狂人令嬢の平常運転
王都の喧騒から少し離れた商館は、今日も変わらず帳簿と商品見本に埋もれていた。
そこで働くオズは、久々に本来の仕事へ戻った解放感からか、どこか満足げな表情をしていた。
その横で、イリスは頬を膨らませ、露骨に不機嫌さを顔に出している。
本来なら貴族令嬢らしい優雅さを保っているはずの少女だが、この日は違った。
机に突っ伏す勢いで身を投げ出すと、子どものように不満をこぼし始める。
「自分の村が国に管理されるなど、まったく予想外だった」
そう言っては拳を握り、
「自分がせっかく育てた村を取られた」と悔しげに呻き、
「全部自分で守れるのに」と何度も奥歯を噛みしめた。
床を叩くたび、商館の壁がほんのわずかに震えた。
マルタは静かに背後で見守りながらも、やや呆れ気味に眉を下げる。
八つ当たりはいけません、と穏やかに声をかけるが、イリスの悔しさはそう簡単には収まらない。
オズは帳簿に視線を落としつつも、ため息をひとつ。
村に大勢の庶民が流れ込んだのは、イリスという存在が持つ圧倒的な吸引力ゆえだと、誰より理解していた。
その事実を指摘すると、イリスはさらに悔しがって身をよじり、
正当防衛であれば誰であろうと叩きのめしてやるのに、と子どもじみた理屈をぶつぶつとこぼす。
やがて落ち着いたころ、オズはふと思い出したようにラガの話題を口にした。
処刑されるはずだった少年を、村へそのまま残してきた理由――。
イリスは、まるで“当然でしょ”と言わんばかりの顔であっさりと答える。
彼の存在はまだ公表されておらず、危険もない。
万が一悪事を働くようなら、自分が力づくで矯正するだけだと。
その瞬間、オズの背筋に冷たいものが走った。
イリスの金の瞳がきらりと光り、その表情は楽しげですらあった。
彼女にとって、誰かを守ることも、誰かを倒すことも、
どちらも「自分がやるべきこと」の延長線に過ぎないのだ。
マルタは天を仰ぎ、オズは力なく机に突っ伏した。
外では商館の屋根をかすめるようにしてスズメが飛び去っていく。
世界中が彼女の名を噂し続けていても、
イリスの“平常運転”は今日も呆れるほど自由で――
そして、誰よりも狂っていた。




