金の髪、春の空、そしてあなた達へ
会場を出た瞬間、
イオリ――いや、イリスは足を止めた。
澄み渡る春の空。
その下で、彼女はゆっくりと指先を頭に添える。
焦げ茶色の髪を、ひと房、またひと房と外す。
偽りの色が剥がれ落ちていくたび、
陽光に照らされた金糸のような髪が、
まるで光そのもののように流れ出した。
風が吹く。
空が広い。
胸の奥が、不思議なほど静かだった。
「……ようやく、息ができる。」
イリスはそう呟いて、青空を仰いだ。
⸻
「――やっぱり、女の子だったかー!」
後ろから響いた声に、イリスはわずかに眉を上げた。
振り返ると、リオンとガレスが立っていた。
リオンが片手を腰に当て、笑いながら言う。
「男にしては華奢すぎると思ってたんだよねー!」
イリスは肩をすくめ、口元に笑みを浮かべた。
「まぁ、バレてももうどうってことありませんわ。
“騎士候補生”は、今日で終わりですもの。」
ガレスが目を細めて呟く。
「お前、女だったのか。」
「ガレス!」
リオンが肘でつつく。
「違和感くらい、気づけよ! なぁイオリ?」
イリスはくすりと笑い、金の髪を指先で払った。
「気づかれなかったおかげで、平和な日々が送れました」
三人の笑い声が、春の風に乗って広がる。
その温かさが、まるで“戦の残火”をやわらげていくようだった。
「――あ、そうだ。」
リオンが懐から小さな紙片を取り出す。
「王子から。さっき俺に渡された。」
イリスは受け取ると、すぐに開いた。
そこには短い文が記されていた。
『三日後の昼、王城の正門前で。イオリ、リオン、ガレスと共に。』
イリスは眉をひそめた。
「……デートの誘い、ではなさそうね。」
「いやぁ~、四人で仲良くデートかも?」
リオンの軽口に、イリスはため息をつきながらも笑ってしまう。
春の光が三人の頬を照らした。
その時、イリスがふと足を止める。
「そういえば、まだきちんと名乗っていませんでしたね。」
二人が同時に振り向く。
イリスは軽く裾を摘み、優雅に一礼した。
「改めまして。
イリス・グランディアと申します。
……今は、勘当された身ですけれど。」
リオンの目が丸くなる。
「勘当!? 貴族なのに?」
「ええ。
十年ばかり図書館に引き篭って、そのあと色々やらかしたら勘当されました」
イリスはそう言って微笑んだ。
金糸の髪が陽光を受け、風の中でゆらりと揺れる。
リオンが感嘆したように笑う。
「引き篭もりなの?うける
イリス・グランディア……いい名前じゃん。」
「名前に価値なんてありませんわ。」
イリスは静かに目を閉じ、
どこか遠い昔を見るように呟いた。
「でも、“この名”をあなた達に名乗れる日が来るなんて――
少しだけ、嬉しいです」
ガレスが腕を組み、
「……お前は本当に強いな」と呟いた。
イリスは首を振った。
「強くなんてありませんわ。
ただ、生きる理由を思い出しただけ。
そしてこれからはガルドの分も」
風が三人を包む。
笑いと沈黙の間を行き交うように、
春の空がどこまでも青かった。
⸻
その時、イリスの髪の中で
一本の“焦茶の糸”が光を受けた。
――それは、かつて“イオリ”として歩いた日々の名残。
彼女の中にはもう、
二つの魂が同じ鼓動で生きていた。




