地と風の戴冠
王城の大広間に、金の陽が差し込んでいた。
高い天井から垂れる旗には、歴代の騎士団章が刻まれている。
貴族、役人、将軍たちが列をなし、
ざわめきは緊張を孕んでいた。
庶民出身の騎士が、王の前に立つ――
それは、この国の長い歴史でも前例のない出来事だった。
壇上の中央。
二人の若き男が跪いている。
地を踏みしめるように背を伸ばしたガレス・ヴォルク。
風のように静かな微笑をたたえたリオン・フェイス。
王はゆるやかに立ち上がった。
白金の衣がわずかに揺れ、周囲の光を集める。
その瞳には威厳と、確かな興味が宿っていた。
「ガレス・ヴォルク。リオン・フェイス。」
静かな声が、広間の空気を震わせる。
「お前たちは、“誇りの試験”において、己の力と心を示した。
血統ではなく、志で立った者。
地に根を張り、風を起こす者。――王国に必要な“礎”だ。」
ざわめきが走る。
後列の貴族の一人が小さく息を呑んだ。
王は続ける。
「我が国は、長く“家柄”に縋ってきた。
だが、この国を築いたのは、剣を握った者たちの汗だ。
ゆえに今、ここに命じる。」
王は玉座の隣に控えていた老臣に目配せし、
老臣が王笏を掲げた。
「騎士団総隊長、ガレス・ヴォルク。
騎士団副隊長、リオン・フェイス。」
瞬間、会場の空気がはじける。
誰かが拍手を始め、それが波のように広がっていく。
だが、その中には冷ややかな視線も混じっていた。
王はそのすべてを見渡しながら、最後に静かに言った。
「――誇りとは、生まれにあらず。立つ場所に宿るものだ。」
その言葉に、ガレスは拳を握りしめた。
ゆっくりと顔を上げる。
「この命に代えても、民の誇りを守ります。」
隣でリオンが微笑む。
「風は王の旗を掲げます。どんな嵐の中でも。」
二人の声が、響いた。
王はわずかに頷き、玉座に腰を下ろす。
「よい。――ならば証を授けよう。」
老臣が二つの紋章を盆に乗せて運び出す。
一つは大地の剣を模した紋。
もう一つは風の羽根を象った徽章。
ガレスがそれを両手で受け取った瞬間、
大広間の扉が風に揺れ、光が差し込んだ。
貴族の列の中で、誰かが呟く。
「……時代が変わる。」
王はその言葉を、あえて聞こえる声で拾った。
「変わるのではない。――変えるのだ。
お前たちの“誇り”で。」
その言葉とともに、
金色の旗が再び掲げられ、鐘の音が王都に響いた。
⸻
夜風が、寮の窓をかすかに揺らしていた。
昼間の熱気がまだ部屋に残っている。
第七寮・東棟の一番奥。
二段ベッドが二つ、狭い机と小さなランプがひとつ。
昨日まで、四人で使っていた部屋だ。
ガルドが上段のベッドに寝転がり、天井を指差して笑った。
「はぁ〜〜……二人とも、ほんとに総隊長と副隊長になっちまったな。
庶民初だぜ? 希望しかねぇわ!」
その声には興奮と誇りが混ざっていた。
彼の手のひらには、まだ訓練でできた傷が新しい。
だが、その顔は子供のように輝いていた。
下のベッドで寝具を整えていたイオリは、
小さくため息をついた。
「……浮かれてるの、お前だけだぞ。」
「は? 何だよ、冷めてんなぁ。
俺たち、すげぇことやったんだぞ?」
イオリは返事をしなかった。
窓の外、遠く王城の尖塔を見つめている。
そこに、ガレスとリオンがいる。
さっきまで同じ場所で笑っていたはずの仲間が――
今は、もう“上”にいる。
「……俺たちはまだ候補生だ。
あの人たちが戦う場所に、まだ立てねぇ。」
イオリの声は静かだった。
けれど、その拳は膝の上で強く握られている。
ガルドがその音に気づき、少しだけ笑みを和らげた。
「ま、そうかもな。
でもよ、あの二人の背中……見たろ?
あれ見て『無理だ』なんて思えねぇだろ。」
イオリが目を細める。
泥にまみれた試験の日、
ガレスの足跡とリオンの風を思い出していた。
「……いつか、追い越す。」
「ははっ、だよな!」
ガルドが上から拳を突き出す。
イオリは少し遅れて、その拳に軽く自分の拳をぶつけた。
乾いた音が、部屋に響く。
その音は、小さな誓いの鐘のように、
静かに二人の胸に残った。
外では、王都の鐘が遠くに鳴っている。
それが“地と風”の誕生を祝う音なのか、
それとも、新たな試練の始まりを告げる音なのか――
二人には、まだわからなかった。




