嫌よ。ここは私の村よ
朝日がまだ地平線の向こうで燻る頃。
村に、重く湿った足音が近づいてきた。
アスファルトの道に、ざらりと土埃が舞う。
数十の影。
その中央に――
両腕をねじ上げられ、立つことすらできないラガが転がされるように引きずられていた。
顔は腫れ、片目は開かず、口元からは血が垂れている。
盗賊の頭領が、鋭い声で叫ぶ。
「この村から、とっとと出ていきな!」
その声に、
誰よりも先に前へ出たのは――イリスだった。
堂々とした姿勢。
一歩も引かない鋭い眼。
「嫌よ。」
盗賊団がざわりと揺れる。
「……はぁ?」
頭領が眉をひそめた。
イリスは髪を払って言い直した。
「嫌。ここは私の村よ。」
その一言で、空気がピリッと凍った。
「聞き分けのねぇ嬢ちゃんだなぁ!」
頭領が唾を吐く。
「ここは元々、俺たちの縄張りだ。
それを勝手に壊して、勝手に家作って、勝手に住み始めてよ……!
――気に入らねぇんだよ。全部!」
怒声が反響した瞬間、
盗賊の一人がラガを無理やり持ち上げ、
その喉元に刃を突きつけた。
「こいつがどうなってもいいのかぁ?」
村の空気が一気に緊迫する。
だがイリスの瞳は、氷のように冷めきっていた。
「どうでもいいわ。」
盗賊たちが一斉にどよめく。
ラガの心臓が跳ねた。
イリスの視線が、
喉元に刃を向けられているラガに向けられる。
その目は、温度がなかった。
「そいつが逃げ出して……
あんたたちに何度も何度も情報を流していたのは、知ってたもの。」
ラガの胸がギュッと締めつけられた。
(……バレてたのか。
……最悪だ。
ほんと……最悪だ……)
自分で思っていたよりも、
その事実は重かった。
イリスはただ淡々と続けた。
「だから、ラガの命で脅されても困るのよ。
脅しとして成立してないわ。」
盗賊たちの顔に焦りが走る。
「――てめぇ……随分と冷酷じゃねぇか。」
「必要なだけよ。」
イリスは涼しい顔で返した。
沈黙。
炎のような殺気。
その中で、盗賊頭領はふと目を細めた。
「……そうだ。
なら、条件を変えてやる。」
嫌な笑み。
「嬢ちゃん……
俺の女になれ。」
一瞬、静寂。
次の瞬間――
イリスが腹を抱えて笑い出した。
「あははははっ!!
この天才の私が?
あんたの女に?
ねぇ、鏡見たことある?雑魚が。」
“雑魚”の一言が、完全に見下す声音で響く。
盗賊団の誰もが顔を赤くし、怒りに震えた。
「……このガキ……!」
頭領は耐えきれず叫んだ。
「やれ!!」
盗賊たちが一斉に武器を構える。
空気が爆ぜるように張り詰めた。
ラガは見た。
刃の向こうで――
イリスの金の瞳が、
冷く、強く、村全体を守るかのように光っていた。
(…なんで…俺……あいつを裏切ったんだ……)
そんな呟きは、
もう誰にも届かない。
村の最初の“戦い”が、
今、始まろうとしていた。




