この世界では、もう泣かなくていいから
夜の食堂。
鉄皿の上で肉がはじけ、
グラスがぶつかる音が弾んでいた。
「ガルド、退院おめでとう!」
リオンが声を張る。
「うぇーい!」
「“うぇーい”とか言うな。」
「細けぇな、副隊長様は!」
ガレスが笑い、イリスがくすくすと微笑む。
あたたかい空気。
戦場では見られなかった、“生きてる音”。
⸻
少し時間が経って、
イリスはふと手元のグラスを見つめた。
「……ある人が言ってたの。」
ぽつりと漏らす声。
「“貴族も、血を流せば人だ”って。」
「なんか前もそんな事言ってたな」
リオンが笑う。
イリスも微笑んで返す。
「最初は意味がわからなかったの。
でも、ようやくわかった。
流れる血は、皆同じ色だった。
命の重さに、身分なんて関係ない。
――そういうこと、だったんだと思う。」
静かな声。
それを聞いたリオンは、何も言わずにただ頷いた。
けれど胸の奥で、言葉にならないざわめきがあった。
(……なんだろう、懐かしい気がする。)
リオンは、何がそんなに懐かしいのか、自分でもわからなかった。
けれど――もしこの子がいなかったら、
きっと、どこかでまた同じ言葉を吐いていた気がする。
⸻
イリスは、そんな彼をやさしく見つめた。
けれどその瞳の奥では、まったく別の誰かと対話していた。
(あの時のあなたが、何を思ってあの言葉を言ったのか――
本当のところは、わからない。)
(もしかしたら、絶望の果てに吐いた皮肉だったのかもしれない。
もしかしたら、誰にも届かない叫びだったのかもしれない。)
(でもね、今のあなたが笑ってくれている。
その笑顔を見られるだけで、私は十分なの。)
(……ありがとう。
この世界では、もう泣かなくていいのね。)
⸻
「……なぁイリス。」
「なに?」
「お前、なんか今日は静かだな。」
「そう?」
「まぁ、悪くねぇけど。」
リオンが照れたように笑い、
ガルドが「待て待て待て!イチャイチャしないで!」と大声を上げる。
ガレスが苦笑した。
「じゃあ、ガルドの退院と、イリスの静寂に乾杯。」
「乾杯!」
グラスの音が夜に弾け、
ランプの光が金の髪をやさしく照らした。
イリスは笑っていた。
――誰も知らない。
その笑みの奥に、過去を赦した祈りがあることを。
外では春風が吹き、カーテンが揺れた。
“やり直し”という奇跡は、音もなくそこに息づいていた。




