狂人令嬢、国を支配する
王都最大の大広間は、祝祭のざわめきで満ちていた。
金のシャンデリアが煌めき、兵士たちが整列し、
壇上には王と側近が並ぶ。
その中心に――
金の瞳を持つ少女、イリス・グランディアが立っていた。
大盗賊団壊滅。
その名誉は国の歴史に残るほどの大戦果だった。
「狂人令嬢」「戦場の魔女」「救世の淑女」……
たった一晩でイリスについた異名は十を超え、
その存在は王国中の噂を独占していた。
そして本日。
グランディア家は伯爵家から――公爵家へ。
最前列では、両親が号泣していた。
「イリス……! わ、我らの娘が……国に……!」
「グランディア家の誇りだ……!」
イリスは肩をすくめた。
「……勘当して追い出したくせにね。
ほんっと、親孝行な娘だわ私。
泣いてる理由は……まぁ聞かないでおいてあげる。」
周囲の貴族がざわめく。
“なんだこの娘は……”
“怖い……”
“いや、美しい……”
イリスは気にも留めない。
授与が終わると同時に、
机に一枚の紙をストン、と置いた。
「勘当、取り消しは許可するわ。
その代わり――今後、一切私の人生に口出ししないこと。
これ、念書ね。署名よろしく」
「え!?」「今ここで!?」「公の場で!?」
貴族たちはつい声を上げた。
両親は涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしつつ、
震える手でサインする。
イリスは鼻歌まじりに紙を回収した。
(……堂々としてやがる……)
遠巻きに見ていたガルドの胸が、またざわついた。
⸻
盗賊頭は、拷問など不要だった。
イリスが顎を掴んで微笑んだだけで、全てを吐いた。
「な、なんでも話すから目を合わせないでくれ……!!」
そして判明した。
村の一角――
アスファルト舗装がされていない “ただの地面” の下に、
金銀財宝の隠し倉庫があった。
掘り返した瞬間、煌めく財宝が地中から溢れ出した。
「……なるほどね。やっぱり当たりだったわ。」
イリスは金貨の山を見て、退屈そうにあくびした。
その場にいた者たちはざわついた。
「図書館にこもっていた時から、盗賊団の動きを読んでいた?」
「まさか……埋蔵場所まで把握していたのか?」
「狂人令嬢って……本当に狂人じゃなくて、天才なのでは……?」
国全体がその話題で持ちきりになった。
⸻
王城の大広間は、水を打ったように静まり返っていた。
高い天井から垂れる赤い絨毯の先――
罪人として膝をつかされたラガがいる。
鎖がわずかに音を立てるたび、
周囲の兵士が眉をひそめた。
「ラガ──盗賊団との関与により――」
王が宣告の第一声を発しかけた、その瞬間。
「ちょっと、待って?」
澄んだ声が、大広間に響いた。
視線が一斉に向く。
ゆっくりと前へ出たのは、
白いドレスに金の瞳――イリス・グランディア。
その目は笑っているようでいて、
底には一切の情がなかった。
王「……イリス・グランディア?」
「その子は、私が捕まえたの。
だから――処遇は私が決めるわ」
ざわっ、と広間全体が揺れた。
「い、イリス殿……!」
王の側近が慌てて耳打ちする。
「この者は罪人で……本来なら極刑が……!」
イリスは、涼しい顔のまま言った。
「奴隷よ。私のね?」
呼吸するように自然に。
その一言で、空気が凍った。
ざわぁっ――!!!
「彼の命を握っているのは私。
拾った命は、私が処理する主義だから。
……もちろん王命より、私の判断が優先されるわよね?」
その姿は、まるで王より王らしく。
背筋の伸びた孤高の女王のようだった。
王は一瞬、目を細めてから――くつりと笑った。
「……君は本当に恐ろしい娘だ。
よかろう。ラガの処遇は、君に委ねよう」
その場にいた全員が、
異論を挟む余地すらなかった。
正式に、ラガの命はイリスの手に渡った。
⸻
ラガは、震える声で呟く。
「……なんで……助けた……?」
イリスはゆっくりと見下ろし、
花が綻ぶような笑みを浮かべた。
「だってあなた、まだ使えるじゃない?」
かすかに頭を傾けて続ける。
「“死ぬより、生きて働いた方が価値がある”だけ。
それが――一番効率がいいでしょ?」
甘い声。
だが、冷たさは微動だにしない。
ラガは息を飲んだ。
助けられたはずなのに、恐怖が背骨を走った。
その少し先――セイランは無意識に拳を握りしめていた。
(イリス……
君は……なんで、こんなにも強くて……遠いんだ……)
イリスは一歩振り返り、
金の瞳をゆっくり瞬かせながら言った。
「さ、ラガ。
あなたにはまだ働いてもらうことがたくさんあるの。
生き残った自分の幸運を噛みしめながら、ついてきなさい」
ラガの喉が、ごくりと鳴った。
その日、王城にいた全員が理解した。
この国で最も恐ろしいのは、
魔法でも剣でもなく――
狂人令嬢イリス・グランディアであると。




