恋の自覚は、静かな病室にて
勢いよく扉が開いた。
ばーん、という音と同時に、リオンの声が飛び込んでくる。
「ちわーっす!……って、おい。なんでそんなガッカリした顔してんだよ?」
ベッドの上で読書していたガルドは、思わず眉をひそめた。
「いや、別に……」
「なんだなんだ? イリスかと思ったのか〜?」
リオンがにやにや笑いながら近づく。
ガルドの顔が、みるみる赤くなった。
「ち、違うし!」
「二人とも声を抑えろ。」
後ろから入ってきたガレスが、静かに眉を上げた。
「ここには具合の悪い方たちがいるんだ。」
「へいへい、了解〜」
リオンは肩をすくめつつ、ベッド脇の果物籠に手を伸ばした。
リンゴを一つ取り出して、勝手にかじる。
「で? 毎日イリスが来てくれてるんだって?」
「……はい。毎日来てくれて、なんか……嬉しくて。」
ガルドは照れくさそうに後頭部をかいた。
「これって……恋なんすかね?」
リオンが吹き出す。
「おいガレス、聞いたか?」
「聞こえている。」
ガレスは腕を組んで、真顔で言った。
「嫌いな相手が来ても嬉しい気持ちにはならない。それは“好き”ということだ。」
「ほらな!」
リオンがガルドの肩をぽんぽん叩く。
「俺たちのガルドくん、恋しちゃったわけだ〜!」
「いや、そーなんすよ!」
ガルドは真剣な顔に戻り、ぐっと拳を握った。
「でもさ、向こうは貴族令嬢でしょ? 庶民と貴族じゃ……叶わない恋ですよね?」
リオンは芝居がかったため息をつく。
「まぁな! でもほら、俺、一応副隊長だし? 頑張ればイリスと結婚できるわけだ!」
ガレスが横目で睨む。
「俺も隊長だから、理屈で言えばできるな。」
ガルドがぽかんと口を開けた。
「ってことは……俺も、上に上がればワンチャンあるってことっすか!?」
リオンが指を鳴らした。
「そゆことだ!!」
「ふふ……騒がしいな。」
ガレスが小さく笑う。
「だが――悪くない。」
病室の中に、笑い声が広がる。
外では春の光が揺れ、窓のカーテンがふわりと舞った。
戦場の傷跡はまだ癒えきっていない。
けれど、このひとときだけは確かに、平和だった。




