祝宴の夜、処刑の鐘が鳴る
王都の夜は、妙に静かだった。
祝宴のざわめきが遠のき、風さえ息を潜めている。
だが、王城の地下にある“青き円卓の間”だけは別だった。
蝋燭が六本、円を描くように灯されている。
白い炎の中心、古い円卓の上には一枚の羊皮紙が置かれていた。
そこには、昼間に王が掲げた命令と同じ文面――
いや、細部がわずかに異なる偽の命令書。
「“庶民”の総隊長、か……王も随分と夢を見たものだ。」
低く、乾いた声。
発したのは黒衣の男――ルキウス・ハルベルト公爵。
かつては王国騎士団総隊長。
今はその座を、若き庶民ガレス・ヴォルクに奪われた男だ。
「あの男の剣がどれほどのものか、知っている。
だがな――血に誇りを持たぬ者に、“王の剣”は似合わん。」
側に控えていた貴族が恐る恐る問う。
「では、どうなさるおつもりで?」
ルキウスはゆっくりと羊皮紙を摘み、蝋燭の火にかざした。
炎が揺れ、封印の印章が赤く浮かぶ。
それは王印に酷似していたが、わずかに線が太い。
偽造印――彼の手で作られたものだ。
「“初陣”を与えてやる。」
「初陣……?」
「北方街道で盗賊が暴れている。
そこへ奴を送り出す。王命としてな。
同行するのは庶民候補生ども。
経験を積ませる“視察”の名目だ。」
ひとりの若い貴族が眉をひそめた。
「しかし、それでは命が……」
「構わん。
庶民の命など、元より軽い。
“騎士団総隊長が戦死した”とあれば、
民は嘆き、王は沈黙する。
そして我らが、再び“正しい秩序”を取り戻す。」
ルキウスは口元だけで笑った。
笑みというよりも、裂けた傷口のような歪み。
「誇りとは血に宿る。
それを否定する者には――血で償ってもらおう。」
蝋燭の火がぱちりと弾ける。
ひとりの男が羊皮紙を封じ、黒い紐で縛る。
「手配を済ませろ。
盗賊どもには“十分な金”と“口止め”を。
終われば全て、焼き払え。」
静寂。
誰も異を唱えない。
その空気の中で、ルキウスが立ち上がった。
銀の鎧の胸に刻まれた古い紋章が、蝋燭の光を反射する。
「――王が光なら、我らは影。
だが影こそ、国を支える“真の誇り”だ。」
その言葉とともに、彼は手にした杯を掲げる。
赤い葡萄酒が火に照らされ、血のように黒く光った。
「地に這う者たちが空を見上げた。
ならばその目を、閉じてやろう。」
杯が円卓に触れる。
乾いた音が、墓碑のように広間に響いた。
蝋燭の火が一つ、また一つと消えていく。
最後の光が消えた瞬間、
王都の遠くで――昼間と同じ鐘の音が鳴り響いた。
だが今度は、祝福ではない。
それは、“処刑の鐘”のように低く重く、
夜の空にゆっくりと溶けていった。




