傷を纏って、令嬢は再び歩き出す
三日後の朝。
窓から射す陽光が、薄桃色のカーテンをやわらかく透かしていた。
マルタの指先が櫛を滑らせるたび、髪がさらりと音を立てて落ちる。
鏡の中には、久しぶりに“イリス・グランディア”の姿が映っていた。
包帯が頬に白く浮かび、優雅なドレスの上にわずかに影を落とす。
その不釣り合いさに、イリスは小さく苦笑した。
「包帯なんて、どうにも似合わないわね。」
その独り言に、マルタがふっと微笑んだ。
「いいえ――とてもお綺麗ですよ。お嬢様。」
イリスは言葉を失った。
鏡の中の自分が、“令嬢”として整えられていくほどに、
胸の奥で何かがチクリと痛んだ。
「……ありがとう、マルタ。」
その一言に、どこか懐かしい温もりが宿る。
⸻
― 王城の正門前
昼下がりの陽光が、白い石畳を淡く照らしていた。
王城の正門前。
すでにリオンとガレスが立っていた。
「ごきげんよう。」
イリスが一歩踏み出して微笑むと、
リオンが目を丸くして叫んだ。
「うわっ、令嬢が包帯巻いてる! 似合わねー!」
「本当のことを大声で言うな。」
隣でガレスが低くため息をつく。
イリスは口元に笑みを浮かべた。
「これは名誉と革命の誇りの傷です。
傷は残らないそうですから、あなた達と同じ“仲間の跡”を見られるのは今だけですよ。」
リオンがくしゃりと笑って、イリスの肩に手を回した。
「はぁ? 何言ってんの?
令嬢だって貴族だって、お前は今でも俺たちの大切な仲間だろ?
二段ベッド空いてるんだよ? 寂しいなら戻ってこいよ。」
ガレスも静かに頷く。
「隊長と副隊長にはなったが……俺たちは今でも、あの部屋でお前を待ってる。
あそこは“俺たちの居場所"だ。お前の居場所も、ちゃんとある。」
イリスの胸の奥で、何かがふわりと溶けた。
貴族であることへの後ろめたさも、血に染まった記憶も、
仲間たちの言葉がすべて包み込んでいく。
「……ふふっ。
寂しくなったら、ぜひお邪魔しますね。」
少し強がるように笑ったイリスに、
リオンが「嘘つけ、明日にでも来るくせに!」と笑い、
ガレスは小さく肩をすくめた。
その時、王子の従者が姿を現した。
「――お三方。殿下がお待ちです。」
春風が吹き抜け、三人の間を柔らかく撫でた。
焦げた匂いも、痛みも、少しずつ遠くなっていく。
“あの日見上げた空と、同じ青が広がっていた。”
それだけで十分だった。
イリスはそっと瞳を上げた。
「行きましょう。」
微笑むその横顔には、もう迷いがなかった。
戦いを終えた者の穏やかさと、
新しい季節を迎える人の希望――
その両方が、彼女の中で静かに息づいていた。




