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図書館の声(Voice in the Library)
私は本をそっと閉じ、深く息を吐いた。
十年間、問いかけられては答えを返し、けれど顔を上げることだけはしなかった。
それでも――ずっと、背後に在り続けてくれたのだ。
「あなたこそ、私を十年ものあいだ見守っていたじゃない」
静かに言うと、図書館の空気がわずかに揺れた気がした。
返答はない。けれど、確かにそこに“誰か”がいる。
私は唇を震わせながら続ける。
「でも……私はあなたを見ないわ。
見てしまえば、きっと甘えてしまうから。知識を積んだ意味を、自分で確かめる前に頼ってしまうから」
吐き出した言葉は、自分自身を縛る鎖のようであり、同時に背を押す風のようでもあった。
「いつか――この知識で何かを成し遂げた時。
その時また、会いましょう」
ぱたん、と本を閉じる音が響く。
私は椅子から立ち上がり、くるりと振り返って重たい扉へと歩いた。
背後に気配は残っている。けれど、振り向かない。
扉を押し開けた瞬間、外の空気が一気に流れ込み、蝋燭の灯が揺らいだ。
そして扉が閉じる鈍い音が、十年の孤独と対話に幕を下ろす鐘のように響いた。




