初デート、熊付き
朝の王都を抜け、二人だけの影が森に消えていく。
歩きながら、ガレスがぽつりと漏らした。
「……すまない。デートという行動をしたことがない。
何をすればいいのか、まるで分からん」
「あっ、私も!!」
イリスは胸を張った。
(前世では彼氏いたけど……うん、ノーカン!)
「なら、私がやりたいことでもいいかしら?」
「もちろんだ」
その返事に、イリスは嬉しそうに森の奥を指差した。
「じゃあ――川へ行きましょう!」
⸻
水音が涼しい森の中、光る川が流れていた。
「私、川釣りってしたことなかったのよね」
「俺は……子どもの頃以来だな」
ガレスは懐かしそうに目を細めた。
イリスはさっそく川辺にしゃがみこむと、
石をぱかっと持ち上げた。
「ガレス!見てみて!虫がたくさんいるわよ!餌にしましょ!」
「…お前…貴族だよな?」
「一応ね!」
どこをどう見ても“貴族”ではない動きである。
「さぁ、どっちが多く釣れるか勝負よ!
剣技では勝てないけれど、釣りなら自信があるの!」
ガレスは鼻で笑った。
「その自信、すぐにへし折る」
「上等よ!」
そして二人は――
戦場より真剣な顔で釣り竿を握ること数時間。
夕日が、森を黄金に染めた。
「う、嘘でしょ……なんでそんなに釣りが上手いの……?
勝てない……ぐぬぬ……!」
イリスの叫びが森を震わせた。
ガレスは平然としている。
「お前には邪念がある」
「むしろ邪念しかないわよ!」
二人は顔を見合わせ、声をあげて笑った。
⸻
「さぁ、焼いて食べましょう!」
イリスが火を起こそうとしていたそのとき――
ごそり、と
森の奥が黒く揺れた。
ガレスは一瞬でイリスの腕を引き、背中に庇う。
「イリス、下がっていろ」
影はどんどん近づき、やがて姿を現した。
熊だった。
どすん、と大地が揺れる。
次の瞬間、熊は咆哮とともに突っ込んできた――
が。
ガレスの剣が閃き、
熊の巨体が、地響きとともに崩れ落ちた。
一撃だった。
イリスは目を丸くしたが、すぐに駆け寄って言った。
「こいつ、どうする?
埋めるか……持ち帰るか……」
「はい!解体して食べちゃいましょう!」
ガレスは思わず固まった。
「……お前、怖いほど肝が据わっているな」
「褒め言葉として受け取るわ!」
ガレスは吹き出した。
「いい案だ」
⸻
第七寮。
入り口に立った騎士が叫んだ。
「総隊長が……血まみれのレディー連れて帰ってきたぞ!!」
イリスの淡いスカートは、乾いた血で赤黒く染まり、
当の本人は満面の笑みである。
「ただいまー!」
ガルドはこめかみを押さえた。
「朝帰りとは、いい度胸だな……
いや、もう昼だ……」
リオンは腹を抱えて笑っている。
「いやぁ〜総隊長さすがだな。漢だねぇ」
ガレスはまったく悪びれず言った。
「熊を解体して食べていたら、日を跨いでいた」
「はぁ?なにそれ、詳しく教えてくれないかい?」
イリスは嬉しそうに頷いた。
「魚釣りしてたら熊に襲われて、ガレスが倒してくれて、
その後解体して美味しく熊肉を食べてたら……
気づいたら朝だったの!」
リオンはガルドの肩を抱いて叫んだ。
「だってさー! よかったなガルド!
こいつ心配しすぎて超うるさかったんだぜ!」
「心配して悪いかよ!!」
イリスはぺこりと頭を下げた。
「ごめんなさい、熊肉なんて初めてだったから興奮しちゃって!」
ガルドはぷいっと目をそらした。
「……気をつけろよ。ほんとに」
「はーい!」
ガレスが言った。
「送っていく」
リオンがそれを止める。
「ちょい待ち。血まみれのレディーを歩かせるわけにはいかない」
リオンはそう言って、
自分の深緋のマントを外し、
イリスの肩にそっと掛け耳元に顔を寄せた。
「次のデートのとき、返してね?」
「え、いいの!?」
その瞬間。
ガレスのこめかみがぴくりと動いた。
(……殺意?)
空気が湿った。
⸻
イリスを送り届ける最後の道。
ガレスは静かに言った。
「デートというもの……悪くなかった」
イリスは目を輝かせた。
「私も!最高な時間だったわ!
釣りは今度こそ絶対に負けないし……
次は鹿肉に挑戦しましょう!」
そう言って、イリスは小指を差し出した。
ガレスが訝しげに首を傾げると、
イリスはそっと手を取り、小指を絡めた。
「約束ね」
イリスは無邪気な笑顔を残して扉の中へ消えていく。
その帰り道。
ガレスはふと、自分の小指を見つめた。
そして――
静かに笑った。
まるで、
誰にも聞かれたくない、秘密の微笑みのように。




