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処刑台から始まる、狂人令嬢の記録  作者: 脇汗ベリッシマ
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風が変わった夜

焚き火が、ぱち、と音を立てて弾けた。

湿った洞窟の空気の中で、わずかな火の粉が浮かび、

すぐに冷たい岩壁に吸い込まれて消えていく。


リオンがふと顔を上げた。

火を見つめていた瞳が、次の瞬間、どこか遠くを見据えるように細まる。


「……風、変わったな。」


その声に、他の三人が同時に動きを止めた。

一拍の沈黙。

外の風の音が、確かに違っていた。

先ほどまで湿り気を含んでいた空気が、

今は――焦げの匂いを帯びている。


ガレスが低く問う。

「敵か?」


リオンは小さく頷いた。

「上だ。洞窟の入り口を回り込んでる。……もう、時間切れだ。」


その言葉に、

イオリの手が無意識に剣の柄を握った。

包帯を結んでいた手を止め、

深く息を吸い込む。

肺に広がるのは、血と火薬のような金属臭。


ガルドが、わざとらしく大きなため息をついた。

「ったく……もう少し寝かせてくれりゃいいのによ。」


その声に、

リオンがわずかに笑った。

「寝坊助は、朝を迎えてから文句言えよ。」


ガルドが口の端を上げ、鼻で笑う。

「朝がくる保証なんて、どこにあんだよ。」


リオンは何も言わず、

足元の焚き火を軽く蹴り飛ばした。

火の粉が舞い上がり、赤い軌跡を描く。

その光が、四人の顔を一瞬だけ照らした。


「じゃ、約束だ。」

リオンの声はいつになく穏やかだった。

「――笑って、またあの二段ベッドで話そう。」


沈黙。

だが、誰も否定しなかった。


ガレスが短く頷く。

イオリは視線を落としたまま、小さく息を吐いた。

ガルドは口の中で「馬鹿言え」と呟きながらも、

その口元に浮かんだ笑みを隠しきれなかった。


焚き火の最後の炎が、静かに揺れた。

それはまるで、彼らの決意を確かめるように――。


外で、風が鳴いた。

遠くで木の枝が折れる音がした。

鳥の鳴き声は、もう聞こえない。


そして次の瞬間。


洞窟の外が、爆ぜた。


炎をまとった矢が突き刺さり、

熱風が洞窟の中に押し寄せる。

燃えた空気が喉を焼き、

湿った岩肌が赤く染まる。


「――来たぞ!!」

ガレスの怒声が響いた。


外からなだれ込む影。

それは敵であり、かつての仲間だった。

同じ紋章の鎧。見慣れた顔。

だが、その目は、もう騎士のものではなかった。

そこにあるのは――憎悪と、命令に従う空虚な忠誠。


「やっぱり、そう来るか。」

リオンが吐き捨てる。

「俺たち四人、最初から“始末”される予定だったんだな。」


ガルドが盾を構え、イオリが前へ出る。

「なら、やってみろよ……!」


洞窟に剣戟の音が響く。

火花が飛び、金属の臭いが強くなる。

ガレスの剣が弧を描き、リオンの風がそれに重なった。

炎と風。

地と呼吸。

四人の動きが、まるでひとつの生き物のように交錯する。


「左だ、リオン!」

「任せろ!」


声が飛び交う。

血の飛沫。

倒れる音。

熱。息。痛み。


それでも、彼らは止まらなかった。


リオンが前に出る。

ガレスが背を預ける。

イオリが隙を突いて敵を斬る。

ガルドがすかさず盾で矢を弾く。


それは、訓練でも教本でもない。

魂が重なって動く、“本物の戦い”だった。


だが――


音が、変わった。


イオリが敵の剣を受け、弾き返した瞬間。

足元の血溜まりが光を反射する。


「……っ!」


滑った。

重心が崩れる。

地面が遠のく。

息を呑む音。


「イオリ!!」


ガルドの声が、洞窟に響いた。

次の瞬間、

彼は全身でイオリを突き飛ばした。


鋭い刃が、ガルドの胸を貫く。


赤が、ゆっくりと広がる。


「ガルド……?」


イオリの声が震える。

ガルドは微かに笑い、血に濡れた口元を上げた。

「……ったく、お前……ほんとトロいな……」


背後でリオンが叫び、ガレスが敵を斬り伏せる。

だが、もうその音も遠い。


ガルドの手が、ゆっくりとイオリの肩を掴む。

「泣くなよ。

 俺は……ちゃんと、騎士だったよな……?」


「やめろ、喋るな!」

イオリの叫びがこだまする。


ガルドは微笑んだまま、

血の滴る手をイオリの腕に残し――

静かに、崩れ落ちた。


炎の光が、四人の影を揺らす。

風が吹き込み、

彼の血を乾かしていった。


誰も、言葉を発せなかった。

ただ――

リオンの拳が、震えていた。


「……ガルド……?」


イオリの声は、もう自分のものじゃなかった。

震えて、掠れて、

それでも何かを言おうとしていた。

けれど喉が詰まって、言葉が出ない。


リオンが一歩、前に出た。

顔に血が跳ねている。

だが、その瞳だけは澄んでいた。


「……いい奴だったな。」

ぽつりと呟くように言った。

それは祈りでも怒りでもない。

ただ――確かな、別れの言葉だった。


ガレスが無言で剣を構える。

その横顔に、迷いはなかった。

「……リオン。」

「分かってる。」


リオンが前を向く。

燃える光が、その頬を照らした。

唇の端がゆっくりと持ち上がる。


「笑って、またあの二段ベッドで話すんだろ?

 ――だったら、まだ終われねぇよ。」


イオリが顔を上げた。

その瞳に、もう涙はなかった。

代わりに宿っていたのは、赤い光――炎の色。


外から、叫び声。

洞窟の奥にまで、敵の影が入り込んでくる。

足音、鉄の擦れる音、息遣い。

すべてが“死”の音をしていた。


リオンが一歩、前へ。

「行くぞ。」


その声で、三人の体が同時に動いた。


リオンの風が、洞窟内の炎を巻き上げる。

燃えた空気が唸りを上げ、敵の視界を奪った。

その隙に、ガレスが地を蹴る。

鎧の重みを感じさせない踏み込み。

剣が唸り、二人を一閃で薙ぎ払う。


イオリはその背を追う。

恐怖ではなく――誇りのために。

その瞳はもう、少年のものではなかった。


「リオン、後ろだ!」

「任せろ!」


リオンが振り返りざまに風を放つ。

突風が敵の矢を弾き返し、壁に叩きつけた。

彼の唇が、戦いの中でわずかに笑う。


「――ガルド、見てろよ。」


リオンの剣が光を弾き、

ガレスの刃が地を割り、

イオリの叫びがそれを貫いた。


狭い洞窟の中で、三つの影が重なり、

火と風と血が踊る。

誰ももう、恐れていなかった。

死はすぐそこにあったが――

彼らは、それを誇りに変えていた。


「俺たちは、“庶民”だ。」

ガレスが叫ぶ。

「だが――!」

リオンの声が重なる。

「俺たちは、“騎士”だ!!」


その瞬間、

炎が大きく膨らみ、洞窟の天井を焦がした。


光と熱が爆ぜる中、

敵の影が次々と崩れ落ちていく。

三人の息は荒く、体は傷だらけ。

それでも立っていた。


――リオンが最後に呟いた。


「これで……いい。」


風が通り抜け、炎が消える。

静寂の中、残ったのは、

焦げた匂いと、四人の影だけだった。


そしてその影の上を、

どこからともなく――柔らかな風が撫でた。


かつて焚き火のそばで交わした“約束”を、

風が運んでいく。


――笑って、またあの二段ベッドで話そう。


その声はもう届かない。

けれど確かに、あの夜の誓いだけは、

風の中で生き続けていた。


読んでくださりありがとうございます!

この回……本当に書きながら泣きました。

何度「やめさせたい」と思っても、彼らが前に進んでしまうんです。

それだけ強く生きているキャラたちでした。

ガルドの言葉や、三人の立ち向かう姿が少しでも伝わっていたら嬉しいです。


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