者: 脇汗ベリッシマ
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祭りの夜に、騎士は剣を抜く

祭りの喧騒が最高潮に達し、

イリスとガルドが屋台の灯りを楽しんでいたその時――


ふと、イリスが足を止めた。


「……ガルド、あの子」


少し先の物陰。

屋台の明かりが届かない影の中に、

小さな影がしゃがみ込んでいる。


5歳ほどの男の子。

ぼろぼろの服、泥の付いた膝、

お祭りに来た子供とは明らかに違う。


ガルドもすぐに察した。


「あの年で一人か……普通なら孤児院のはずだけど、

身なりが……おかしいな」


イリスは決意の目でガルドを見る。


「少し話しかけてもいいかしら?」


「当たり前だ」


二人はゆっくりと男の子に近づいた。


イリスは膝をつき、そっと目線を合わせる。


「こんにちは。

 こんなところで、なにしてるの?」


しかし男の子は、顔を伏せたまま震えているだけだった。


イリスとガルドが視線で合図を交わす。


するとガルドが、少年の前にしゃがみ込み、

あえて明るい声を出した。


「よーし!こんなとこでどうした?

 父ちゃん母ちゃんは?

 俺こう見えて騎士だからな。

 『助けて』って言ってくれたら全力でお前のヒーローになるぜ?」


その瞬間、男の子がゆっくりと顔を上げた。


光が当たる。


瞳が――

透き通るアクアマリンのように澄み切って、美しかった。


イリスは息を呑む。


(……なんて綺麗な瞳……)


「……き、騎士さま……?」


「そうだ。俺はガルド。

 で、こっちがイリスだ。

 お前、名前は?」


「……ルイ」


小さな声で名乗ったあと、

ルイはさらに勇気を振り絞ったように口を開いた。


「……あのね、助けてほしいの。

 ぼく……逃げてきたの」


ガルドの眉がわずかに動いた。


「どこから逃げてきた?」


「……孤児院。

 だって……お兄ちゃんも、お姉ちゃんも……

 あいつら、ひ、ひどいところに僕たちを……売るんだ」


イリスの表情が一瞬で変わる。


(売る……?まさか……)


二人は視線を交わした。


「ルイ、詳しく教えてくれる?」

イリスが優しく問いかける。


ルイは震える声で続けた。


「夜中に……黒いフードの男の人たちが来て……

 職員さんにお金を渡して……

 子どもを連れていくの。

 連れていかれた子は、帰ってこない……」


「抵抗したら、殴られる。

 ぼくも……馬車に乗せられそうになったけど……

 逃げてきたの。


 馬車の中……いっぱい子どもがいたの。

 手に……手錠をつけられて……」


その瞬間。


ガルドの拳が、音もなく握りしめられた。


ギリッ。


「……なぁイリス。

 これってまさか……」


「えぇ。

 ――人攫いね。この国では重罪」


ガルドの青筋が浮く。


「ふざけんなよ……子どもを……?」


イリスは立ち上がり、

ガルドの腕に手を添えながら、楽しげに微笑んだ。


その笑顔は“戦闘前のイリス”の笑顔。


「ねぇガルド?

 私と――面白いこと、しない?」


ガルドはイリスの笑みに同じ温度で応える。


「考えてることが同じなら……

 最高だな。


 ――やるか」


二人の影が月明かりで並び、

静かに、確実に怒りを燃やし始めた。


ルイはその背中を見上げ、小さく呟いた。


「……騎士さま……

 本当に、ぼくを……助けてくれる……?」


ガルドは迷いなく振り返った。


「当たり前だ。

 ルイ、お前はもう一人じゃねぇ。

 俺とイリスがついてる」


イリスはルイの頭を優しく撫でた。


「さぁ、ルイ。

 悪党を捕まえに行きましょ?」


祭りの灯りがふっと揺れ、

三人の物語が、静かに動き始めた。



商館の入り口で、オズが両手を腰に当てて盛大にため息をついていた。


「んでどうして俺なんだよ。

 お前、今日デートじゃなかったのかよ?」


不機嫌そうに言いながらも、

その視線はイリスよりも――彼女の後ろに隠れている小さな男の子に向いている。


イリスは優しくかがみこんで、ルイの肩を軽く押した。


「ごめんね、ルイ。ここから先は危ないことがいっぱいなの

 中に入ってていいわよ。

 ここは私が、いちばん信用している人の場所なの。

 あったかいお茶と……甘いお菓子もきっと出てくるから」


ルイは不安そうに頷き、そろりと中へ。


その背中を見送ってから、イリスはくるりとオズに向き直る。


「しょーがないのよ!いろいろ事情というものがあってね。

 ……子どもの記憶を汚したくないじゃない?」


悪びれずクスクス笑うイリス。

オズは頭をかきむしった。


「お前……またなんかに首突っ込む気だろ」


「っ!?」


図星を刺されて、イリスがぴしっと固まる。


「はぁ~~……またかよ。

 お前さぁ、公爵令嬢って自覚、どこ置いてきた?

 怪我だけはすんなよ」


「ありがとう、オズ。

 お土産は何がいい? お酒?甘いもの?宝石?」


「お前の無事」


ぽつりと言ったオズの言葉に、イリスはきょとん。


すぐに、ふわっと笑って答えた。


「任せて」


その後ろで、ガルドが軽く会釈する。


「こいつ無茶ばかりするんで……頼みます」


「はい。任せてください」


短い会話に、男同士の妙な連帯感が流れた。



商館を離れて歩き出してしばらく。


ふいにガルドが声を落として言った。


「なぁ……イリス?」


「どうしたの?」


ガルドはどこか言いにくそうに、耳まで赤くして俯く。


「あの……オズって人、

 その……お前の……か、れ……

 かれ……し……ってやつ、か?」


イリスは一瞬ぽかんとした顔をしたあと――

ぷっと吹き出した。


「なに言ってるの?面白いわね。

 違うに決まってるじゃない」


「え? いや……だって……

 この前、男と腕組んで露店の前を歩いてたって隊長が……」


「え!?腕組んで……?

 あー!ラガのこと? あれは逃げるから腕組んでただけよ」


「逃げる……?」


「そうよ。

 この前の盗賊の戦いでボロボロだった男の子いたでしょ?

 あの子がラガ!私の奴隷なの」


「……は?」


ガルドが目を瞬かせる。


イリスは悪気ゼロで続けた。


「ほら、奴隷って捕まえないと逃げるじゃない?

 だから腕を組んでただけよ。弱いくせに怪我をしにふらっと行ってしまうのよ」


ガルドは一瞬動きを止めて――

ふっと息を吐いた。


「……なんだよ。

 心配して損したじゃねぇか」


「ふふ。何を心配したのかは分からないけれど、

 誤解がとけてよかったわ」


柔らかな笑い声が、祭りのざわめきに紛れて響いた。


ガルドはその横顔を盗み見て、小さくつぶやく。


(……いい。

 やっぱ……好きだ……)


ふたりの足音はそろって、

温かい夜の中へ消えていった。


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