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処刑台から始まる、狂人令嬢の記録  作者: 脇汗ベリッシマ
82/112

デートを賭けた騎士団戦争

数日ぶりに、イリスは“貴族らしい装い”に身を包んでいた。

白銀のドレスに柔らかなケープ。

戦場で返り血を浴びていた姿とは、まるで別人のようだ。


彼女は騎士団詰所へ足を運んだ。

訓練場では、若い騎士たちが汗を飛ばしながら剣を振っている。


「ごきげんよう」


声をかけると、場の空気が微妙に張りつめた。

騎士たちは――知っている。

“この令嬢は猫をかぶっているだけだ”ということを。


決して口には出さないが、

全員があの戦いを思い出していた。


イリスは軽く微笑み、礼儀正しく言う。


「総隊長と副隊長に会いに来たのですけれど、

 訓練中なら、休憩になってからで構いません。

 どうぞ気になさらず続けてくださいな」


用意された椅子に腰かけると、

イリスはゆっくり息を吐いた。


視線は訓練を眺めているが、意識は遠い。


――あの戦いで、自分は何人の命を奪ったのだろう。


――昔の自分が見たら、どう思うのかしら。


――私は……何をしたいんだろう。


ほんの少しだけ、胸が軋む。

誰も知らない弱さが、顔をもたげそうになった。


そんな時だった。


ふわり、と頭が撫でられた。


瞬間、イリスははっとして顔を上げる。


「こんなところで何してんだよ。

 そんな暗い顔して……あっ、寂しくなったのか?」


リオンだった。

いつも通り軽口なのに、

イリスの目に涙が浮かんでいるのを見た瞬間、

彼の表情が本気で驚きに染まった。


「……えっ、まじ? 本当に泣いてんの?」


イリスは自分の手を見つめながら呟いた。


「血に汚れた私は……とても汚い存在なのかしら?」


その声はかすかに震えていた。


リオンは即答した。


「は? 何言ってんだお前。

 国のために動いてんのに、汚いわけあるか。

 ……頭でも打ったか?」


イリスは思わず笑う。

その笑い声に安心したリオンは、

冗談半分に、イリスの頬をつつき、髪をくしゃっと撫でる。


「てか、それ俺に言う?

 もう一回騎士に戻りたいってこと?

 いいぞ、もーっと血にまみれるけどな?」


「やめてってば」


その笑い声が、訓練場に響いた。


――そして、それを聞きつけた男がいた。


ガルドだった。


「――おぉーーーいッ!!!」


怒号にも似た声。

二人が振り向くと、耳まで真っ赤にしたガルドが立っていた。


「ななななんで副隊長とイ、イリスが……

 そこでいちゃついてんだよッッ!!」


リオンはニヤリと笑った。


「あぁ? イリス、俺に会いに来てくれたんだよな?」


わざとらしくイリスを後ろから抱き寄せる。


「ちょっと……!」


「ギャァァァァァァァ!!」


ガルドは怒りと困惑で声が裏返っている。


そこへ、冷静すぎるガレスの声が飛んだ。


「ガルド。まだ訓練中だ。集中しろ」


「ムリだろこんなん!!!

 くっそ……覚えてろよ……!!」


顔を真っ赤にして走り去るガルドの背を見送りながら、

リオンとイリスは顔を見合わせて、思わず笑った。


訓練場の風が、春のように柔らかく吹き抜けた。



訓練の休憩を知らせる鐘が鳴ると、

騎士たちが一斉に木陰や水桶に散っていった。


その中で、イリスは騎士団三名――

ガレス、リオン、ガルドの前に立つ。


深呼吸し、背筋を伸ばす。


「改めまして……

 大盗賊団討伐の件、あなたたちのおかげで

 我がグランディア家は公爵家へと昇爵いたしました」


丁寧に、深々と頭を下げる。


「心より、御礼申し上げます。

 そこで……なにかお礼がしたいのですが――」


ガレスが腕を組んで言う。


「俺たちは当たり前のことをしただけだ。

 申し出には――」


「「はーーいはい!! お礼欲しいーー!!」」


ぴったり揃った明るい声。

リオンとガルドが、満面の笑みで手を挙げている。

リオンはニコニコしながら前に出た。


「いやぁ公爵家だよ? すごいよね?

 だーかーらーさぁ?」


イリスはすでに嫌な予感しかしなかった。


「俺ら三人がメインで頑張ったわけだし、

 お礼は……俺らに、ちょーだい?」


ガルドが横で「お、おい…」と焦っている。


ガレスは眉を寄せた。


「皆が頑張っただろう。

 “三人だけ”というのは――」


「はぁ? なに甘っちょろいこと言ってんの総隊長」

リオンはガレスを指差して言い放つ。

「他の奴ら足、全然動いてなかったからね? 見てたけど?」


「……動いていた」


「はいはい、証拠はないけど俺が見たから動いてなかった!」

リオンは勝手に話を進める。

「で! お礼だけど──」


ばっ、とイリスの方を向き、満面の笑みで言い放った。


「俺らと、それぞれデートして?」


――シーン。


騎士団全体が、一瞬で静まり返った。


イリスはポカンと口を開けたまま固まる。


「……………え?」


その瞬間。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ????????」


誰より大きな声でブチ切れたのは、

訓練用の木剣を握りしめていたガルドだった。


顔は真っ赤。

耳も真っ赤。

首まで真っ赤。


「デッ……デートって!!

 お、おま、お前!! イリスと!?

 ふざけんなよ!!!」


「え? ガルドお前嫉妬?」


「は!?え?嫉妬じゃねえし!!

 べ、別に! その……!!」


言葉にならない叫びを上げるガルド。


ガレスはため息をつきながら、空を見上げた。

(……こいつら全員子どもか)


イリスはというと──


「……えっと……

 デートって……

 友人として? それとも……」


「もちろん! 全員男として!!!」

リオンは満面の笑みだった


訓練場の休憩時間とは思えない騒ぎに、

周囲の騎士たちは腕を組んで頷いた。


「あれが噂の狂人令嬢と、その被害者たちか……」

「いや、むしろ一番狂ってるのはあの副隊長だろ……」

「新人のくせに一番騒いでるやつもいるぞ」


イリスはため息をつきつつ微笑む。

――戦場より、騎士団の日常の方がよっぽど疲れるわね。



夜灯が揺れるたび、壁に三つの影がゆらりと伸びては縮んだ。

その静けさを破ったのは、布団を蹴り飛ばすような勢いで立ち上がったガルドだった。


彼は頭を抱え、部屋の中をうろうろ歩き回る。


(なんでだよ……!なんで“デート”なんだよ……!)


「……おい、聞こえたよな。なんでデートなんだよ。

二人とも……まさかイリスのこと――」


問いかけは最後まで言い切られなかった。


リオンが、さも当然のように口を開いたからだ。


「で、誰が一番に行く?」


ガルドは振り返った。


「は? 無視!? 俺のセリフ、完全に無視!?」


しかし彼の抗議など、まるで春風のように軽く流されていく。


鎧を磨いていたガレスが、溜めもなく言った。


「……俺が一番だ」


即答。

迷いの欠片もない。


リオンは大げさに手を叩いた。


「おぉ〜総隊長〜!

なら俺は二番目な! 三番目はガルドで〜」


その瞬間、ガルドの怒りは頂点に達した。


「ちょっと待て!!

なんで俺が最後!?

いや、てか……ほんとに全員イリスのこと好きなんすか!?

これ、告白大会!? 俺だけ置いてく気か!?」


布団にもぐりこんだリオンの声は、ひどく軽かった。


「新人は順番が最後。世の中そういうもんだぞ〜」


「制度かよ!!」


ガルドが叫ぶと、ガレスは静かに布団を整え、淡々と横たわった。


「……寝るぞ。明日は走り込みだ」


「寝るな!!」

ガルドは布団に手を伸ばし、二人の方へ向かって吠える。


「この流れで寝られんの!?

俺の気持ちはどうなんだよ!?

てか本当に全員イリスのこと好きなの!?

もしかしてみんな俺のライバルなの!?」


「知らない」


「……ガルド、嫉妬しすぎて明日起きれなくなるぞ〜」


「嫉妬じゃねぇし!!

いや、するけど!! 俺だって――!」


「おやすみ」


ガレスの低い声が、今度は本当に部屋を静めた。


しばしの沈黙。

灯りの揺れだけが、夜の空気を震わせている。


ガルドは部屋の真ん中でへたり込み、うなった。


「……なんなんだよ……この寮……ライバル多すぎだろ……」


その呟きだけが、夜の第七寮に虚しく響いて消えていった。

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